記事

非正規労働者も襲うブラック企業-サービス残業・全国配転・パワハラ増-企業の指揮命令権に制約を

1/5

※私が企画した座談会「ブラック企業と『ブラック公務』が日本を食いつぶす」 の中から、ディスカッションの一部を紹介します。このディスカッションは、過去エントリーの「ユニクロ社長がブラック企業のグローバル化宣言-世界同一賃金で年収100万・若者使いつぶし仕方ない」「増殖するブラック企業-ロックアウト解雇、入社後すぐ自宅待機、社長は自家用ヘリ持ち社員ボーナスなし」 に続くものです。(byノックオン。ツイッターアカウントはkokkoippan)

ブラック企業をなくすには

 ◆POSSE代表・今野晴貴さん ブラック企業を政策的にどうやってなくしていくかということですが、私は日本型雇用をどう考えていくのかということに尽きると思っています。

 最高裁判所は判例で、日本型雇用における終身雇用や年功賃金がある一方で、その分、企業に人事権がありますと言っているわけです。このあいまいな企業の人事権というのは具体的には何かということを最高裁は定義していません。何となく企業の命令に労働者が従わなければならないという話で、抽象的な権限になっていて、一体どこまでが許されるのかということもあいまいなのですが、基本的にはかなり強い形で企業の権限が許されてしまっています。

 たとえば、配置転換や残業命令を企業が出した場合に、これを労働者が拒否すると解雇の理由になってしまうというような、恐ろしいぐらいの強い指揮命令権限を企業に与えてしまっています。そのときに、いつも出てくるのが、それは終身雇用だからという話にされてしまっているわけですね。

 解雇をしやすくした方がいいとか、賃金を下げればいいなどという話ではなくて、こうした企業の強い指揮命令権に制約をきちんとかけられる仕組みをどうやったらできるのかという問題を議論していかなければいけないと思います。

 なぜブラック企業の問題を考えているときに、日本型雇用の話になるのかと言いますと、最初にブラック企業の実態をお話ししたように、企業は労働者に対して、いじめのような形のものを仕事上のノルマと言って課してくるわけです。そうやって労働者を追い込んで、うつ病にさせて辞めさせているのです。配置転換で辞めさせる部屋に入れるなど、これは本当に業務命令なのか、それとも嫌がらせなのかというのは、判然としないような形になってしまう。あるいは、辞めさせるためにすさまじい長時間残業やノルマを課すということも、これはどこまでが企業の指揮命令権として正当なものなのかよくわからないというようなことがあります。ようするに、企業の指揮命令権の部分で労働者がほとんど関与できないということが、一つ大きな障害になってしまっていると思うのです。ここの部分にどうやって制約をかけるのかということは、かなり本質的な問題だと考えています。

非正規にもサービス残業・全国配転

 また、企業の指揮命令権の問題は、非正規雇用のこの間の変化の中にも端的に表れています。

 非正規雇用は昔のパートのイメージからいくと労働時間は短く限定されていて残業はあまりないので、その分、終身雇用も年功賃金もないと説明されてきました。企業の指揮命令権に限定があるがゆえに、終身雇用も年功賃金もないと説明されてきたわけです。しかし、私たちに寄せられる今の非正規労働者からの現実の労働相談というのは、パワハラと長時間労働が多くなっているのです。現実はすでに非正規労働者のところでも企業の指揮命令権に限定がかかっていないのです。

 また、正社員になるためのトライアル期間だからと言って、勤務地も労働時間の限定も取っ払ってしまって、それを政府も後押しして、非正規労働者にサービス残業や全国配転を実際に強制しているのです。それでもその非正規社員は正社員になれるかどうかも分からず、1年で辞めさせられるかもしれないというひどい状態に置かれているわけです。

 非正規労働者にも企業の指揮命令権に歯止めがかからないということが、全般化してきてしまっていて、これを止められなくなっています。解雇に対する制約が法律や判例上にあっても、企業の指揮命令権の強さで突破できてしまうし、非正規労働者にはいろいろな限定があるという話だったのが、現実には企業の命令で突破できてしまうという企業の中の治外法権のような状況が広がってしまっています。

