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特集:参院選結果と今後の安倍政権

7月21日の参議院選挙は、だいたい予想通りの結果となりました。これで衆参の「ねじれ」は解消し、「向こう3年間は国政選挙がない」という安定した政治状況が訪れます。もっともこの間に安倍内閣が果たすべき課題としては、①消費税増税、②物価目標2%、③TPP交渉妥結などがあり、さらには④原発問題の処理も視野に入れる必要があるでしょう。「けっして楽な道のりではない」というのが率直な印象です。

さて、安倍政権は今回の選挙結果からどんなメッセージを読み取り、向こう3年間をどのように使うべきなのか。経済政策を中心に考えてみたいと思います。

●2013年参院選での7つの発見

いつものことながら、まずは参院選結果の検証から始めることにしたい。昨年末の衆院選と今回の参院選という2つの選挙結果が、たぶん長期政権となるであろう今後の安倍内閣を支えるデータとなるからだ。

ここは十分に「後講釈」をしておきたいところである。

① 心配されていた投票率は52.61%で、事前の関心が低かった割には底堅い水準であった。ひとつには期日前投票が定着したお蔭だろう。仮に5割を割っているようだと、安倍内閣の正統性に疑義がつくところであった。

② 1人区では、岩手県と沖縄県以外の29選挙区で自民党が勝利した。地方経済にはアベノミクスの恩恵はまだ及んでいないのだが、かえってそのために「これから景気が良くなる」という「期待」を売り込むことができたのだろう。


③ 逆に複数区では番狂わせが尐なくなかった。景気が良くなっている都市部の方が、「景気の次の課題」である消費税や原発問題に焦点が当たった。ただし逆風が吹いたのは与党に対してではなく、民主党に対してだった。従来、「都市部に強い」と言われていた民主党が、東京、大阪、埼玉、宮城、京都、兵庫で議席ゼロに終わっている。

④ 前回の衆院選に比べ、投票総数が約1割減尐する(6018万→5323万)なかで、比例区では自民が1846万票と、昨年衆院選の1662万票から約1割上積みしている。「自民党の比例での得票が3割を超えたのは、2005年の郵政選挙(38%)以来」であることを考えると、”Swing Voters”による「改革への期待」が大きいと見るべきであろう。ただし比例の当選者を見ると、全特(郵政)の候補者が42.9万票で第1位、JA(農政)の候補者が33.8万票で第2位と、利益団体も自民党に回帰していることが窺える1。

⑤ 逆に民主党は負け過ぎて、比例の得票率13.4%は公明党以下となった。4年前の42.4%から見ると3分の1以下である。やはり第三極(維新の11.9%やみんなの8.9%)を取り込まないと、与党には対抗できないのではないか。実際、自民+公明は2600万票だが、民主+みんな+維新+共産+社民+生活+みどり+大地=2650万票となる。野党の分裂が与党の勝利をもたらした、といっても過言ではないだろう。

⑥ 公明党(11.8%→14.2%)、共産党(6.1%→9.7%)と組織政党が票を伸ばしている。今回初めて行われたネット選挙の解禁は、不特定多数の関心を選挙に集めるというよりは、確実な支持者を持つ組織政党を利したようである。また、ネガティブキャンペーンの成功例もあり、導入の狙いとはやや違った効果を発揮したようだ。

⑦ 今回、12もの政党が比例区に候補者を立てたが、議席を得たのは自民18、公明7、民主7、維新6、共産5、みんな4、社民1までであった。やはり「有権者が把握できる政党は、いいところ7つまで」であろう。それ以下の政党は淘汰されてしまった。

写真一覧

1 前号「TPP交渉正式参加直前に思うこと」でも指摘した通り、農業関係の団体はTPP交渉について既に条件闘争を考えているのかもしれない。

●日本版・二大政党制はどこへ行く

今回の参院選全体では、「自民と民主の議席数を足すと90台になる」(議席数121)という従来の法則が崩れかけている。ようやく定着しつつあった「政権交代が可能な二大政党制」がピンチ、と言っていいのではないだろうか。

・2001年参院選:民主26議席+自民64議席=90議席
・2004年参院選:民主50議席+自民49議席=99議席
・2007年参院選:民主60議席+自民37議席=97議席
・2010年参院選:民主44議席+自民51議席=95議席
・2013年参院選:民主17議席+自民64議席=81議席

去年まで与党だった民主党は、今では衆議院で56議席、参議院で59議席という中規模政党になってしまった。「政権交代はもう懲り懲り」という民意なのかもしれないが、旧与党としてはいささか負け過ぎであろう。

本誌が以前にも紹介したとおり、二大政党制の本家本元である英国政治においては、野党すべてが"Opposition"と呼ばれるわけではなく、「議会で2 番目に多く議席を有する政党で、総選挙という競争に敗北した側を”Opposition”と呼ぶ」2。ゆえに今の日本では、民主党だけが貴重な失敗経験を持つ"Opposition"ということになる。

