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IT業界で最も恐れられている男 Amazonのジェフ・ベゾス

 Appleのスティーブ・ジョブズが亡き今、IT業界で一番注目すべき人物はAmazon.comのCEO、ジェフ・ベゾスだと思う。

 実際、シリコンバレーのベンチャーキャピタリストのSam Gerstenzang氏は、自身のブログで「Who’s afraid of Jeff Bezos?(ジェフ・ベゾスを恐れているのはだれか)」という題の記事の中で、「答え:すべての人」と語っている。Microsoftのビル・ゲイツ氏は経営の一線からは既に退いている。ジョブズ氏は亡くなった。Facebookのマーク・ザッカーバーグ氏は、Facebook運営で手一杯のようで、ほかの領域を侵食するつもりはなさそう。唯一ベゾス氏が、シリコンバレーのすべての起業家に恐れられている存在だ、というわけだ。

 事実、Amazonはもはや仮想書店ではない。作家と直接契約を結んでプロモーションにも乗り出している。出版社の中抜きを進めているわけだ。

 本以外にも、何でも売るようになってきた。世界で一番注目を集める小売業者だ。

 そしてハードメーカーでもある。電子書籍リーダーではナンバーワンブランドだし、低価格タブレットメーカーとしても侮れない。長期的に見れば電子書籍や映画などのコンテンツ販売で損失分を回収できるわけだから、かなりの安値でタブレットを販売できる。ハード専業メーカーには真似できないビジネスモデルだ。

 クラウド事業者としてもAmazon Web Servicesで飛ぶ鳥を落とす勢い。Gerstenzang氏によると、Google、Microsoft、Rackspace、Herokuなどのクラウド事業は、Amazonに追いつけない状態だという。

 また最近では、モバイルアプリの分析ソフトの提供にも力を入れているようだ。

 C(消費者)向けには、ありとあらゆる製品を販売するECサイトを運営し、その運営のために必要なサーバーやハード機器、ソフトにも全力を投入。そしてそれをこんどはB(ビジネス)向けに提供する。CとBの両方の領域で、圧倒的な存在感を示し始めた。Gerstenzang氏の言うように、確かにIT業界で今最も恐れられているのが、Amazonであり、CEOのジェフ・ベゾス氏なのかもしれない。

 そのベゾス氏の半生が「The Everything Store: Jeff Bezos and the Age of Amazon」という本になった。まだ邦訳はされていないが、その中で気になった部分を何回かに分けて取り上げていきたい。

★ベゾス氏は小学生のころからドライな超秀才だった

 ベゾス氏は1964年1月生まれの49歳。テキサス州ヒューストンの小学校のときに、成績優秀者だけを集めて英才教育を受けさせる特別プログラムに参加している。そのときの記録が残っているのだが、そのときからベゾス氏は好戦的で、読んだ本の冊数を同じプログラムの学友と競っていたようだ。また科学の工作コンテストにも積極的に参加していたという。

 一方で、6年生を受け持つ先生たちに対するアンケート調査をクラスメートたちに行って、それを集計し、先生を能力順にランク付けするというようなこともやっていたという。人気順ではなく、あくまでも能力順というランク付けなのだそうがが、能力で教師をランク付けするというドライな仕組みを小学6年生が思いついたことに驚く。頭がいいことは間違いないのだろうが、ベゾス氏が情緒よりも理論に傾いていることを示すエピソードだ。

★社員やライバルには厳しい性格

 ベゾス氏のインタビュー動画を幾つか見たことがあるが、話し振りはにこやかで、笑いっぷりは豪快。だれにでも好かれる明るい性格のイメージを受けた。

 ところがこの本によると、同氏の下で働くことはかなり大変なようだ。Appleのスティーブ・ジョブズ氏も社員には厳しく本社の社内にはピリピリした空気が流れていたと言われるが、Amazonのベゾス氏も細かなところにまで口を出してくる上司であるようだ。

