- 2013年08月12日 09:00
【読書感想】チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド
2/2リスクは承知しながらも、「ウクライナ全体の電力の7%」は、捨てられなかった。
逆にいえば、あの事故から14年間、3号機は大過なく稼働した、とも言えます。
そして、この本を読んでいるかぎりでは、ウクライナの人たちは、あの事故に関して、かなり冷静に成り行きを見守っているような印象を受けました。
いくらなんでも、あんな事故の当事国となり、ロシアから独立したことによって、結果的に事故を起こした原発を引き受けることとなったウクライナは、原発から撤退、あるいはなるべく縮小していっているはず。
……だと、僕は思い込んでいたのです。
ところが、ウクライナのエネルギーは、いまでも原発に多くを依存しているどころか、原発への依存率は上昇しています。
今後も原発を新設していく予定があるのだとか。
なぜ? あんなに酷い目にあったのに……
独立に伴ってロシアとの関係が悪化し、ロシアからの天然ガスなどの輸入が難しくなったウクライナには「原発による電力確保」しか道がなかったのです。
そして、ウクライナは、あの事故の記憶を抱えながらも、「それでも原発を動かして、電力を確保する」という方針を取らざるをえなかった。
日本にはもともと多くの火力発電所があり、石油の輸入を増やして火力発電所の稼働率を上げるという一時的なコスト増にもなんとか耐えられるだけの「国力」がありました。
(それが、日本にとっては、問題を先送りできる要因でもあったのです)
ところが、ウクライナでは「原発を動かし続けるか、停電か」しかなかった。
世界には「原発を選択せざるをえない国」もあるのです。
(もしかしたら、さまざまな利権絡みで原発新設が行われているのかもしれませんが……)
事故の処理活動にも参加した、研究者・作家のセルゲイ・ミールヌイさんは、「原子力発電についての考えを聞かせてください」という問いかけに対して、こう答えています。
個人的な考えですが、原発はそのまま稼働させておくほうが、廃炉にするより安全だと思います。原発が稼働しているかぎりは、毎日人が通い定期的に点検が行われる。彼らは仕事を失うことを望みません。他方で、廃炉についてはまだ十分な経験が蓄積されていない。技術的な問題だけでなく、原発を閉鎖することでもたらされる社会的で経済的な影響についても経験がないのです。したがって、いま原発を大量に閉鎖することは、きわめて危険だと考えています。
たしかに「閉鎖する」といっても、スイッチを切ればただちに安全になるようなものじゃないんですよね、原発って。
そもそも、廃炉のしかたさえも、まだ確立されていない状況です。
それならば、稼働してメンテナンスをしていくほうが、「より安全」なのではないか?
そうすると、なしくずし的に、また大きな事故が起こるまで「原発を止めるタイミング」を失ってしまう可能性も高いのですが。
ちなみに、ミールヌイさんは「原発の新設には反対で、いま稼働している原発については耐用年数まで稼働を続け、段階的に減らしながら自然エネルギーに置き換えていく」と考えておられます。
僕はいわゆる「脱原発派」なのですが、「ただちにすべて廃炉!」というよりも、こちらのほうが現実的なのかもしれないな、とも思いました。
まあ、なんでこんなものを大量につくってしまったんだ……というのは、どうしても考えずにはいられないのですけど……
つくってしまったものは「なかったこと」にはできないわけで。
チェルノブイリ観光でのトイレや食事から、関係者への濃密なインタビューまで。
個人的には、ウクライナには原発反対派はいないのだろうか?いればその人たちの主張も聞いてみたかった、とは思うのですが、背徳的なまでに綺麗な写真も含めて、これまでの「チェルノブイリ像」を大きく変える一冊でした。
さきほどの津田大介さんの文章のなかに、チェルノブイリ博物館についての、こんな話が出てきます。
チェルノブイリ博物館の展示哲学とは何か。それは、展示室の入口に書かれている「悲しみには際限があるが、憂慮には際限がない」というスローガンから読み解くことができる。
「私たちの課題は事故処理員、犠牲者、目撃者ら、何千人もの人々の運命を通して、今日、世界の産業の発展においてもっとも重要なものだとされている原子力エネルギー政策における事故がどういうものなのかを示すことです。『誰がボタンを押したのか』ではなく『なぜ彼はこのボタンを押したのか』――それを社会学者や哲学者の視点から考えましょうと。押したかったからなのか、それとも押すことを強いられたのか、あるいはもっと別の理由があるのか。そうした人間的な側面に焦点を当てた展示を心がけています。
大きな事故や災害のたびに「首相の責任」で済ませてしまうのは簡単だけれど、それは単なる「思考停止」なのかもしれないな、と、この本を読みながら考えずにはいられませんでした。
「なぜ原発が必要だと(不要だと)、あの人たちは考えているのか?」
そこを理解するのではなく、「あいつらは経済のこともわからないバカだ」「人の命を何だと思っているんだ」からスタートしていては、歩み寄ることなんてできないのだよなあ。



