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なぜ縄文人は農業をしなかったのか

先週、このコラムで書いたチームラボの代表の猪子さん。彼と話しているといつまでたっても話の泉が尽きない。

話がICT教育のことになった。猪子さんはもちろんICT教育をどんどんやるべし、とのお考えだ。佐賀県は全国に先駆けて来年春から、すべての県立高校の入学者にタブレット型端末を持たせて、教育に活用していこうとしている。このことについては、猪子さんからも期待の声があった。そのときの会話の様子はこんなふうだった。

古川:ただ、懸念もあるんです。現場の先生たちの中にはなかなかICT教育に慣れない、という方もおられて。

猪子:新しい、若い先生たちはどうですか?

古川:この人たちは見てて安心です。そもそもパソコンやインターネットのユーザですからね。それを授業に使う、というだけですからスムーズに使っておられるようです。

その言葉を聞きながら、猪子さんは突然こんなことを口にされた。

猪子:古川さん、なぜ縄文人は最後まで農業をしなかったのだと思いますか?

古川:それ、どういう意味ですか?

猪子:弥生人が外国から日本に入ってきて農業を始めたとき、縄文人は狩猟や漁労をしていました。獲物が取れたり取れなかったり。獲物を求めて場所を移って暮らしてました。弥生人は農耕民族。定住して、こつこつ農作業を行い、秋には実りを得ることができるという暮らしを始めました。安定性や保存性から言って、狩猟よりも農業の方が優れています。しかも大勢の人たちを養うことができる。弥生人たちがそうするのを縄文人は見ていました。でも縄文人は狩猟をやめて農業を始めることをしなかった。むしろ弥生人をちょっと小馬鹿にしながら見ていたかもしれません。結局、縄文人は消えていきました。

古川:なぜ縄文人は農業をしなかったのでしょうかね?

猪子:これはある年齢の人たちがなぜICTを使おうとしないのか、と似てると思っているのです。「便利なのはわかっている。使いやすい道具もいろいろあるらしい。でも・・・。」こういう思いの人、日本の一定の年齢層以上にはけっこういます。農耕を見つめる縄文人のような感じで。

ICT教育の現場には、農耕をみつめる縄文人がいては困る。時代が変わっていることを認識しながら、弥生式のツールでしっかり次世代の子どもたちを教育していただかなくてはならない。

猪子さんはいまシンガポール。シンガポールでいちばん大きなアートイベント「シンガポールビエンナーレ」の中心的な企画を任されたらしい。

古川:なぜ、猪子さんにそれを任せようとされたのですかね?

失礼も省みずに聞いてみた。

猪子:決定する人が若いからだと思います。

きっぱりとお答えになった。
また、こう付け加えられた。

猪子:日本は決定する人の年齢が上すぎます。

僕もその「上」の一人だ。縄文人だ。「農耕を見てるだけ」、にならないように、という意識はあるのだが。

ふるかわ 拝

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