記事

“萎縮”しているだけでは何も始まらない。

今週の日経法務面のメインに、「クラウドと著作権」(上)という特集が据えられている。

「インターネット上のサーバーに音楽や画像などを保存できるクラウドサービスについて、著作権法が障害になっているとの指摘が強まっている。合法的に入手したコンテンツを個人が保存する場合、法律の例外規定である私的複製に該当するのかはっきりしないためだ。法改正が必要かどうか、文部科学省の文化審議会も議論に乗り出した。」(日本経済新聞2013年9月23日付け第15面)

というリードで始まる瀬川奈都子記者の署名記事。

文化審議会著作権分科会の「法制・基本問題小委員会」*1で8月に行われた関係団体ヒアリングの模様の紹介から本文が始まり、関係者のコメント等を交えながら、現在の著作権制度の問題点を指摘する、という論調そのものは、使い古された“鉄板”路線の踏襲のようにも見えるのだが、一般紙にしてはかなり細かいところまで現在の状況を描いている、という点においては、なかなか読みごたえのある記事だと思う。

ちなみに、法制・基本問題小委員会のホームページに行くと、議事録こそまだ掲載されていないものの、この記事で取り上げられた8月の関係者ヒアリングの資料を読むことができる(http://www.bunka.go.jp/chosakuken/singikai/houki/h25_02/gijishidai.html)。

新経済連盟(新経連)*2は、資料の中で「事業者を萎縮させる法的リスク」を明確に指摘しているし、ニフティの資料*3においても、MYUTA事件判決やTVブレイク事件判決、さらに著作権法30条1項1号の「公衆用自動複製機器」にクラウドが該当する、という類の解釈等に対して、明確に反対の姿勢が示されている。

淡々と実例を紹介しているだけのように見える電子情報技術産業協会(JEITA)*4の資料にしても、背景にあるのは、現在の裁判例や解釈論が、事業者が進めようとしている新規ビジネスの障害となりかねない、という危機感であることは、よく読めば明らかだろう。

記事の中で取り上げられている、

「(クラウドが)検索エンジンの二の舞いになりかねない」

というモバイル・コンテンツ・フォーラム常務理事の発言は、さすがにこれをまともに受け止めるには抵抗があるものの*5、ビジネス推進側に蔓延する危機感を端的に表している、という点で、象徴的なものといえる。

それゆえ、“安心してビジネスができるように”という観点から、立法による解決を求める上記団体等の主張は、一応理解できるところだし、前記日経紙の特集記事の中で、「法整備の遅れ」に言及されているのも、そういった空気を察してのことだと思われる。

だが、個人的には、そういった「法整備」を求める思いは分かるものの、現状の打開策として、立法を待つだけで良いのか、という思いの方が強い。

確かにMYUTA判決が、プレイスシフティングするためのツールを開発しようとしている事業者にとって重荷になっていることは理解できるのだが、所詮は東京地裁どまりの、しかももう6年前の判決にいつまでも引っ張られる、というのはどうなのだろう?*6

今回の記事のなかでも、

「MYUTAの判決は、ファイル変換技術が発達し、事業者の関与が少なくなったサービスには当てはまらないと指摘する専門家もいる。」「最近のサービスを巡る裁判例がないため、結論は分からない」

といった見解が紹介されており、少なくとも「MYUTA事件判決があるから、同じようなプレイスシフトのビジネスモデルはすべて否定される」ということにならないことは明らかだ。

また、著作権法第30条1項1号の「公衆用自動複製機器」の解釈にしても、クラウドサーバー等がこれに該当しない、と明言している研究者や実務者は一人や二人ではない。裁判所で判断が示されていないゆえの不安はあるのかもしれないが、本来は、現行法の解釈だけでも対応できるレベルではないか、と自分は思っている。

要は、審議会での議論を通じた“立法”に期待する前に、リスクをとって事業を進める余地はいくらでもあるのではないか?ということ。

そりゃあ、決して盤石とは言えない解釈論にビジネスの命運を委ねるより、きちんと立法で“適法化”してもらえた方が、事業者にとっては良いに決まっている。

でも、そのような立法を求めるために、現行法の下での“違法とされる可能性”や“リスクの存在”ばかりを強調することは、法改正が順調に進まなかった場合には、かえって“言霊”的に事業者側に跳ね返って不利な解釈を招くことにもなりかねないし、自らそういったリスクを強調しすぎたことで、かえって自分たちが不安になる、ということにもなりかねない*7

また、“立法”に萎縮効果の解消を求める事業者側の消極的な姿勢が、“適法化”と引き換えに「補償金」等を徴収出来るようにしたい、という権利者側の欲求を中途半端に刺激してしまうおそれもある*8

その意味で、自分は、8月の関係団体ヒアリング資料の中でも、

「クラウド以前と比較した、技術の飛躍的な進歩にともない、サービス提供できる幅が格段に広がっており、この技術の発展による利便性を、世界に遅れることなく日本の利用者が享受することができるようにクラウドサービスを発展させていかなければならない。特に、利用者が自らコンテンツをサーバに保管し、時間や場所を問わずにさまざまな媒体で活用できるようなクラウド・ストレージは、クラウド時代の技術としてはあたり前の機能であり、これをクラウドサービスとして日本の利用者が不便なく活用できるようにすることは当然に実現されるべきである。」

