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戎能民江「性暴力被害者支援法制の方向性――性暴力救援センターの現場から――」

 ジェンダー法学会の学会誌である「ジェンダーと法」No.10(2013年)に性暴力救援センター大阪(SACHICO)*1の活動報告がまとめられていたので読んだ。これは2012年12月7日に早稲田大学で行われたジェンダー法学会学術大会プレ企画「性暴力被害者支援法制の方向性――性暴力救援センターの現場から――」(講演:加藤治子*2、幸田樹里*3 司会:戎能民江*4)を戎能さんがまとめたものである。

 SACHICOは2010年に先駆的な病院を拠点としたワンストップ支援センターとして開設された。ワンストップ支援センターとは、性暴力の被害に遭った場合、包括的に対応する窓口である。医療だけではなく、警察や弁護士、児童相談所やカウンセラーなど関係機関とネットワークを作り、被害者の急性期対応を行っている。状況としては以下のように述べられている。

SACHICO開設から2年の実績として、電話相談は4,385件、来所は1.002件を数える(2012年3月現在)。SACHICOによれば、以前は年間10数名程度にとどまっていた「レイプ・強制わいせつ」被害者の受診は197人、性虐待は82名となった。初診317人中、20歳未満の人が7割を占め、とくに10~19歳が56%ともっとも多い。(137ページ)

 以上のように、多くの被害者がSACHICOを利用していることがわかる。この利用者増は、警察主導ではなく、民間主導であることが理由だと推察される。多くの被害者は「自分が悪い」のだと自責感にさいなまされている。そのため、センターは弁護士を紹介することが多くなっているという。実際に被害を警察に通報したのは被害者のうち51.8%であり、その中の68.6%は警察の医療費公費負担を受けられた。だが、立件が難しく、事件性がないとみなされた被害については、支援対象外となる。この点について戎能さんは、「公費負担の判断基準をみていくと、警察の被害者支援はあくまでも捜査のためであり、事件性がないと支援が行われない」(138ページ)と指摘している。

戎能さんは、警察手動型のワンストップ支援センターである「ハートフルステーションあいち」(愛知県一宮市)は利用者が少ないことを引き合いに出している。警察の支援が支援対象が広義の「性暴力」ではなく、狭義の「性犯罪」であることに限界があると述べているのだ。性暴力は親密な関係で起きることが多く、証拠が得にくかったり、被害者の証言の信頼性が疑われること*5が多かったりして立件が難しい。しかしながら、証拠の有無にかかわらず、被害者の苦痛は甚大であり、だれでも支援が受けられる体制が必要であるため、ワンストップ支援センターは警察主導よりも民間主導であるほうが利用しやすいという、上記の状況になっている。

 さらに、報告では性虐待の被害がかなり多いことにも触れられている。この点について、戎能さんは次のようにも述べている。

加藤報告でもっとも強調されたのが、性虐待被害である。性虐待被害者は初診を受けた被害者の1割以上を占める。初診時年齢は14歳が最多であり、中学生になって初めて開示することが多いという。加害者の6割以上が父(実父・養父)であり、秘密にすべきこと、言ってはならないこととして沈黙が守られてきたのである。性虐待は繰り返し行われ、被害者にとって日時の特定は難しい。

性虐待を問題にするのは、自傷、摂食障害、不眠、家出、万引き、深夜徘徊など、影響の深刻さにある。しかし、加害者の逮捕や告訴が容易に行われるわけではない。むしろ、母が加害者(父)側について、告訴を取り下げるなどの事例もある。(138ページ)

 上のような状況を踏まえて、この報告後にはフロアでは刑法強姦罪の非親告罪化*6について活発に議論されたと戎能さんは書いている。内閣府の委員会報告書では、「被害者保護および性犯罪の厳正な対処のために有意義である」と非親告罪化が提言されている。しかし、以下のように、現場の支援者から非親告罪化に対する複雑な思いが語られている。

加藤医師は、非親告罪化で、本人の医師とはかかわりなく、本人の親と警察が一方的に事を進めていくことが危惧されること、他方では、親を訴えることが困難な性虐待の場合は、被害を受けた子どもを「自分のせい」という責任から解放する意味があるとして、非親告罪化の是非は画一的に判断できないという立場を表明した。

また、非親告罪化する場合は、被害者である子どもの「父親を守らねば」という心理を考慮して、加害者への対応も不可欠であるとする。雪田会員は、性犯罪を特別視することは捜査能力の低下につながっており、性暴力は犯罪であるという意識を醸成しなければならないこと、告訴をめぐる被害者の負担の軽減という意味でも、非親告罪化に意義があるとした。

会場からは、加害者からの示談による告訴取り下げの圧力があることや被害者の負担軽減のために、手続を一時留保するしくみの必要性などが提言された。非親告罪化は構成要件の検討、警察や司法の体制整備、二次被害者防止などと並行して進めるべきであろう。(140ページ)

加藤さんのいうとおり、非親告罪化は一方では被害者(特に子ども自身)の意思の軽視を招きかねない。とりわけ家庭内での性虐待では、母親は父親に加担することもあり、被害者(子ども)と親(母親)の意思が一致しないことがままある。

 私のほうから、戎能さんの報告まとめを離れて書き加えておくと、実際に、先日も母親が告訴しないため、10歳の子どもが告訴したが、その告訴能力の有無が裁判の争点になっていた*7。非親告罪化されれば、保護者と子どもの意思が食い違った場合、子どもはさらに弱い立場に置かれやすいのだ。他方、家庭内で性虐待にあった子どもが、裁判の判決で加害者に有罪が言い渡されるという過程を通して、スムーズに悪いのは自分ではなく加害者であったという認識を持てる、ということはあるだろう。この非親告罪化の利点・不利点は、広く知られる必要があると思う。少なくとも、わかりやすく「悪者をやっつける」というイメージで性犯罪の問題を論じると、被害者当人の気持ちや支援の現状とかけ離れた議論になってしまいやすい。その意味でも、上で紹介した戎能さんの報告まとめは重要であると思う。



*1http://homepage3.nifty.com/wco/sachico/

*2:性暴力被害者救援センター大阪(SACHICO)代表、医師

*3:大阪弁護士会

*4:お茶の水女子大学名誉教授

*5:被害者が、加害者を家にあげている場合、飲酒している場合、加害者に迎合するようなメールがある場合など。そのような厳しい状況で裁判で争っているケース→http://d.hatena.ne.jp/font-da/20120125/1327487475

*6:親告罪とは、告訴がなければ公訴できないこと。性犯罪の場合は、事実が公になると被害者に不利益があることが多いため、強姦罪は親告罪になっている。非親告罪化は共産党が推進しており、以前に問題点を指摘した→http://d.hatena.ne.jp/font-da/20121201/1354346142

*7:母親が、自分の娘たちの強制わいせつ被害をほう助していたとされる事件。長女の場合は当時15歳であったことと、母親がほう助していたとして起訴されているため告訴権がないこととが理由で、迅速に起訴された。だが、次女の場合は当時10歳であった本人の供述調書と、祖母からの告訴状をうけて検察が公訴したが、富山地方裁判所は10歳の子どもに告訴能力はなく、母親がその件では起訴されていないために告訴権者とみなし、起訴を無効とした。(2012年3月)
 http://www.j-cast.com/2012/03/15125640.html?p=all
 しかし、差し戻し審では別の地裁の裁判官は、被害者の告訴能力を認め、被告に懲役14年の判決を言い渡した。(2012年11月)
 http://www.nikkei.com/article/DGXNZO48407860U2A111C1CC0000/

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