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モスクワ南部の移民排斥暴動――根深いロシアの民族問題 - 廣瀬陽子

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10月半ば、モスクワ南部で大規模な暴動が発生した。コーカサスのアゼルバイジャン出身者とみられる男に、ロシア人男性が刺殺されたことをきっかけに、コーカサス系移民に対する反発が暴力的な形で爆発したのだ。

筆者はかつて、似たようなテーマの原稿を執筆していたが(モスクワ暴動――高まる民族主義の危険)、ロシアにおけるコーカサスや中央アジア出身者に対する反感は収まるどころか、3年前よりむしろ強まっているとすら見える。

事件の経緯

暴動の引き金となったのは、南コーカサスに位置するアゼルバイジャン出身の出稼ぎ労働者が、25才でロシア人男性のイゴール・シュチェルバコフを殺害したとされる事件である。シュチェルバコフは、10月11日未明に婚約者と帰宅中に刺殺されたという。当初、逃走した容疑者を捜索するため、警察は目撃者への事情調査や警備用の監視カメラに写っていた容疑者の写真などにより捜査を進めていった。初期の報道では容疑者は北コーカサス出身とされていたが、15日に容疑者として逮捕されたのはアゼルバイジャン出身の31才の出稼ぎ労働者、オルハン・ゼイナロフであった(後述)。

シュチェルバコフ殺害事件を受け、13日にモスクワ最南端の労働者の町、モスクワ南部ビリュリョーバ地区で、旧ソ連出身者労働者により治安が悪化しているとして、付近の住民が早急な犯人逮捕を求める路上集会を開催した。当初は平和的な会合であったが、SNS等を通じ、「非ロシア人排斥」を掲げる極右・民族主義者の若者ら約1000人が結集し、移民の拠点となっている青果倉庫や商業施設を襲い、放火なども行なって、激しい暴動に発展した。一部の暴徒は、ロシア民族主義のスローガンを叫んでいたという。

そして、この暴動を収めようとした警察隊と衝突となり、結果、警官8人を含む23人が負傷、約400人が警察に拘束された。この際、警察は現金300万ルーブル(約93,000ドル)、拳銃3丁、数本のナイフ、バットなども押収した。前述した拙稿でとりあげた、2010年の民族排外運動の悲劇を防止すべく、モスクワ市警察当局は今回、騒動を鎮圧するための部隊を増強していたが、警察に対するデモ隊の反発は大きく、仲間の逮捕を受けてビンやゴミ箱を警官隊に投げつけ、デモ隊拘束者の釈放を要求したという。なお、その拘束された400人のほとんどは数時間後に釈放された。

同日、警察は、同地区のすべての交通を遮断し、予防措置として主要幹線道路を封鎖すると共に、モスクワの広場も封鎖した。ウラジーミル・コロコリツェフ内務大臣も、同省幹部の会談を行ない、翌14日にモスクワのすべての青果倉庫をチェックするよう命じ、同じく14日に、現場周辺で不法労働者およびその家族ら約1200人が警察に拘束された。

このような動きを受け、タジキスタン大使館が事態沈静化まで仕事に出かけないようタジキスタン人に勧告を出したり、宗教指導者(特にイスラーム教のイマームなど。コーカサス、中央アジア出身者にはイスラーム教徒が多い)などが挑発に乗らないよう信者に呼びかけたりするなど、さまざまな人々が状況の沈静化を試みた。

さらに18日には、675人の中央アジア出身者が拘束され、指紋採取や詳細な取り調べが行なわれた。そのうち、105件の強制送還措置を含む159件の移民法違反や違法の商業行為、フーリガニズムなど11例の犯罪が摘発された。

モスクワ市警察署長のアナトリー・ヤクーニンは、週末をかけて警察が徹底的に移民対策に取り組み、不法移民を減らしていくと18日に述べた。また、19日には連邦移民局のモスクワ支部所長であるオレグ・モロディエフスキーは、住民とも協力して違法移民が住むアパートの徹底調査を行なうことも明らかにした。同時に、これまでも移民局は定期的に青果市場の調査を行なってきたことも強調した。このように、警察と連邦移民局が徹底した対応に乗り出したのである。