このようなサービスを自らの努力によって実現することこそ、事業者の果たすべき責務であると考える。すなわち、現行法下でクラウドサービスを提供できないとはいえない状況であるし、法の規制内容に明確でない部分があるとしても、合法的なサービス実現を事業者にて模索のうえ事業を進めることは、クラウドサービスに限らず重要である。不明確さをもってサービス提供を行わないとすると、日本のクラウドサービスは他国の後塵を拝することとなる。また、そもそもクラウドは道具にすぎず、これを活用したさまざまなサービスが可能な中で、一律に法的明確性を追求することには無理がある。」(強調筆者)

と記したヤフー株式会社のスタンスには、大いに共感するところがあった*9

立法に向けたロビー活動が悪いこと、というわけでは決してないのだが、その帰趨を見定めて立ち止まっているだけでは何も始まらないわけで、事業者が「果たすべき責務」に目を向け、まずは解釈で許容される範囲内でできるところまでやる、という精神を決して忘れてはならないだろう。


世の中には、法律上、明確に禁止されておらず、公的なガイドラインや解説等を読めばむしろ許容されていることが明らかな場合であっても、“明確にシロと書かれていない”がゆえに、そこに踏み込んだ事業者が思わぬダメージを受ける、という分野がある。

例えば、製品の安全に関する事柄などはその典型だし、最近では、ウェブサービスの利用規約等に関する取扱いや、個人情報・プライバシーにかかわる問題などに関しても、そういう傾向が明確に見て取れる。

ネット上で独自のルール解釈に基づく批判が飛び出し、それに乗っかったネット世論が盛り上がったところで、一般メディアがそれに追随して、一気にレピュテーションリスクが顕在化する・・・

そういう分野では、いかに事業者が「果たすべき責務」を負っていたとしても、あえてリスクをとって解釈論で地図のない世界に踏み込むのは相当ハードルが高い。

しかし、著作権の世界においては、ユーザーの視点に立った有益なサービスを提供し続けている限りにおいては、ネット世論を敵に回す可能性は低いし、仮に権利者との間でトラブルが生じ、一部のメディアがそれを書きたてるようなことがあったとしても、どこかでバランスを考慮した言論が登場する余地が残っている。

その意味で、クラウドに限らず、明文の規定がなく解釈が定まっていない著作権法の領域において挑戦する、ということのハードルは、決して高くないはずだ。

権利者側と利用者側との間で、激しい意見対立も予想される中、クラウドサービスと著作権をめぐる問題について、法制・基本問題小委員会でまとまった結論は容易に出てくるものではない、と思われる。

そして、だからこそ、議論をしている間に次々と新しい先進的なサービスが世に登場し、そのうちに“議論するまでもなく当然ここまでは適法でなければおかしい”という状況が形成されることを、自分は強く願うのである*10


*1:従来の法制問題小委員会を衣替えする形で設けられた小委員会。

*2http://www.bunka.go.jp/chosakuken/singikai/houki/h25_02/pdf/shiryo_2.pdf

*3http://www.bunka.go.jp/chosakuken/singikai/houki/h25_02/pdf/shiryo_4.pdf

*4http://www.bunka.go.jp/chosakuken/singikai/houki/h25_02/pdf/shiryo_1.pdf

*5:そもそも、著作権法のルール整備が遅れたから「検索エンジン」の分野で日本が後れを取った、という論調は、眉に唾してかからねばならない話だと自分は思っているので・・・。

*6:関連記事として、http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20120121/1327259647

*7:・・・というか、そうなっているのが、今の状況、というべきではなかろうか。権利者に不利な法改正には脊髄反射的に反対するステークホルダーも決して少なくなく、法改正が順調に進みそうな状況でもないだけに、違法となる可能性やリスクを殊更に強調する方向での議論は、決して良い結果を招かないだろう、と自分は思っている。

*8:もちろん、もともと適法な私的複製でも、それを補償金徴収の根拠と主張することは可能なので、“適法化”が直接的な理由になる、とまでは言えないのは確かだが・・・。

*9:おそらく記者の描いた鉄板ストーリーに乗らなかったから、なのだろうが、上記日経の特集記事の中で、リスクを憂う事業者の声だけが取り上げられ、このような格調高いスタンスが紹介されなかったのは非常に残念なことだと思う。

*10:もちろん、そういう状況が形成されるようになるためには、ユーザーの支持を集められるようなサービスの品質が確保されなければならないのはもちろんのこと、あえて法によるルール形成を先行させなくても、権利と利用の利益の均衡が保たれている、と多くの人々が納得するような事業者側のバランス感覚が発揮されなければ成らず、それは決して平たんな道ではないと思うのだが、それでもなお、期待する価値はあると思う。

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