 本の中では、コールセンターの対応に不満を持ったベゾス氏が、重役会議で担当重役を吊し上げる様子が描かれている。

 また休みも週末も関係なく、思いつけば会議を招集してくる。その結果、家族を大事に思う幹部たちが社を去っていったという。

 社員を交えた質疑応答のイベントで、一人の女性社員がベゾス氏に対し職場環境に関して質問。「Amazonがよりよいワーク・ライフ・バランスをいつ実現するつもりか」と尋ねた。ベゾス氏はこの質問を好意的には受け取らなかったようで「われわれは仕事をするためにここにいる。それが最重要事項だ。それがAmazonのDNAだ。もし君が君のすべてを仕事に投入できないというのなら、この職場は君に向いていないのかもしれない」と厳しい口調で答えたという。

 また相当の倹約家で、重役でさえ飛行機はエコノミークラス。また社員全員にバスの定期を配ろうという提案を却下したことがある。バス通勤にすると、バスの最終便に間に合うよう仕事を切り上げる社員が増える。ベゾス氏は、社員に対し、バスの時間を気にせずに勤務してもらいたいと考えているようだ。

 ベゾス氏は本社のあるシアトルの経済界でのつきあいはほとんどなく、カンファレンスで講演することもほとんどない。取材に応えることもまれだという。

 対等な立場での協業も難しいそうだ。オークション最大手のeBayとの協業の話が出たときに、eBayに出資したベンチャーキャピタリストがベゾス氏の評判を聞いて回ったところ、ベゾス氏との対等な立場の協業は困難という意見が圧倒的に多かったという。協業ではなく支配下に入る形しかないという。

 さて、この本を読んで1つ意外だったのが、ワンクリック特許に対して、ベゾス氏自身も問題があると考えていることだった。

 ワンクリック特許とは、クレジットカード番号や住所をEC業者側が記録しておいて、次回に購入する際にはワンクリックで購入できるAmazonのワンクリック機能に対して認められた特許。だれもが思いつくような単純なアイデアだったので、この特許が認められたときには、ネット業界でちょっとした騒動になった。こんな基本的な機能にまで特許を認めてしまうと、ネットの利便性が損なわれることになるという意見が支配的だった。

 この本によると、ベゾス氏自身も、この特許が認められたことへの問題意識は持っていたということ。同氏自身も、特許制度の見直しが必要だという考えを持っていたようだ。ただそうはいっても同氏にとってビジネスは別問題。競合のバーンズ・アンド・ノーブルを提訴して、ワンクリックで購入できないようにさせたほか、Appleからはライセンス料を受け取る契約を結んだ。小学生のときにみられた、ドライな性格がこのようなところにも見受けられる。

★成功の秘訣は、顧客中心、長期視点、創造

 ベゾス氏は、Amazon成功の秘訣を次のように語っている。

 「われわれのどこがユニークか。それは次の3つだと思う。われわれは本当の意味において顧客中心主義で、長期視点で、新しいものを積極的に作っていく。ほとんどの会社は、この3点を持ってはいない。ほとんどの会社は、顧客よりも競合他社を見ている。また2,3年で結果がでない場合は諦めて次のことをする。それに新しいことに挑戦するよりも、2番手を目指す。2番手のほうが安全だからだ。これがアマゾンの本当の強さの秘密だ。この3つの要素を持っている企業は、非常に少ない」。

 確かに四半期ごとの決算に一喜一憂する企業が多い中で、Amazonは徹底的な長期視点に立った経営を行っている。

 私は一貫して「インターネットが世界を変える」と主張してきた一人なのだが、2000年代の半ばぐらいまでは反対意見を述べる人も多かった。ネットの可能性を読めず波に乗り遅れた人、ネットによって既得権益を奪われる人たちが中心だったと思う。

 特に2000年に最初のネットバブルが崩壊したときに、「Amazonは終わった。ネット企業はイカサマだった」という主張が横行した。日本でも「Amazonが終わった」というような主旨の本も出版されたのを記憶している。

 「Everything Store」によると、ベゾス自身もそうとう厳しい意見を受けたようだ。資金集めに投資家を回ったときも非常に多くの投資家から「お前たちはいずれバーンズ・アンド・ノーブル(書店最大手)に潰されることになる」と指摘されたのだという。

 当時、テクノロジー系の調査会社として力を持っていたForrester ResearchのCEOは「Amazonは終わった」という内容のレポートを出している。

 ベゾス氏がハーバード大学のビジネス大学院に講師として呼ばれた際には、大学院生たちが散々議論したあとの結論は、「Amazonは生き残れない」というものだった。ある学生はベゾス氏に対し「あなたはいい人のようだから、誤解しないで聞いてほしいんだが、すぐにでもバーンズ・アンド・ノーブルに身売りしたほうがいいよ」と語ったという。

