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特集:上海での日中経済対話(2013年版)

先週末の三連休(9/21-23)を利用して上海に行ってきました。目指すは上海対外経済貿易大学の日本経済研究センター。5年前にも日中の経済対話をやりましたが、今回は同センターの設立5周年を記念する国際シンポジウムです。

とはいえ日中関係は冷え込んでおり、いろんな日中対話のチャネルが延期されたり中止されたりしています。幸いにもこの会議は無事に成立し、日本から訪れたエコノミト4人に対し、現地で参加した専門家は20人以上でした。もっとも現地では直前まで、「明日は本当に大丈夫なのか?」という問い合わせが絶えなかったそうですが......。

以下はこの上海会議の出張報告です。

●5年もたつと日中関係は大違い

前回、上海で日中経済対話をやったのは2008年7月23~25日のことであった1。既にサブプライム問題が不穏な影を投げかけてはいたものの、問題はまだGSE(米政府関係機関債)問題にとどまっていた。その2か月後には、リーマンブラザーズ証券が経営破綻して、文字通り世の中が引っくり返るのであるが......。

日本では洞爺湖サミットが行われた直後で、中国では間もなく北京五輪が開かれるという時期であった。世間ではガソリン価格の高騰が騒ぎの種であり、WTIの1バレル147ドルは今も破られていないこの年の夏の新記録である。08年米国大統領選挙では、民主党のオバマと共和党のマッケインの二人が対決のときを控えていた。それから5年。世の中のいろんなことが変わっている。

会議を主催した上海対外貿易学院(Institute)は、この間に上海対外経済貿易大学(University)に昇格している。会議前夜の歓迎会は、5年前は白酒の一気飲み大会であったが、今回は赤ワインを優雅に嗜む会であった。そして会議は、逐語訳から同時通訳に進化して、格段に効率が良くなった。何より、5年前には一人でてんてこ舞いしていた幹事役の陳子雷准教授が、教授に昇進して多くの弟子に囲まれるようになり、会議に集まる人脈も質量ともに充実した。

こうしてみると、中国側は5年間に着実な進化を遂げているのだが、訪問する日本側はあまり変わっていないような気がする。いや、それどころか日本全体にとって、この5年間は停滞、もっと言えば転落の時期だったのではないか。

リーマンショック後の日本経済は、あらゆる指標が一気に転落した。そこからようやく盛り返しつつあったところで、今度は「3/11」震災を食らってフクシマの処理という難題を抱えてしまった。財政赤字は記録的な水準を続けているし、貿収支も2011年から赤字に転落している。この間、民主党に政権を任せてみたところ、わずか3年3か月の間に3人の首相を繰り出したが、有権者の期待にはほとんど応えられず、最後は2つの選挙で大敗して自信喪失気味である。

この間に日中関係のバランスも大きく変わってしまった。日本は国際金融危機の波をまともに浴びたが、中国は内需振興によってうまく不況を回避した。結果として、2010年にはGDPで逆転され、「世界第2位」の座を中国に明け渡すことになった。と同時に、中国の外交姿勢も変化した。東シナ海と南シナ海の両方で、「核心的利益」を振りかざすようになり、尖閣諸島をめぐる日中の衝突も常態化した。特に昨年の「国有化」以降は、中国のさまざまな艦船がしょっちゅう日本の領海内に入ってくるようになった。

ところが、日中の経済関係は見かけほど悪化しているわけではない。レアアース問題も、現在では価格が下落して小康状態になっている。ここ5年間の日中貿易を見ると、興味深い現象を見出すことができる。中国から日本向けには通信機の輸出が大きく伸びて、実に3倍増になっている(5,176億円、09年→1兆4,585億円、12年)。逆に日本から中国向けには科学光学機器が増えている(3,964億円、09年→6,700億円、12年)。

このデータが意味するのは、「日本から部品(液晶フィルムなど)が中国に送られ、スマートフォンという完成品になって日本に戻っている」ことであろう。つまりスマホのブームによって、日中間にWin-winの関係ができているということだ。

さらに対中投資額は、2012年も前年比16%増の73.8億ドルとなっていて、何と台湾を抜いて日本が第2位に浮上している(1位は香港)2。日本の対中直接投資は、実に5年連続増加して、ついに過去最高水準に達している。問題はそういう日中間のサクセスストーリーが、相互にほとんど意識されていないことである。

