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ベンチャー企業が富を作り出す理由

常に手元に置いておきたい本。読み返すたびに何か新しい示唆を与えてくれる本。そういう本は多くはない。これはそういう数少ない本の一つである。

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ハッカーと画家 コンピュータ時代の創造者たち

  • 作者: ポールグレアム,Paul Graham,川合史朗

  • 出版社/メーカー: オーム社

  • 発売日: 2005/01

  • メディア: 単行本

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  • この本は2005年に日本語版が発売された。日本のまともなプログラマで読んだことのない人はいないんじゃないかというくらい話題になり人気になった。驚くべきことに、それから6年経って、この変化の激しい IT について記述した部分においても、彼の文章は少しも輝きを失っていない。そこには深い洞察がちりばめられている。

    著者・ポール・グレアムの経歴は面白い。コーネル大学で哲学の学位号、ハーバード大学でコンピューターサイエンスの修士号と博士号を取得。興味深いことに、そのあとロードアイランドとフィレンツェの学校で美術を学んでいる。それが「ハッカーと画家」というタイトルにつながっているわけだ。

    彼のハッカーとしての功績は、Viaweb というインターネットモールを作ったことだ。1995年にオープンし、これは Common Lisp で(!)書かれている。世界最初期のウェブアプリケーションと言っていいだろう。スクリプト言語がいまのように発達していない時代で、そこで Lisp という柔軟な言語を選んだのは斬新だった。これを1998年にヤフーに売却して、グレアムは大きな財産を手にする。

    彼は、現在 Y Combinator の創立者の一人として知られている。Y Combinator は、3ヶ月間、集中的にスタートアップに指導を行う独特のスタイルで異彩を放つベンチャーキャピタルである。

    グレアムは、ある意味、世界最初のブロガーの一人でもあり、この本に収録されたエッセイは実は、彼のウェブサイトでタダで読めてしまう。彼の文章はあまりに素晴らしいので、勝手に日本語訳する人たちが後をたたない。

    この本は、短編エッセイ群をまとめたものである。どこから読み始めても構わない。グレアム自身、手練のハッカー(ハッカーはこの文脈では美称である)なので、当然、プログラミングに関する技術的に突っ込んだ部分もある。そういうところはプログラマー以外にとっては、あまり面白くないかもしれない。だが、哲学・情報科学・芸術を学んだグレアムがカバーする話題は果てしなく広い。非プログラマーでも十分以上楽しめ、啓発を受ける内容になっている。

    今日はそのうちの一つのエッセイを紹介したい。第6章「富の作りかた」だ。ここで、グレアムはベンチャー企業の本質を定義しようと試みる。

    富とカネはイコールではない、と彼はいう。本質的なのは富のほうだ。富は、人々の欲望を満たす何かだ。カネは富の「省略記法」にすぎない、とうまいことを言っている。仕事とは、人々の欲望を満たすこと、つまり根本的な意味での富を作り出すことだ。よく経済評論で「パイを分配する」という言い方をするが、パイなんていうものはないとグレアムは喝破する。パイという表現の問題点は、まるで富というものが天然資源のようにあらかじめ決まった量しかないように見える点だ。実際には富はいくらでも作り出すことができる。人間の欲望を満たすものはなんであれ富なのであり、人間の欲望は幸か不幸か際限がないからだ。

    富を作り出し、裕福になるためには、「測定と梃子」という2つの要素が必要だという。

    自分の努力の成果を、目に見える形で測定できれば、やる気を維持できる。大企業では、営業マンと経営者を除いて、従業員の利益への貢献度を正確に測定するのは難しい。ベンチャーは小さいため、従業員一人一人の貢献度がかなり正確に測定しうる。富を作り出す上でベンチャーが有利な点だ。

    梃子とは技術のことである。成果が正確に測定できたとしても、歩合制で働く工場労働者のような立場なら、大きく稼ぐことは難しい。一人の努力が、何万人分もの働きに拡大されるような仕掛けが必要である。これが梃子=技術である。ソフトウェアの場合はわかりやすい。1つのウェブアプリケーションは、数億人に利用されるかもしれない。それを書いたプログラマーは、文字通り数億人分の仕事をしているのだ。技術は、ベンチャーのような小集団にも、大きな力を与えうる。

    ベンチャーは小さく、成果を直接目にすることができるため、猛烈な勢いで働く。小さいながら技術という梃子を持っているので、社会的に大きなことができる。富を作り出しやすいのだ。

    グレアムは自分の経験をふまえて、ベンチャー企業の買収について語る。米国では大企業がベンチャーを買収することが多い。ベンチャーにとって主要なエグジットの手段の一つになっている。大企業は、ベンチャーの適性買収金額をどう評価するのか。一言でいえば、ユーザー数だという。ユーザーがついているということは、そのベンチャーの製品が何らか形で人々の欲望を満たしている、つまり富を作り出しているということだ。ユーザー数は具体的な数字であり、測定にもなっている。将来の成功を測る上でも、単なる推測よりずっとよい指標になることが多い。

    私は、グレアムの「富とは人々の欲望を満たす何か」という定義に全面同意する。私は以前「仕事とは他者の欲望を満たすこと」だと書いた。現代社会において、基本的な欲望(食料や住居等)はすでに満たされている。だが、人間は満たされれば満たされるほど、別の欲望を持つような動物だ(これはある意味悲劇であるとも思うけれども)。生きる限り、欲望が永遠に完全に満たされてしまうことはない。欲望を満たしつづけるかぎり富を作り出すことができるのだ。これは、ある意味、希望でもある。

    日本経済は、この20年間、成長が止まっている。これ以上成長できないのではないかという危惧の声もある。だが、グレアムの考え方を採用すれば、おかしい話だ。人々の欲望は無限に発展していく。それに合わせた製品を作り出していけば富は得られるのだ。可能性があるとしたら、企業が、人々の本当の欲望を見失い、独りよがりなモノをを作り続けているか、あるいは政府が過剰な規制によって、富の創出を妨げているか、のどちらかだろう(日本の場合は、両方当てはまる気がする)。

    「もし政府が富を貯めることを禁じるなら、それは実質的に、ゆっくり働けと命じていることに等しい」とグレアムはいう。「ゆっくり働くことの問題は、技術革新が遅くなるだけじゃない。革新が全く起こらなくなることなんだ」と。技術革新は常に困難なもので、富に動機付けられたベンチャーにしかできないからだ。

    日本がふたたび活力を取り戻すには、ベンチャーが活躍しなければならないのだ。

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