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80年ぶりに果たされた亡きオーナー夫妻の想い

ボストン・レッドソックスがワールドシリーズ第6戦にて6-1でセントルイス・カージナルスを下し、2007年以来6年ぶりに全米チャンピオンに返り咲きました。この10年間で3度目の偉業達成となります。ただし、2004年、2007年はいずれも敵地で優勝を果たしているので、本拠地フェンウェイ・パークでチャンピオンに輝くのは1918年以来、実に95年ぶりということになります。

幸運にも、私もこの歴史的瞬間に立ち会う機会に恵まれました。上原投手が最後の打者を三振に仕留め、優勝が決まった瞬間を撮影したのが以下の動画です。球場は割れんばかりの歓声に包まれ、誰彼構わず近くのファンとハイタッチやハグを連発していました。観客席全体が1つの生き物のように躍動しているかのようでした。

個人的にも、ボストンのあるマサチュセッツ州は大学院時代を過ごした故郷でもあり(マサチュセッツ州に住むと自動的にレッドソックスファンになります)、フェンウェイ・パークにもよく試合観戦に訪れていました。レッドソックスには、球団GMを筆頭に大学院の先輩・後輩も多く働いており、この優勝は他人事に思えません。95年ぶりの本拠地優勝ということで、フェンウェイ・パークは歓喜に包まれ、ボストンの街全体が喜びを爆発させているようです。

さて、レッドソックス優勝のニュースは日本でもたくさん報じられていると思いますので、私が改めてお伝えするまでもないと思います。このコラムでは、アングルを変えて、95年ぶりの歓喜の舞台となったフェンウェイ・パークの知られざる秘密に迫ってみようと思います。

困難を乗り越える象徴となったフェンウェイ・パーク

ご記憶の方も少なくないと思いますが、ボストンでは、今年4月15日に開催された第117回ボストン・マラソンで爆弾テロが起こり、8歳だったお子さんを含む5名の犠牲者が出るという痛ましい事件が起こりました。その後、ボストン市民は「Boston Strong」を合言葉に手を取り合ってこの悲劇を乗り越えようとしています。

フェンウェイ・パークにも、事件直後から「B Strong」と書かれたロゴが名物グリーン・モンスター(レフトスタンドにそびえる高さ11.3メートルの巨大フェンス)に掲げられており、球場自体が市民の団結の象徴になっていました。優勝を決めたその日には、外野の芝もこのロゴの形に刈り込まれ、まさにボストンがフェンウェイ・パークを中心に一体となって困難を乗り越えようとしている姿勢が表れていました。

それはまるで、2011年の女子ワールドカップで、なでしこジャパンが東日本大震災で大きな傷を受けた日本国民を勇気づけるかのように獅子奮迅の活躍を見せ、宿敵アメリカを破って優勝を果たした時に似ている気がします。

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グリーン・モンスターに掲示された「B Strong」のロゴ(著者撮影)

レッドソックスの優勝が、ボストン市民に刻まれた悲しみの記憶を少しでも和らげ、受けた心の傷を癒してくれることを望みます。

MLB最古の球場に隠された秘密

フェンウェイ・パークは、現在使用されているMLBのスタジアムでは最も古く、その設立は1912年にまで遡ります。つまり、その齢は101歳ということになります。

日本橋にある日銀本店が1896年竣工ですから、近い世代です。意外かもしれませんが、歴史の短いアメリカでは、古い建物は大事に使い続けられます。歴史がないからこそ、それを大切にしようとするのです。

フェンウェイでは、1階席は昔のままの木製シートを使っているので、とっても狭くて固く、しかも2階部分を支える柱があって試合が見えない席などもあります(「Distracted View Seat」として売られている)。こんな柱のある球場は、あとはシカゴ・カブスのリグレー・フィールドくらいなもので、今ではなかなかお目にかかれませんが、20世紀前半に作られた球場はこのような形が多かったようです。

「100年前も今と同じようにファンが身を寄せ合って応援していたんだろうな」なんて思うと、狭いボールパークでの応援も感慨深いものです。

このように、古き良きボールパークの代名詞的な存在であるフェンウェイには、多くの人々の思いが刻み込まれており、まさに「生き続ける歴史」そのものと言えるかもしれません。その1世紀以上にも渡る長い歴史を反映してか、場内にはいくつも隠された秘密があります。ファンなら知っていて当然のものから、意外と知られていないものまであるのですが、今回はそのうち代表的な2つの秘密をご紹介しましょう。

歴史はファンの心に静かに刻まれるもの

まずは初級者編からです。

フェンウェイ・パークの右翼席は、きれいなダークグリーンで統一されているのですが、その中で1席だけ鮮やかに赤く塗られた座席があります。なぜここだけ色が違うのかご存知ですか?

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ライトスタンド観客席にある赤いシート(著者撮影)

実はこの座席は、「最後の4割打者」としても知られるテッド・ウィリアムス選手が1946年に放ったフェンウェイでの最長距離のホームランが飛び込んだ席なのです。でも、この赤いシートには、近くに行っても何の説明書きもありません。

「歴史とは、祭り上げるものではなく、ファンの心に静かに刻まれていくものである」

フェンウェイ・パークの主から、そんな声が聞こえてきそうです。球史の1ページを、静かに、でもしっかりと大切にしている姿勢が、ベースボール・タウンたるボストンの気質を表しているように感じます。

80年ぶりに果たされた亡きオーナー夫妻の願い

次の秘密は少し難しいです。

グリーン・モンスターには、他球場の途中経過を表示するスコアボードがあるのですが、アメリカン・リーグのスコアを仕切る白線(下写真の真ん中右側)のうち2本の中に、小さな点々が入っているのをご存知ですか? 一体、これは何なんでしょうか?

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グリーン・モンスターに隠された秘密(著者撮影)

実はこれ、モールス信号なんです。これを解読すると、左側は「TAY」、右側は「JRY」となるのですが、これは前オーナーだったヨーキー夫妻のイニシャルなのです。

1933年に、30歳で球団を買収して以来、1976年に亡くなるまでその後の人生をレッドソックスの経営に捧げたトーマス・オースティン・ヨーキー(Thomas Austin Yawkey)氏と、その妻のジーン・レミントン・ヨーキー(Jean Remington Yawkey)。トーマス氏の死後、オーナーシップは妻のジーン女史に引き継がれ、彼女が亡くなった1992年以降は、その遺志を継ぐ形でヨーキー信託財団により、現オーナーが球団を買収した2002年までオーナーシップが続けられました。

このモールス信号は、80年間この球団を守り続けたヨーキー夫妻に敬意を示したものなのです。しかも、途中経過ボードには「IN」(イニング)、「R」(得点)、「P」(投手)の記載があります。これは順序を変えれば「R IN P」(Rest in Peace=安らかに眠れ)という意味になるのです。

残念ながらヨーキー元オーナー夫妻は、生きてレッドソックスの本拠地優勝を目にすることはありませんでした。しかし、モールス信号という形でフェンウェイ・パークに刻まれた夫妻の面影は、昨晩80年来の宿願を果たし、しっかりとその瞬間を目に焼き付けることができたことでしょう。

優勝が決まりフィールド上で歓喜する選手や関係者の姿を見た時、それをグリーン・モンスターから寄り添いながらひっそりと眺めるヨーキー夫妻の晴れ晴れとした笑顔を想像せずにはいられませんでした。

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