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生きざま露出メディアの台頭

私が最近折に触れて読み返す本がある、夏目漱石著の「私の個人主義」だ。予備校の現代文担当教師に、「みなさん大学に入ったら夏目漱石の私の個人主義を読んでみて下さい。」そう言われ、私はすぐに読んだけれどそのときは、なぜその予備校講師がその本を私にすすめるのか、そのよさが本当のところ皆目わからなかった。しかし、大学を卒業し偶然またその本を読む機会があったとき、私は夏目漱石の「私の個人主義」論にひどく共感してしまったのだ。それが、そのときの私の試行錯誤している状態の心の空隙をうったからだろうか。

私が何度も読み返す一節がある。

「....だから個人主義、私のここに述べる個人主義というものは、決して俗人の考えているように国家に危険を及ぼすものでも何でもないので、他の存在を尊敬すると同時に自分の存在を尊敬するというのが私の解釈なのですから、立派な党派な主義だろうと私は考えているのです。もっと解り易くいえば、党派心がなくたって理非がある主義なのです。朋党を結び団体を作って、権力や金力のために盲動しないという事なのです。それだからその裏面には人に知られない淋しさも潜んでいるのです。既に党派でない以上、我は我の行くべき道を勝手に行くだけで、そうしてこれと同時に、他人の行くべき道を妨げないのだから、ある時はある場合には人間がばらばらにならなければなりません。そこが淋しいのです。」ー「私の個人主義」頁150-151

最後の一文の「そこが淋しいのです。」というところを読むたびになぜか私は、なんとも言えない痛みのようなものを感じると同時になにか勇気の欠片をもらえる気がするのだ。

柄谷行人著の「<戦前>の思考」の中に納められている「近代の超克」というエッセイの中で彼は、夏目漱石の言う個人主義をイギリス的な自由主義思想であり、ヒューム哲学に影響を受けているだろうと述べている。また、日本の知識人の系譜においてこのような立場は極めて少数であり軽視されてきたと言う。その数少ない自由主義思想を体現した人に、石橋湛山と戸坂潤などの名前が挙げてられている。

柄谷によれば、夏目漱石の言う個人主義は、個人を重んじるのかそれとも全体を重んじるのかという軸と、未来を重んじるのかそれとも現在を重んじるのかという軸でで思想を4つに分けた時に、個人を重んじかつ未来を重んじる主義だと述べる。その他、共産主義、ファシズム、アナーキズムとは異なる立場として分類している。

私は、いま夏目漱石の言う「私の個人主義」つまり柄谷の言うイギリス流自由主義思想こそが見直されてしかるべきときではないかと考えている。

2010年に、ツイッターというメディアが台頭して来た。

それによって、人々は自分の「生きざま」をリアルタイムでウェブ上に公開し始めた。

このことにより、普通に生きていれば知り得なかった、生き方をしている人にひょんなきっかけで出会うことが増えたのだ。というのも、ツイッター自体が、そのとき、その瞬間のその人の行動、考えを発信するメディアであるという性質上、1回1回の情報発信ごとに、違う人々と触れあうことができるようになったのだ。これはブログと一線を画すツイッターの性質であろう。これにより、自分が「自分だ」と思っている自分以外を映し出す「他者」に親近感をもって出会える機会が増えたのだ。この人は、自分と同じ時間に、サッカーを観ていた人だ。でもこの人は自分とぜんぜん違う生き方をしているな。このような気づきがおこるのである。これはすばらしいことだ。自分と違う生き方をしている人も、自分と似たところがあるんだな。そう気づくことによって、人は「違い」対して、寛容さを増していくのだ。

この変化は極めて大きい。

義務教育の効用とはなんだろうか?

それは、「自分では気づいていない価値への気付き」である。

すでに、自分が知っているモノに対して人は自分で勉強をしていくことができる。でも、自分が知らないモノに対して人は勉強をすることは不可能である。後者の気づきを与えるのものこそが義務教育であろう。

この観点に照らすに、今のツイッターというメディアは義務教育に匹敵する効用を持ち出していると私は考えている。

今までの自分では到底知り得なかった「ヘン」な生きざまをしている人に出会えるのだ。

なおかつ、ある共通項をその人も自分ももっているという親近感とともに。

人は、自分の知っているモノにしかなりえない。

今、人々はツイッターというメディアを通していろんな生きざまに出会い始めた。

情熱大陸やカンブリア宮殿がなぜ人気番組になるのだろうか?

それは、みんな他の人の生きざまが知りたいからではないだろうか?今ツイッターは、リアル情熱大陸、カンブリア宮殿なのだ。毎日笑ったり泣いたりしながら、生きている人を誰が中傷することができるだろうか?ツイッターに炎上がおこりにくい1つの要因である。

このようなメディアが誕生した今、夏目漱石が言った「私の個人主義」をつくっていきたい。そして夏目漱石が感じた「淋しさ」を今なら緩和できる。

みんなが、自分の生きざまを「ヘン」だなんて言われず、堂々と人と違った生き方をして、それを受け入れられる寛容な社会をつくていきたい。それを今なら私たちはつくれるかもしれない。

ツイッターというメディアをみて育った子どもたちが大人になる時、きっと今以上にいろんな生き方をする人々が増えていくだろう、そしてそれが排斥されることもないだろう。

そういう未来を私たちはつくっていくことができるだろうか。

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