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貴様の女郎は元気か

 学生の頃は「正しい英語に拘るのではなく、通じる英語を話しましょう」と教わったものです。これ、日本の英語教育に特有のものなのでしょうか、それとも普遍的なものなのでしょうか。英語教育に限ったものなのか、あるいは英語「以外」の言語にも通用するものなのか、例えば外国人向けに日本語を教える場合はどうなのか、「正しい日本語」と「通じる日本語」のどちらを日本語教師達が教えたがっているのかは興味深いところでもあります。そもそも日本人向けの日本語(国語)教育はどうあるべきなのかも、立ち止まって考えられるべきなのかも知れません。

「噴飯もの」=腹立たしい? 半数が誤用 国語調査(日経新聞)

 文化庁は24日、2012年度の国語に関する世論調査の結果を公表した。慣用表現の使われ方について、誤用が多いとみられる慣用句の意味を選択式で5つ出題したところ、「噴飯もの」「流れに棹(さお)さす」「役不足」「気が置けない」の4つの慣用句で、誤った回答が本来の意味を示した回答を上回った。

 調査は今年3月、全国の16歳以上約3500人に尋ね、約2100人(61%)から回答を得た。

 「噴飯もの」は本来の意味の「おかしくてたまらないこと」(20%)を「腹立たしくて仕方ないこと」(49%)が倍以上上回った。「流れに棹さす」も本来の使い方である「傾向に乗って、ある事柄の勢いを増すような行為」(23%)を、「傾向に逆らって、ある事柄の勢いを失わせるような行為」(59%)が35ポイント以上引き離した。

 調査では、慣用句の言い方として正しい表現はどちらかを尋ねる設問も出題。「激しく怒ること」を示す慣用句は、本来の使い方ではない「怒り心頭に達する」(67%)が、本来の「怒り心頭に発する」(24%)を3倍近く上回った。「実力があって堂々としていること」も、「押しも押されぬ」(48%)が本来の「押しも押されもせぬ」(42%)より多かった。

 「物事の肝心な点を確実に捉えること」は、03年度の調査では本来の言い方ではない「的を得る」を使う人の割合が本来の「的を射る」を上回っていたが、今回の調査では「的を射る」(52%)が「的を得る」(41%)を逆転した。

 文化庁は慣用句の誤用が目立つことについて「言葉は時代により変化するため、間違いとは言い切れない」としながらも「認識のずれがコミュニケーションに支障をきたす恐れがあり注意が必要だ」と指摘している。

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 何でも「慣用表現の使われ方について」文化庁が調査したとか。それ以前に「慣用」という言葉の意味は何なのでしょう。一般に用いられること、普通に使われること――そんな意味合いで「慣用~」という語彙を私は理解していますけれど、この伝で言うなら、より多数の人に使われている表現こそが字義通りの慣用表現と呼ばれても良さそうに思います。しかるに、「誤った回答が本来の意味を示した回答を上回った」云々と報道されているわけです。でも「誤った解答」って、いったい何なのでしょうね。

 その昔、日本で「きりぎりす」と言ったら昆虫のコオロギを指す言葉でした。しかるに現代「きりぎりす」と言ったらキリギリスのことです。では「きりぎりす」の意味を問われて「コオロギのことだ」と回答するのは、もしくは「キリギリスのことだ」と答えるのは、どちらか一方が「誤った回答」ということになるのでしょうか。文化庁は「正解」と「誤った解答」を用意して望んだようですが、何を正答とするのか、その「正しさ」の根拠たる辞書の年代もまた問われるべきもののような気がします。

 むしろ、「噴飯もの」を「本来の意味」と称して「おかしくてたまらないこと」の意味で使うのは、コオロギのことを「きりぎりす」と呼ぶようなものと扱われても良さそうなくらいです。しばしば日本の英語教育は受験英語だの何だのと言われてネイティヴが使うものとはかけ離れていると揶揄されます。でも、それは学校英語だけなのでしょうか? 国語教育も似たようなもの、ネイティヴの日本人が使う日本語とは必ずしも一致しない「正しい日本語」を教えている、そんなところもあるはずです。

 「流れに棹さす」の使い方はどうでしょう。「傾向に乗って、ある事柄の勢いを増すような行為」が正しく、「傾向に逆らって、ある事柄の勢いを失わせるような行為」が誤りとされていますが、ネイティヴの日本人の多数派が使っている意味合いを、慣用句として正しくないと扱ってしまうのは何かがおかしいと、むしろそこに疑問を感じますね。そもそも前者――傾向に乗って、ある事柄の勢いを増すような行為――の意味を知っている人であれば後者――傾向に逆らって、ある事柄の勢いを失わせるような行為――も用例も心得ていそうなもの。ならば後者こそ「普遍的に通じる用法」であり、前者は「過去に存在した語義」と見るべきではないかと。

 「流れに棹さす」のように、「広く理解されている用法」があるなら、文化庁の定める「正しさ」とは無関係に、それを使うのが「通じる日本語」だと思います。逆に「この意味で使うのが正しいのだ」と、一般に通用していない意味合いで慣用句を使うのは、少なくともメディアであれば避けるのが無難ではないかとも。ごく一部の「国語が得意な人」が知るだけの「正しい日本語」を使うのが「正しい」のか、それともネイティヴの日本語話者が幅広く使っている意味で慣用句を用いることが適切なのか、この辺は報道機関には強く意識して欲しいと思います。

 それから「役不足」や「気が置けない」のように、どのようなニュアンスで解釈するのか調査結果が綺麗に二分されるような語彙もまた利用には慎重になるべきかも知れません。「認識のずれがコミュニケーションに支障をきたす恐れがあり注意が必要だ」と文化庁はコメントしています。そこでどっちの意味で理解されるか分からない、そんな語句を使っては「正しい意味を分かっていない人が悪い」とふんぞり返るのは奢りというものです。しばしば相反する意味合いで理解される、どちらのニュアンスで受け止められるか分からない言葉は多々ありますが、「伝える」ことを重視する場面では、「正しい日本語を使う」ことではなく「正しく伝える」ために、より広く使われており誤って理解される虞のない言葉を選ぶのが無難でしょう。

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