●「安倍経済学」(Abenomics)への高い関心

多少カリカチュアライズして表現すると、中国側は「もはや日本経済に学ぶものなし」とタカをくくっており、日本側は内心、「中国経済はそろそろ崩れるだろう」と思っている。が、それは双方とも多分に感情的で、よこしまな願望の入った観測である。実体とは程遠いのではないだろうか。実際に日中のエコノミスト同士でシンポジウムをやってみると、5年前もそうであったように、相互の認識は非常に近い。これが安全保障関係者同士だと、ほとんど罵り合いに近い議論になるのだが、経済問題に大きな齟齬は見当たらないのである。ちなみに今回のテーマと日程は以下の通りであった。
○「グローバル化と日中経済協力」
(経済一体化与中日経済合作)
基調講演:周漢民・上海市政治協商会議副主席
午前の部:
1.日本のマクロ経済情勢(発表者:小林慶一郎)
2.アベノミクスとその政策効果(発表者:滝田洋一)
午後の部:
1.金融危機と世界経済(発表者:保井俊之)
2.国際貿易とグローバル化(発表者:吉崎達彦)
3.自由討論
まず興味深かったのが、アベノミクスに対する中国側の関心の高さである。と言っても、中国側も一通りの事情は理解しており、的外れな質問などはほとんどなかった。印象に残ったコメントと言えば、「第三の矢が物足りないのではないですか」とか、「財政赤字の問題が心配ですね」とか、「日本はいつ頃、経常赤字に転じると思いますか」といった具合である。さらには、「日本の人口は、1億人を維持する必要があるのではないですか」といった鋭い指摘もあった。

最終的には、「アベノミクスはやっぱり慎重な楽観主義で捉えるべきでしょう」という声が大勢であった。これでは日本国内で行われている議論とほとんど大差がない。というより、アベノミクス大絶賛や全面否定といった極論がない分だけ、よりまともな受け止め方と言うべきかもしれない。

その一方で、中国側が「日本の変化」を意識していることも窺えた。新政権の経済政策は効果を上げているようだし、TPP交渉にも参加を決断したし、2020年の東京五輪も決まった。この変化がどこまで続くかは未知数だが、とりあえず日本はノーマークの存在ではなくなった。このことは、過去5年間との大きな違いと言えるだろう。

●自由貿易試験区という挑戦

会議における2番目の焦点は、来月にも始まるという上海自由貿易試験区構想であった。会議の基調講演において、上海市政治協商会副主席の周漢民氏がこの問題について、メモなしで約30分間、熱弁を振るっている。これは上海市を経済特区として、貿易、金融、為替、物流などを一気に自由化するという試みである。外資の活動も、新たに作成するネガティブリスト以外のことはすべて届け出制にする。これを3年間にわたって実施し、うまく行けば全国に展開するし、ダメだった場合は元に戻す。まことに中国らしいダイナミックな実験というべきで、これに比べると、日本における経済特区の議論が何とも生ぬるいものに思われてしまう。本件については、会議に参加した滝田洋一日経新聞編集委員が、早速以下の記事を寄稿している3(「上海自由貿易の実験に潜む中国の深慮」日経電子版9月26日)。
現地進出企業は「あと1週間というのに細目が発表されていない」と戸惑うが、中国側の責任者の意思は想像以上に固い。「国家戦略」と位置付けトップダウンで自由化に乗り出す構えだ。鄧小平主席が天安門事件後の1992年に、経済発展の進んだ上海などを巡り改革開放を再確認した。南巡講話である。そして朱鎔基首相が経済改革にアクセルを踏み、2001年に中国の世界貿易機関(WTO)加盟を実現させた。

上海は経済開放の聖地なのである。だからリコノミクスという経済改革に乗り出した李首相は、再び上海を自由貿易試験区に選んだ。中国経済に吹き付ける向かい風を意識し、「成功体験を今一度」という心持ちなのだろう。向かい風とは何か?

何よりも低賃金と割安な人民元を武器にした労働集約型の経済発展が、壁に当たりつつある。資源やエネルギーへの依存度を下げ、経済全体の生産性を高める仕事は待ったなしだ。そのためには、自由な投資環境を整え、技術力の高い外国企業を呼び寄せる必要がある。
同構想には、疑問が残る点も少なくはない。上海自由貿易試験区が稼働すると、金利や人民元レートが上海でだけ大きく変動するようになるかもしれない。金融商品への課税を、どう切り分けるのかという問題もある。あるいは上海での商業活動が完全自由になってしまったら、その後の香港の位置づけはどうなるのか。実際に中国国内でも、11月に行われる三中全会の結果を待たないと分からない、という慎重な見方もあるらしい。

ところが上海側の参加者からは、「とにかくやってみよう」という積極論がほとんどであった。この辺りは、経済成長と人材供給で中国をけん引してきたという上海の自負があるのだろう。また、過去に鄧小平や朱鎔基が行ってきた改革が、ポジティブな記憶として残っていることも見逃せない。この点は、過去の橋本改革や小泉改革がともすればネガティブな文脈で語られがちなわが国との大きな違いではないだろうか。

1概要は本誌の2008年8月1日号「日中経済対話(上海会議)を振り返って」に収録
2JFTCレポートを参照。http://www.jftc.or.jp/research/pdf/2012/201302_2.pdf
3http://www.nikkei.com/article/DGXNASFK24009_U3A920C1000000/

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