事件の背景

この事件の背景には、3年前と変わらないロシアの北コーカサス地方、旧ソ連の南コーカサス三国や中央アジア諸国出身者への根深い反発がある。特に、それら移民が定住してしまうことに危機感を覚える市民は少なくない。

国土の多くの領域が厳しい寒冷地であるロシアにとって、南北コーカサスや中央アジアは重要な青果の供給源であり、結果的に、それら地域の出身が青果市場や商業施設で多く働いている。非合法の労働者や移民もかなりの数に上ると言われている。それらの移民の中には、うまく(闇を含む)商業で成功してかなりの金儲けやっている者もいれば、逆に低賃金で働く労働者もいるが、どちらも治安の悪化や社会の不安定化につながるとして、ロシア人からは煙たがられている。

そのため、ロシアの各地の大都市で、旧ソ連圏出身の労働者とロシア人との対立が起きており、旧ソ連圏出身移民への対抗措置は重要課題となってきた。今年9月に行なわれたモスクワ市長選挙で当選したセルゲイ・ソビャーニンは、選挙戦において、出稼ぎ労働者に対する強硬政策をとることを度々強調していた。

他方、ロシアの労働人口の近年の減少に鑑み、安く雇える出稼ぎ労働者は、ロシアの経済活動を維持する上で不可欠だという皮肉な現状もある。たとえば、連邦移民局によれば、今年の上半期(1-6月)だけで、不法就労300万人を含む1130万人の外国人労働者がロシアに入国したという。実際の外国人労働者数を明らかにするのはほぼ不可能と考えられており、その多くは闇経済の担い手となっているという。

ともあれ、今回の事件で極めて大規模な対策がとられた背景には、ソチ五輪の開幕を来年2月7日と目前に控え、ロシア国内が不安定であるというイメージが国内的・国際的に広がることを何としても阻止したかったプーチン大統領や当局の意向が強く働いているといえる。2010年の民族排外運動による余波がかなり長期化したのを受け、今回はそれを防ぐべく、最初からより厳しい態度で対応したと考えられる。また、国家の「力」の強さを内外に見せつける意味もあるだろう。

実際、ソチ五輪が目前となった現在においても、ソチがある北コーカサス情勢は「安定」からはほど遠い。北コーカサスの安定化のために、ロシア政府はこれまで、地域指導者の首のすげ替え、過激派の取り締まり、治安機関の演習、地域の開発計画による住民の生活レベルを向上などさまざまな措置をとってきた。そして、それらの対策は、当局によって広く国内外に宣伝されてきた。

しかし、目覚ましい結果が出ているとはいえないのが実情だ。依然として北コーカサスではテロや警察に対する攻撃などが相次いでおり、また、かつてロシア人に五輪予定地で虐殺されたとしてソチ五輪に反対する運動を世界で繰り広げているチェルケス人の動きも決して沈静化していない(拙稿「継続するグルジアとロシアの『冷戦』」参照)。

アレクサンドル・ボルトニコフ連邦保安庁(FSB) 長官、兼、ロシア国家テロ対策委員会議長は、事件に先立つ10月8日に国家テロ対策委員会の第42回会合で今年1~9月の北コーカサス情勢について報告を行なった。ポルトニコフは、テロリストの地下組織の基盤に大きな損害を与えたことが功を奏し、テロ行為は約半分に減少したと述べる一方、FSBがもっとも懸念しているのが北カフカス連邦管区と南部連邦管区であることも明らかにした。

このような不安定な情勢の中で、これまで多くのロシア系住民が北コーカサスから去って行った。そのため、騒乱などに巻き込まれる前に安全を確保したい北コーカサス地域に住むロシア系住民は、同地から次々流出しており、ロシア人比率は年々減っている。

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