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いつ、どのように財政再建を行うか――消費税増税を考える - 江口允崇

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安倍政権の次なる課題

7月30日に総務省の発表した今年6月の完全失業率(季節調整値)は3.9%とリーマンショック前の水準にまで改善し、厚生労働省が発表した有効求人倍率(仕事を求めている人間1人に対し企業から何人の求人があるか)も0.02ポイント上昇の0.92倍と4カ月連続で上昇した。

また、7月11日の日本銀行の金融政策決定会合でも、景気の現状判断を「緩やかに回復しつつある」と上方修正し、黒田東彦総裁は「わが国の景気が緩やかに回復しつつあることは、さまざまな経済指標から素直に引き出せる結論だろう」と語っている。

安倍晋三政権が推進する経済政策、通称「アベノミクス」は、これまでは株価や為替レートのみに効果があらわれて庶民には実感がないとの批判もあったが、徐々に実体経済にまでその影響が波及してきた様子だ。

もちろん、海外の要因などもあるので、本当にアベノミクス効果であるのかはデータが出揃った上できちんと検証する必要があるし、失業率の低下にしても高齢化による労働力人口の減少が大きな要因にもなっていることは無視できない。また、庶民の給与はまだ上がっているとは言い難い状態にある。しかし、先日の参議院選挙における自民党の圧勝を見るに、国民の多くはアベノミクスを支持していると言ってよいだろう。

参院選を終えて今後の安倍政権のゆくえであるが、憲法や外交問題はさておき、喫緊の課題は来年4月に予定されている消費税の増税であろう。昨年8月に野田政権において成立した社会保障・税一体改革関連法案では、消費税が平成26年4月に8%、27年10月に10%へ2段階で引き上げられる予定となっている。

しかし、消費税の増税はせっかくの景気回復に冷水を浴びせ、再び景気を後退させる恐れがあるため、慎重に判断する必要がある。1997年に消費税を3%から5%に上げた際も、その年はアジア通貨危機や山一證券の破綻が立て続けに起こったために真の原因の識別は難しいものの、激しい景気後退がその後生じてしまったことは事実である。

こうした中、来年4月に予定通り消費税の増税を行うかは、政府の中でも意見が分かれている。安倍政権の経済運営のブレーンである浜田宏一内閣官房参与(米エール大名誉教授)は、消費税増税が大きな景気後退を引き起こし、かえって税収が減ってしまう可能性もあると懸念し、引き上げ時期の先送りが適当との姿勢を示している。また、浜田氏は消費税増税法案にある2段階引き上げではなく、1%ずつなだらかに上げていくという選択肢も提案している。

一方で、麻生太郎副総理・財務・金融相は、消費税引き上げは国際公約に近いとの認識を示し、現行法で定める消費税率の2段階引き上げを予定通り実施する姿勢のようである。最終的には、9月9日に発表される4~6月期の国内総生産(GDP)改定値を見てから、安倍首相が判断することになる。

本稿では、来年4月に予定されている消費税増税の是非について、いくつかの論点から考えてみたい。

国債は、「将来の国民」から「現在の国民」への所得移転

そもそも、なぜ消費税増税をしようとしているかというと、財政再建のためである。

財務省によれば、日本の2013年度末の国債及び借入金を含めた国の債務残高は1107兆円となる見込みであり、政府債務残高のGDP比率は224.3%で世界1位である。また、政府の総債務残高から政府が保有する金融資産(国民の保険料からなる年金積立金等)を差し引いた純債務のGDP比も144.3%でギリシャに次ぐ世界2位の値になっている。

日本の財政危機が殊更に叫ばれ始めたのは総政府債務のGDP比がイタリアを超えた1999年頃だと記憶しているが、その時は純債務のGDP比ではまだイタリアやカナダよりも低かった。しかし、2008年頃には純債務でもイタリアを上回り、いまや既に財政危機が顕在化しているギリシャに次ぐ水準となっている。この増え続ける日本の政府債務に歯止めをかけ、財政再建を行う手段の一つが消費税増税なのである。

では、なぜ財政再建が必要なのだろうか。そのためには、まず国債とは何なのかを考える必要がある。国債というのは、つまりは政府の借金である。その一方で、誰かの負債は誰かの資産でもある。では、誰の資産かと言うと、国債の保有者、すなわち国民である。よって、国債というのは、政府の負債であると同時に、国民の資産でもあるわけだ。

そのため、国民の資産なのだからいくら増えても問題ないとする説もある。しかし、政府はあくまで将来国民から徴税をすることで国債の償還を行うため、債務を支払うのは「将来の国民」である。従って、国債というのは、債権者は「現在の国民」であり、債務者は「将来の国民」であるというのが本当のところなのだ。

ただし、「現在の国民」と「将来の国民」は、通常の債権者・債務者の関係とはまた異なる。通常の債務者は、将来お金を支払わなければならない義務を負うかわりに、いま現在お金を手に入れることができる。逆に、債権者は現在のお金を失うかわりに、将来お金を受け取る権利を得る。しかし、国債の場合、まだ生まれていないような将来世代はいま現在お金を受け取ることはできないので、将来お金を支払う義務のみを負うことになってしまうのだ。

