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原発は非倫理的な技術である

菅首相が脱原発寄りの立場を強め、村上春樹のような著名人が全面的な原発批判を展開するに至って、原発推進の立場に立つ人々からの反撃も強まっている。私は原発という発電手段の馬鹿馬鹿しさを散々書いて来て、書き尽くした感があるのだが、原発推進派に対抗する意味で、改めて述べることにする。

なぜ原発はダメなのか?

それは非倫理的な技術だからだ。

1. 原発は膨大な核燃料廃棄物を作り出し、将来世代に大きな負担を残す。

2. 原発事故は環境に大量の放射性物質を放出し、きわめて多くの人々の生命と財産を危機にさらし、社会を破壊する。

3. 原発事故の被災者の大多数は、無過失である。過失のない人々を罰するのは社会正義にもとる行為である。

単純に特定の発電方式に由来する死者の数だけ比較して「原発が一番安全」と主張する者たちが絶えないが、これは詭弁である。人がある行動に伴うリスクを知っており、それでもなお自分の利益のためにその行動をとるときには、その帰結がたとえ死亡のような重大なものであっても、社会的には一定程度許容される。私たちが、冬山登山を行う人々を許容するのはそのためだ。飛行機に乗る人は、それが落ちる可能性があることを知っている。炭坑で働く人たちは、自分たちが事故で死ぬ可能性を知っている。したがって、彼らの事故死は一定程度、社会的に許容される。

原発の周辺に住む人たちは、事故があった場合、生命や財産の重大な損害に晒されるとは認識していなかった。これは特に原発立地自治体から遠く離れた、飯館村や福島市の住民たちに当てはまる。原発事故はこういう無実の人々を厳しく罰した。仕事を奪い住居を奪いコミュニティを奪った。晩発性障害により生命も奪われる人々も将来あらわれるだろう。こんな技術が倫理的と言えるだろうか?

原発には、経済性もないと私は信じているが、それはここでは措いておく。もし原発が非倫理的なら、それはそもそも比較考量の対象にならない。「働くのと強盗殺人はどちらが儲かるか?」という議論が成り立たないのと同じだ。あるいは「温泉に入るのと麻薬を使用するのは、どちらがリラックスできるか?」という議論がおかしいのと同じだ。技術において倫理性を考慮しないのなら、クローン人間を大量生産して奴隷として働かすのも可かもしれない。

原発はすでに作られて稼働しているし、それをすべて今日止めるのは現実的ではない。だが、議論は原発は非倫理的であり、可及的速やかに停止することを前提に行わなければならない。経済性の議論は、倫理性の前提を満たした上で行うべきもので、非倫理的な選択肢はそもそも存在しないのと同じなのだ。

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