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非正規労働者も襲うブラック企業-サービス残業・全国配転・パワハラ増-企業の指揮命令権に制約を

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労使関係は「力」のぶつかりあいの結果

 「日本型雇用」、あるいは「日本型労使関係」と言い換えていいとすると、そもそも労使関係というのは、日本でもヨーロッパでも、アメリカでも、これは資本、経営の労働者に対する収奪や従属を強いる飽く無き攻撃と、それに抵抗する労働者の反発や労働組合のたたかいのぶつかりあいの結果であらわれてくるものだと思うのですね。

 ですから、「日本型雇用」の特徴と言われる年功賃金や終身雇用も、その中身というのは、単純に一色で塗ることができるようなものではないと思います。

 終身雇用を考えても、実際に日本の歴史を振り返ってみると、たとえば戦前の『蟹工船』の時代でいえば、当時は終身雇用ではなく、今で言えば派遣会社と言っていい周旋屋などが跋扈して極めて不安定でひどい働かせ方をしていて、だからこそ戦後、労働法ができた時に、真っ先に職業安定法44条で労働者供給事業が禁止されたのです。

 戦後の50年代や60年代も今のような形ではなくて、製造業の現場などには今で言えば不安定な非正規雇用の労働者の方が多かったのです。たとえば、JMIUの初代副委員長は東京の大田区にある機械メーカーの社外工で、労働組合をつくって、正社員化のたたかいを進めました。そして、労働組合のたたかいによって正社員化を実現していったわけです。

たたかいでつくられた終身雇用

 つまり私が言いたいのは、50年代や60年代というのは、当時総評という強い労働組合があって、非正規労働者を組織化して、正社員化の運動を進めたのです。大企業の労働組合も含めて正社員化の大きな運動にとりくんだ結果として、いわゆる日本型雇用と呼ばれる終身雇用というものが、さらに60年代から70年代にかけてつくりあげられていったのです。

 つまり、終身雇用というのは日本にもともとあった労使関係ではなくて、労働組合のたたかいの中でつくりあげられてきているものなのですね。

 年功賃金もそうです。戦後直後は毎年、賃金が上がるわけではありませんでした。ではいつから毎年春になったら賃金が上がるという仕組みがつくられたかというと、それは1955年に始まったまさに春闘のたたかいなのです。ですから、年功賃金、あるいは定期昇給と言われるものも、労働者、労働組合のたたかいによって勝ちとられたものです。

 反対に今は、年功賃金と言ってもマスコミが言うようにそう単純なものではありません。たとえば、トヨタが2012年度の定期昇給が6,800円と言っても実際はトヨタの社員全員が6,800円上がるわけではありません。そこにはいわゆる成果主義が入っていて、評価によっては1円も賃上げがない人もいれば、場合によっては賃下げになる人もいるという現実があるわけです。

 そうした労働現場をリアルに見ていく必要がいつもあって、そこには常に現在まで毎年続いて行く、経営側と労働組合との間の力関係で、今の焦点で言えば、能力主義・成果主義的な賃金体系を導入する資本の攻撃と、それに反発する労働者や労働組合とのたたかいのせめぎあいの中で、今の労使関係がつくりあげられてきているのです。

 企業の指揮命令権についても、たしかに今野さんが言われるように、ヨーロッパなどに比べて日本は異常に強い指揮命令権が企業にあるというのは、それは事実だと思うのです。

 でも年功賃金や終身雇用とバーターで労働者が受け入れてきたかというと、それは必ずしもそうではないと思うのです。

労働者の力を軽く見てはいけない

 たとえば、労働法の歴史を振り返ってみると解雇の問題についても、配転出向の問題についても、残業の問題についても多くの裁判闘争で、労働者のたたかいが続けられてきました。もちろん、不十分な面も多くて、とくに配転などの問題については、裁判で労働者側が勝った例というのはあまりありませんが、それでもいわゆる使用者の権利濫用を規制する裁判例が労働者のたたかいによって積み重ねられてきているわけです。

 労働組合の現場でも、事前協議・同意約款協定をつくる運動、労働協約運動などはまさに労働組合運動のかなめともいえるたたかいです。そういう視点で、職場を見てみると、企業の指揮命令権に対する規制力が強い労働組合というのは、やはり良い労働条件や高い賃金を勝ち取っています。ですから、それは決してバーターではなくて、逆に企業の指揮命令権に対する規制力を強めるということが、賃金や労働条件の向上の力にもなっているわけですね。

 ブラック企業とどうたたかっていくのかを実践的に考える場合に、先ほど今野さんがブラック企業という言葉には非常にポテンシャル(世論を引きつける潜在力)があるというお話しがありましたけれども、私もまさにその通りだと思うのです。同時に、労働者の持っている力というか、やはり労働者のたたかう力を私たちの側が決して軽く見てはいけない、軽視してはいけないと思うのですね。そこにどれだけ依拠して運動をつくっていくのかということが大事だと思うのです。

 なぜ今ブラック企業がこれだけ増えてきたのかという話に戻ると、やはり転機になったのは1995年に日経連が打ち出した「新時代の日本的経営」で、非正規雇用が増大したという問題も非常に大きいですが、私は成果主義賃金と成果主義人事制度が大きな問題だと考えています。

 成果主義人事制度というのは、その本質を一言でいえば、先ほど今野さんが指摘されたように、使用者が一方的に労働者の処遇や働き方を決定できるということだ思うのです。そうなると、労働者の賃金・処遇にとどまらず、働かせ方全般に対し、指揮命令権が無限に強まっています。

 それがどんどんエスカレートしていくと、すべてが労働者の責任に押し付けられるようになっていきますし、そこからいわゆるパワハラやいじめ、あるいは使用者のモラルの崩壊も生まれてきているのではないかと考えています。

 そういう意味では、やはり成果主義とのたたかいというのは、使用者の指揮命令権をどう規制していくかということを考えた場合に、かなり大事な問題ではないかと思います。

強い指揮命令権と終身雇用・年功賃金はバーターではない

 ◆POSSE代表・今野晴貴さん 私自身は、企業の強い指揮命令権と終身雇用・年功賃金がバーターされているとは考えていません。研究者などの一部にそういう言い方で、労使関係における主体的で実践的なものを一切捨象して、固定的な類型化で考えてしまう傾向がありますが、私はそうしたものを念頭に置いているつもりはありません。むしろ日本型雇用を相対化して考えていきたいと思っています。たとえば、実践的に一人の若者がどうやって今の就職難や非正規雇用などが広がっている雇用状況を打開しようかと考えたときに、それは親であっても教師であっても当人であっても政策であっても、すべて正社員化というタームにだけ入ってしまいがちです。つまり、日本型雇用における正社員というのは安定しているということを前提に正社員化だけを求めてしまうことになりがちです。正社員化だけで、みんなが思考を停止してしまうと非常に危険だ思うのです。

 たとえば、就活生はとにかく正社員にならないといけないということになって、さらに競争をあおられて、ますます正社員というものの中身が劣化していくという構図になっています。

 非正規社員の問題に対する政策として、とにかく正社員化をしなさいということになると、労使関係や労働組合の規制力などを無媒介に考えるとすれば、それは競争をあおるだけになってしまいます。

 正規、非正規という違いがあっても、事実上、企業の指揮命令権に制約がないという現状の中では、今つくられている雇用システムに常に批判的な目線を持たないと、正社員化という政策などもこの構図の中にはまりこんでしまいます。ですから、この問題は、労働組合の規制力を考える前の段階として、歴史的な労使関係を経て、今形成されているシステムに対して、日本型雇用の問題点を前提に考えてはいけないと思うのです。

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