例えば、政府が国債発行によって50兆円の減税を行った場合、「現在の国民」は政府を通じて「将来の国民」に50兆円を貸し付ける形になるわけだが、その50兆円は減税として「現在の国民」に再び配られることになる。そのため、「現在の国民」は債権者として将来お金を受け取る権利を得る一方で、現在もお金を失うことはない。

逆に、将来生まれてくる世代は、現在お金を受け取ることはできず、将来単に借金の支払いをするだけの存在になってしまう。従って、国債というのは、借金というより、将来新たに生まれてくる世代から「現在の国民」に対する所得移転という方が正しい。よって、政府債務の増大は、世代間の不公平性を拡大させるという問題を生じさせる。

ラーナーの国債負担論に隠されている前提

ここで、国債は将来世代の負担にならないという主張もある。将来国債が償還された場合、課税されるのも将来世代であれば、償還でお金を受け取るのも国債を持つ将来世代なので、将来では国債保有者と納税者の間で所得の再分配が起こっているにすぎず、世代間の所得移転は生じないというものだ。これは、1940年代にアバ・ラーナーという経済学者が最初に唱えたことから、「ラーナーの国債負担論」として知られている。

しかし、ラーナーの国債負担論には、将来世代がどのように国債を手に入れたかが明記されていない問題がある。将来世代は生まれたときから国債を所有しているわけではない。将来世代が国債を入手する経路は2つ考えられ、1つは遺産などで国債を譲渡される場合で、もう1つは自分で働いて所得を得て国債を購入する場合である。

前者の場合は増税される代わりに国債が譲渡されるために将来世代の負担は帳消しになり、世代間の所得移転は生じない。しかし、後者の場合は国債を購入したときに将来世代から現在世代への所得移転が生じ、将来世代に対する負担になる。ラーナーの国債負担論は、将来世代に国債が無償で譲渡されるという前提が隠されており、そうでない場合はやはり将来世代に対する負担が生じることになる。

また、日本の国債を保有しているのは銀行をはじめとした金融機関なのだから、上の議論のような個人が直接国債を購入している状況は当てはまらないという考える人もいるかもしれない。

しかし、銀行はあくまで家計の預金を元手にして国債を購入しているので、間接的には家計が保有していることになる。そのため、預金を預け入れるという行為は間接的には国債を購入していることになり、預金を引き出すということは間接的に国債を売却していることになるのだ。新しく生まれてきた将来世代が労働所得を稼いで預金をする一方で、現在世代が預金を切り崩して消費をするのであれば、これは将来世代が現在世代から国債を買っているのと同じことになるのである。そのため、銀行を通じていても、本質は同じである。

経済学者間のジェネレーションギャップ

さて、大学学部レベルのマクロ経済学の授業で習うIS-LMモデルをはじめとしたケインズモデルでは、将来のことが捨象されているため、将来世代の負担というものが考えられていない。そのため、減税もしくは政府支出の増大によって無限の財政赤字を出すことで、無限の可処分所得の増大が可能になり、そのツケを誰も払う必要がない構造になっている。

しかし、将来の負担を考えないというのは、あくまでケインズモデルが現在の総需要政策などの効果にのみ焦点を絞るための簡略化であって、現実がそうだと述べているわけではない。

理論モデルの意義とは、複雑な世界を単純化して理解しやすくすることにあるが、適用範囲を誤るととんでもないことになってしまう。例えば、物理学においても、鉄球の落下速度を考える場合には空気抵抗はないと仮定しても差し支えないかもしれないが、紙風船を落下させる場合は空気抵抗を無視するわけにはいかないだろう。このように、扱う問題によって仮定の妥当性は変わってくる。

ケインズモデルでは将来の負担は存在しないと仮定しているが、政府債務の問題を考える場合はそこが重要になるために、ケインズモデルを適用するのは不適切であろう。元々ケインズモデルはあくまで短期の問題を考えるツールなので、政府債務のような長期の問題を考えるには向かないのだ。

このような将来を捨象したケインズモデルの欠点は、ノーベル経済学賞を受賞したシカゴ大学教授のロバート・ルーカスによって指摘され、現代のマクロ経済学では将来の負担というものが明示されている。とくに、現在世代と将来世代を異なる経済主体として取り扱うものを世代重複モデルと呼び、そこでは国債によって世代間の所得移転が生じることが明確に示される。

しかし、この将来の負担を考慮した近代的なマクロ経済学は通常大学院でようやく習うことになるため、大学院以上の経済学教育を受けた人間とそうでない人間に大きな溝を生んでしまっている。また、学者であっても、世代が上になるとこのような近代的なマクロ経済学の教育は受けていないため、経済学者の間でもジェネレーションギャップがある。近代的なマクロ経済学では、ケインズモデルとまったく逆の結論が出てくることも多々あるため、最先端の学者がむしろ基礎的なことすら分かっていないという批判を受ける理不尽な事態が起きたりするのである。

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