 もちろんこれは日本型雇用における法律上の話だけではないのですが、もう少しこの企業の指揮命令権の問題に議論を焦点化していかないと、ブラック企業をなくすことができないと思います。この点は、公務労働も同じ問題だと思います。どこまで何をそれぞれの公務労働者がやっていくのかということに関して、とくに現業ではないところだとあいまいで、使用者側の指揮命令権が強くなると何でも課せられるという中で、公務労働者の過労死や過労自殺が起こっているのではないかと思います。

 ですので、企業の指揮命令権に制約をかけていくということが、ブラック企業をなくしていく基本になってくると思います。

労働時間規制でブラック企業に制約を

 しかし現実の問題として、企業の指揮命令権に限定をかけていくことは非常に難しい話ですので、1つだけの提案に絞ろうと思っているのです。これだったら誰でも納得できるという課題で、それは、労働時間に上限規制をかけようということです。

 企業の指揮命令権が強くて、何でもできてしまうという中でも、とりわけ長時間労働というのは、実際に労働者が過労死や過労自殺で命を失ってしまったり、うつ病になって働けなくなってしまう大きな問題です。ですから、労働時間に上限規制をかけることは労働者の命がかかった問題で誰でも納得できる課題だと思うわけです。たとえば、厚生労働省が示している月80時間の残業を過労死ラインとして、月79時間という上限規制をかけるわけです。実際にどこにラインを引くのかなどは議論が必要ですけれど、とにかく労働時間に上限を設ける必要があると思います。

 この労働時間の上限規制が、実は今の雇用システムを考えるときに、企業の中の治外法権状態を改善していく一番のポイントになると思います。労働時間の上限規制がきちんとできれば、ブラック企業のやっていることをかなり制約できると思うのです。

 その際、36協定の労基法の部分の改正も必要ですが、たとえば残業が月79時間を超えた企業には、何かしらの厳罰を科すなど、長時間労働を規制する実効ある仕組みをつくることがポイントになると思います。

若者が名付け、若者が使わずにいられない「ブラック企業」という言葉

 それでは、ブラック企業にどうやって立ち向かって行くかという問題です。最初のところでもお話ししましたが、ブラック企業という言葉にはポテンシャルがものすごく高いものがあると私は思っているんですね。これまでのフリーターやニートなどの言葉は、研究者や評論家がある種おもしろがって、とりわけ若者を一方的に表象するためにつくった言葉でした。あるいは派遣切りや偽装店長などは、法律タームにもとづいて、労働運動の活動家や法律家が問題提起していった言葉でした。

 ところが、ブラック企業というのは、若者がイヤがって自分から言っている言葉なのです。若者自身が生み出して使っている言葉だというところに、とても高いポテンシャルがあるのではないかと思っているわけです。ただ両義的で、最初にお話ししたように、ネットスラングですので、ただ揶揄するように使われたり、意味があいまいなところや、いろいろ使えてしまえるところがあって、何がブラック企業なのかよくわからないようになってしまう側面もあります。でも、ブラック企業という言葉が若者自身から出てきている背景は、日本型雇用を逸脱して、若者を使いつぶすような企業が出てきていて、これはもう本当にイヤだと若者が言わずにいられないという点がいちばん大きいのです。

 だからこの言葉のこうした背景に迫って、いかに私たちがうまくすくい取って社会問題化していけるのか、解決していけるのか、ということが、今の雇用・労働問題を改善するための風穴を開ける1つの大きなチャンスなのではないかと思っています。

あわせて読みたい

「ブラック企業」の記事一覧へ

トピックス

  1. 一覧を見る

ランキング

  1. 1

    BLOGOSサービス終了のお知らせ

    BLOGOS編集部

    03月31日 16:00

  2. 2

    なぜ日本からは韓国の姿が理解しにくいのか 識者が語る日韓関係の行方

    島村優

    03月31日 15:41

  3. 3

    「いまの正義」だけが語られるネット社会とウェブ言論の未来

    御田寺圭

    03月31日 10:09

  4. 4

    カーオーディオの文化史 〜ドライブミュージックを支えた、技術の結晶たち〜

    速水健朗

    03月30日 16:30

  5. 5

    BLOGOS執筆を通じて垣間見たリーマンショック後10年の企業経営

    大関暁夫

    03月31日 08:27

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。