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変わりゆくバックパッキング事情〜「非日常の旅」から「非日常に日常を持ち込む旅」に

毎年、僕はゼミ生を中心としたメンバーを、バックパッカーの聖地であり、世界最大の安宿街であるタイ・バンコク・カオサンへ連れて行き、旅行者の情報行動調査とカオサンについての情報サイト「カオサンからアジアへ」の取材をさせている。

いわゆる「フィールドワーク」「サーベイ」そして「編集技術」の勉強を体験を通してやってもらっている。すでに十年以上継続しているが、今年は取材の中でちょっと驚くべきことが二つ目についたので、今回はこれを紹介したい。 情報化の中で安宿街も、いや情報行動に長けているバックパッカーたちが集う安宿街だからこそ変容を見せる。また、それは近未来を先取りしている。そしてこの二つはそれを象徴する出来事だ。

一泊500円のゲストハウスもネット予約可

バックパッカーは航空券のみを購入し、旅先を大まかな予定だけで自由に周遊するのがその基本スタイル。だから原則、宿には飛び込みになるのだけれど、今年、学生たちが宿泊しようとゲストハウスを探した際、あちこちで「満室」と断られ、宿さがしに一苦労する事態が生じたのだ。もちろん、かつてから人気宿については満室になることはよくあった。ところが、今回はあっちこっちがそうなのだ。ちなみにカオサンを訪れるのは毎年ほぼ同じ時期(8月1~2日)なので、この違いはハッキリと読み取れる。

これ、実はインターネットのせいだ。今やバックパッカーたちはネットの予約サイトを通して宿をとっているのである。ネットによる宿泊予約は以前なら中級以上のホテルに限定されていた。その価格も、少なくとも2000円以上だった。ところが、たとえば大手の予約サイトagodaで示されているカオサン地区の最も安い宿泊施設は、いまやなんと500円台だ。つまり、ゲストハウスのドミトリーまでがネット予約できる時代になってしまったのだ。だったら、ネットでポチっておけばいい。夜中にカオサンに降り立ち、バックパックを背負いながら不安な顔立ちでゲストハウスを探し、断られ続けるなんてことを経験しなくてもすむんだから。 まあ、便利になったと言うべきか。

だが、これは逆説的な事態もまた発生させている。もはやほとんどなくなってはいるが、予約サイトに掲示されていないゲストハウスを探すと、先ず間違いなく空きがある、というか宿泊客がいないという状況になるのだ。つまりネットを利用しているところとそうでないところの間で歴然とした格差が生じてしまうのだ。これもまた「情報格差」の一つということか?

アンケート実施してみたらバックパッカー以外の日本人がたくさん

もう一つは、安宿街カオサンを徘徊する旅行者たち。僕たちは日本人を対象にアンケートとインタービューを実施しているのだが、これ、原則、飛び込み。つまりキャッチセールス、あるいはナンパみたいなやり方をしている。で、カオサンを徘徊しているのだから当然、この辺のゲストハウスに投宿しているのだろうと声をかけるのだが……そうでない日本人に大量遭遇ということに。それは、フツーの観光客だ。

つまりカオサン以外のバンコクのエリアに投宿(もちろんホテル。その多くがいわゆるスケルトンツアー、つまり航空券とホテルのセットのパックを利用している)し、ここにやってくる。その理由は「カオサンは観光地だから」。で、こちらとしてはバックパッカーを対象としているので、こういった「観光客」のみなさんを調査対象にするわけにはいかない。かくして、次の日本人をナンパへということになるのだけれど……またしても遭遇するのはカオサンを観光に訪れた日本人ということになる。

バックパッキングって、いったい?

こういったバックパッキングをめぐる行動パターンの変容は、翻って「バックパッキングとはいったいどのようなカテゴリーなのか」という問いを僕らに投げかける。90年代の半ば、僕はバックパッカーを「航空チケットのみを購入し、当該訪問国を自由に旅する旅行者。長期の旅行を志向するため節約を旨とする旅行スタイルをとる」と定義した。だから、当然、低廉やゲストハウスが宿泊場所であり、その最たるエリアがカオサンであったはずだ。

ところが、前述したように今やカオサンを訪れる人々はこういったバックパッカーに限られない。いやそれだけではなく、バックパッカーというカテゴリーも細分化して、僕が以前したような定義では括れなくなっている。

たとえばバックパッキングスタイルでカオサンにやってきたのはよいが、次の行動はカオサンにある旅行代理店に入って「アユタヤ1日観光」のパッケージに参加するなんてのがある。で、こういったバックパッカーの多くが一週間以内の短期間の滞在。でも、これだとパックツアーのオプションツアーと何ら変わるところはない。また、買い物ツアーというのもある。とにかくカオサンにやってきて適当なゲストハウスに宿をとる。そして、あとはバンコクの商店街やウィークエンドマーケットに繰り出し、どっさりと買い物をして帰国する。この場合、宿泊日数は長くても五日程度だ。

30代を過ぎた旅行者に多いのがバックパッカー気分を味わう「なーんちゃってバックパッカー」だ。定職に就いているので長期を休暇は取れない。せいぜい一週間程度だ。そこで、カオサンにやって来てカオサンライフを満喫する。ゲストハウスに宿泊し、バーに繰り出し、旅行者と語らい、マッサージで身体をもみほぐしといった具合で、しばしバックパッキング気分に浸る。これは二十代の頃バックパッカーだった人間がよくやっているパターンだ。

もちろん、旧来通りのバックパッカーも存在する。だが少数だ(おそらくカオサン以外の安宿、しかもあまりメジャーではないところに行けばこの手のオールドバックパッカーに遭遇することは可能だろう)。そして彼らもその行動はかつてのそれとは大きく変わっている。それはスマホやタブレットPC、パソコンを持って移動すること。情報のインプットアウトプットをこれでやる。

ただし、この「情報」、必ずしも旅に関することではない。ウェブを開けば日本の日常生活でブラウズしているものと同じサイトを覗くことができるし、SNSや通話アプリを使えば、いつも通りの仲間とコミュニケーションが可能。つまり「非日常に日常を持ち込んでいる」。そして、こういった電子メディアの普及は、かつてバックパッカーたちの間では常識であった情報交換、旅先での語らいといったものをどんどん奪うようにもなっている。全てはネットで事が済ませるようになったのだ。たとえ、それが旅先であったとしても。

結局バックパッキングを通して起こっていることはスーパーフラット化というところだろうか。あらゆるもののジャンルが崩壊の方向に向かっている。バックパッキング、バックパッカーというカテゴリー、そして日常と非日常の境界線。そんな中で、なぜ一部の旅行者はバックパッカーになり、バックパッキングという旅のスタイルをチョイスするのだろうか。

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