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【佐藤優の眼光紙背】シリア危機をめぐる安倍政権の独自外交

(7日、AP/アフロ) 写真一覧
佐藤優の眼光紙背:第153回
 9月14日、スイスのジュネーブで、米国とロシアがシリアの化学兵器を国際管理下に置くことについて合意した。この合意が成立した背景については、朝日新聞の大島隆記者の解説がよくまとまっている。

■米は迷走、思わぬ成果

 《解説》米ロがシリアの化学兵器を国際管理下に置く枠組みで原則合意したことで、米国による対シリア攻撃の可能性は遠のいた。シリアの化学兵器廃棄という、当初は考えもしなかったゴールまで道筋をつけたことは画期的だ。国際社会のルールを守らせる各国の努力が、土壇場で成果の芽につながった形だ。

 一発のミサイルも撃ち込まずに合意に達したことで、オバマ政権は「我々による攻撃の脅威があったから、ここまで来た」(ホワイトハウス高官)と砲艦外交の成果を誇る。

 だが、これはオバマ政権が当初から想定した結果には見えない。目立ったのは、むしろ迷走ぶりだ。

 イラクとアフガニスタンでの二つの戦争を「終わらせる」と訴えて当選したオバマ大統領は、中東で紛争の泥沼に再びはまり込まないよう、シリア内戦に距離を置いた。最終的には化学兵器の無差別使用を受けて攻撃を決意したが、実施の前に議会の承認を求めた。「攻撃は限定的だ」と繰り返した姿は「戦争を終わらせる」という公約と「世界の警察官」としての役割の間で揺れていると映った。

 米国では、アフガン、イラクと続いた戦争への嫌気と経済の低迷で国民の関心があまり国外に向かわなくなった。この「内向き志向」が、人道介入に慎重な世論や米議会の姿勢の背景にある。そんな米国の姿は、第2次世界大戦後の世界秩序を主導してきた大国の「疲れ」を世界に印象づけた。

 今回はぎりぎりのところで米ロが合意に達し、規範と秩序を維持する国際社会の機能が働くことをかろうじて示した。だが今後の道のりには、国連安保理決議の採択や実効性のある移管・廃棄体制の構築などいくつものハードルがある。国際的な規範を守る取り組みはむしろこれからが本番だ。米国が各国と協調したうえで積極的な役割を果たせるかは、米国の対外的な信頼とともに、世界秩序の行方をも左右する。(9月15日『朝日新聞デジタル』)

 大島氏は、<そんな米国の姿は、第2次世界大戦後の世界秩序を主導してきた大国の「疲れ」を世界に印象づけた。>と表現するが、これを別の言葉で言い換えると、東西冷戦終結後、米国が展開してきた「レッドライン外交」がもはや機能なくなったということだ。レッドラインとは、「この線を越えたら容赦しない」と米国が一方的に設定するルールのことだ。過去、米国がレッドラインを越えたと判断したイラク、アフガニスタンなどは武力による制裁を受けた。米国が設定した「20%を超えるウラン濃縮を行わない」というレッドラインをイランは遵守している。この線を越えた場合の米国もしくはイスラエルが攻撃してくるとイラン指導部が認識しているからだ。今回、米国はシリアに対して化学兵器の使用がレッドラインであると警告した。8月21日、シリアの首都ダマスカス近郊で化学兵器(報道によればサリン)が使用され、多数の死傷者が発生した。米国はシリア政府軍が化学兵器を使用したと断定し、空爆を行おうとしたが、国際的反発を懸念して、妥協した。

 今回、ロシアのプーチン大統領は、9月5~6日、ロシアのサンクトペテルブルクで行われたG20サミット(20カ国・地域首脳外交)の場を最大限に活用して対米包囲網を形成し、米国によるシリアに対する一方的攻撃を阻止する流れを作った。この背後では、アサド政権が崩壊し、シリアが混乱状態に陥ることを恐れるイスラエルが、水面下でロシアと協調したのではないかと筆者は見ている。

 また、日本も事実上、ロシアと共同戦線を組んだ。小泉純一郎政権後、日本政府は、米国のレッドライン外交を常に支持してきた。民主党の菅直人首相ですら、米特殊部隊によるパキスタンにおけるウサマ・ビン・ラディン殺害(現地時間2011年5月2日)を無条件で支持した。この作戦はパキスタン政府の事前了解を得ずに行われたので、国際法的には明確な主権侵害にあたる。それだからNATO(北大西洋条約機構)に加盟する米国の同盟国ですら、あからさまな支持はしなかった。日本とイスラエルのみが突出して、米国のビン・ラディン殺害作戦を支持した。

 このような対米追従外交と一線を画する対応を安倍晋三首相は、シリア問題に関して行った。9月5日、ロシアのサンクトペテルブルグで行われた日米首脳会談において、安倍首相はオバマ大統領に「米国のシリア攻撃を支持する」という言質を与えなかった。その理由は、日本が米国のシリア空爆を支持すれば、9月7日にブエノスアイレス(アルゼンチン)で行われる国際オリンピック大会委員会(IOC)総会で、日本はアラブ諸国やイスラーム諸国の反発を買って、東京が2020年夏季オリンピック開催地に選ばれる可能性が低くなることを懸念したからであろう。もっとも、その前の9月3日の電話会談でも安倍首相はオバマ大統領に<「国連安全保障理事会の決議を得る努力も継続してほしい」とクギも刺した。外務省はロシアが賛同しないため安保理決議に触れるのに反対したが、首相が押し切った。>(9月6日『朝日新聞デジタル』)ということなので、安倍首相にはシリア問題で独自外交を展開したいという思いが強いことは間違いない。

 さらに9月10日の電話会談で、安倍首相はプーチン露大統領に<ロシアがシリア政府に対し化学兵器を国際管理下に置くよう提案したことについて「前向きなものと評価し、支持する。アサド政権の真摯な態度の有無を注視していく」と伝えた。首相がシリア情勢改善に向け「日本も積極的に参加し、貢献していく」とも伝えると、プーチン氏は「作業は難しいが、一定の進展がある」と語ったという。>(9月11日『朝日新聞デジタル』)

 繰り返すが、外交的には、ロシアの対米包囲網作りが成功した。この過程で、日本が少なからぬ役割を果たした。安倍首相の平和外交がジュネーブ合意を後押ししたのである。問題は、日本の独自外交が戦略的に行われたのではなく、2020年五輪東京招致を目指す場当たり的対応が、結果として独自外交となったという現実だ。(2013年9月18日脱稿)

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プロフィール

佐藤優(さとう まさる)
1960年生まれ。作家。1985年に外務省に入省後、在ロシア日本大使館勤務などを経て、1998年、国際情報局分析第一課主任分析官に就任。 2002年、鈴木宗男衆議院議員を巡る事件に絡む背任容疑で逮捕・起訴。捜査の過程や拘留中の模様を記録した著書「国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて」(新潮社、第59回毎日出版文化賞特別賞受賞)、「獄中記」(岩波書店)が話題を呼んだ。
2009年、懲役2年6ヶ月・執行猶予4年の有罪判決が確定し外務省を失職。現在は作家として、日本の政治・外交問題について講演・著作活動を通じ、幅広く提言を行っている。近著に、「超訳 小説日米戦争」など。

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