 こうした指摘に対しベゾス氏は「そうかもしれない」と謙虚に可能性を認めたあと、「でも1つのやり方に慣れた大手企業が、新しい販売チャンネルに素早く対応するのは非常に困難だと思うよ」と語ったという。

 このほかにも周囲や社会全体がAmazonに悲観的になったときのエピソードが、この本の中に多く含まれるが、ベゾス氏は常に長期的視点に立ち、まったくブレることがなかったようだ。

 インターネットやAmazonの可能性はこんなものじゃない。まだまだ成長する。Amazonの株価の高値を危惧する人がいるが、Amazonの可能性からいうと株価は低過ぎる。ベゾス氏はそう考えているようだ。

 2000年直前のネットバブルの最中であっても「まだ評価が低過ぎる。世間はアマゾンの可能性を理解していない」と語っていたという。

 ネットバブルが崩壊し、株価が低迷。ストック・オプションの権利が紙くず同然になり、社内の士気が急速に低下、幹部たちの間でも自信を喪失する者が増えた。そんなときでもベゾス氏はブレなかったという。シニア・バイス・プレジデントのMark Britto氏は当時を振り返ってこう語っている。「我々(幹部)はみんな、これからどうしたらいいんだろうと頭を抱え、頭に火がついたような感じで廊下を行ったり来たりしていたんだ。でもジェフ(ベゾス氏)は違った。台風の目の中にあって、ここまで平静でいられる人は見たことがなかった。彼の体の中の血管には氷水が流れているのではないかと思った」と語っている。

 直近の決算発表を見ても、売上高は伸びているのに利益が低い。儲けをどんどん投資に向けているからだ。今はまだ仕込みの段階。成功の果実を収穫するときではない。ベゾス氏はそう考えているのだろう。限度の見えない野心。非常に怖い経営者だ。

★今後の戦略の可能性

 この本のタイトル通り、Amazonは、あらゆる商品を取り扱うeverythingストアを目指している。本を取り扱ったのは、たまたま。いろいろな商品カテゴリーを調査した結果、当時は書籍を取り扱うのが最も成功する確率が高いと思われたからだ。これからもどんどん取り扱い商品の種類を増やしていくつもりだろう。

 それぐらいは予測できたが、少々意外だったのがリアル店舗にも関心を持っているということ。

 創業間もないころに、Amazonで販売している本を、同じくシアトルに本拠地があるカフェチェーン大手スターバックスのレジの横に陳列させるため、スターバックスと提携交渉したことがある。スターバックス側がAmazonの株式の10%を要求したため提携には至らなかったが、Amazonの小売部門の責任者David Risher氏は、「機会があれば(リアル店舗の展開を)いつでも前向きに検討したい」と語っている。

 つまりeverything storeが意味するところは、ECだけではない。リアルな店舗での販売も含め、販売できるものはすべて販売するという巨大な仕組みを作りあげるというのが、ベゾス氏の野心なわけだ。

 できるだけ多くの品揃えで、できるだけ安く売り、できるだけ早く配達する。そのためのデバイス、ECサイト、バックエンドシステム、流通センターをすべて1社で押さえる。規模の経済が価値を創造する売買の領域において、徹底的に規模の経済を追求する。技術に強い大手が圧倒的に有利な領域で、ある意味、分かりやすい戦略だ。

 Amazonは奇をてらうこともなく、今後もこの戦略を押し進めてくるだろう。世界一の巨大ストアになるまで。

 さてこうしたプラットフォーム競争で勝ち残るのは、恐らく1社。もしくは、もう1社。1社にすべてを牛耳られるのは嫌だという消費者心理が、第2位の併存を可能にする。

 それ以外の小売業者は、品揃え、価格、配達の早さで競争する限り、勝ち残れないだろう。その3つの価値以外の新しい価値を提供しなければならなくなる。例えばサイト上でのウインドウショッピングを楽しめたり、アフターサービスが充実しているというような価値だ。

 ECサイトだけではない。リアルなショップもそうだ。巨大ショッピングプラットフォームの存在が、小売業のあり方を根本から変えようとしているわけだ。

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