おそらく英国流経験主義の伝統から行くと、「政権を担当したことのない野党は信用したくない」のであろう。確かに与党経験のない野党は、ブルペンでしか投げたことのないピッチャーのようなものである。さらに言えば、監督に交代を告げられた瞬間は、ピッチャー自身にとって最良の学習機会となるはずである。今の民主党は、果たしてこの機会を活かしていると言えるだろうか。

ともあれ、これだけ”Opposition”が小さくなってしまうと、与党に対して「いつでも野党第一党が取って代わる」という緊張感を与えることは難しい。むしろ自民党を挟んで、「野党が右と左からチェックを入れる」という55年体制に近い形となる。

ところで一人区(地方)と複数区(都市部)の違いが、前述の通り「景況感の差」にあるとしたら、今後、景気回復が地方にも浸透するにつれて、全国的に「景気の次の課題」に焦点が当たりやすくなるはずである。そして実際に、消費税増税、成長戦略の加速、TPP交渉、原発再稼働など、政権にとっては困難な課題は尐なくない。安倍内閣の支持率は、今後はじょじょに低下していくことになるだろう。

ここで気をつけなければいけないのは、自民党議員がこの1年で倍増していることである。1年前の自民党は、衆院が120人、参院が87人と合計207人の所帯に過ぎなかった。それが現在は、衆院が294人、参院が113人で合計407人である。今はともかく、いずれは党内のコントロールが難しくなることだろう。二大政党制が遠のけば、自民党の路線対立が深まるのが自然な勢いだと思うのである。

2 本誌2010年6月11日号「日本版・二大政党への道」を参照。

●政府・与党内で早くも路線対立か

選挙後の2週間の動きを振り返ってみると、早速、気になるのは消費税見直しの話が浮上したことである。

この間、景況感はむしろ改善が続いている。内閣府は7月23日の月例経済報告で基調判断を上方修正し、「景気は着実に持ち直しており、自律的回復に向けた動きもみられる」と久々に「回復」の文字を復活させている。さらに8月12日に発表予定の4-6月期GDP速報値は、年率+3~4%の成長が見込まれている。

当初、財務省は8月中に中期財政計画をまとめ、消費税増税の予定を盛り込んだうえで、9月5~6日のG20(サンクトペテルブルク)で対外的に説明する構えであった。これに対して官邸が待ったをかけ、9月9日の4-6月期GDP改定値を見た上で決定するという。さらに内閣参与の浜田宏一氏は、「毎年1%ずつ上げる方がいい」と助言している。

仮にこれが選挙前であれば、一度決まった話を蒸し返すような行為は、確実に選挙結果に悪い影響を与えたはずである。また、住宅産業やインフラ関連など、多くの企業は既に「来年4月3%増税」を前提に動いており、そちらの面の影響も小さくないだろう。

対外的な評判も気になるところである。選挙にも勝って、準備万端という状態で増税を先送りすると、「日本はやっぱり消費税を上げられない」という認識につながってしまう。日本が対GDP比200%もの財政赤字を抱えていても、「あそこは増税の余地があるから」ということで信認が得られてきた。その前提を崩してしまうと、「日本国債を売るタイミングを狙っているヘッジファンドたち」が大喜びすることになりかねない。

さらにここが最大の問題となるのだが、増税のタイミングや税率の刻みを今から本気で変えるとしたら、法改正が必要になる。それを、いつやるつもりなのか。当面、8月は夏休みで9月は外遊、そして10月に臨時国会が召集されて、それ以降に決めるしかないのだが、いかにも遅い。その場合、民主党は反対に回るだろうから、三党合意の枠組みもなくなってしまう。さらに言えば、臨時国会では成長戦略の加速や日本版NSCなどの重要案件が山積みになっている。

どう考えても、本気で増税日程を変えるつもりがあるとは思えない。ところがそういう話が出てくるということは、政府・与党内で何らかの路線対立があるからだろう。それが「リフレ派対その他経済スタッフ」によるものなのか、「官邸対財務省」なのか、はたまた「安倍首相対麻生財務相」なのかは分からない。いずれにせよ、選挙が終わった後の「緩み」が、こんな形で表面化しているのではないか。

おそらくこの秋には、成長戦略として投資減税を進める一方で、財政再建のために消費税増税を行うという政治的に難しい状況が出現する。安倍政権には、「企業に減税して、庶民には増税か」という分かりやすい非難が浴びせられるだろう。それを考えても、現時点で消費税を弄ぶのは非常に危険なのである。

●前途に待ち受ける3つの難題

さて、衆参のねじれ現象が終わり、「これから向こう3年間は国政選挙がない」という恵まれた政治状況が出来あがった。ここで、「安倍首相は、憲法改正に突き進むのではないか」との懸念をよく聞く。

筆者などは、「安倍首相は最低でも向こう2年は経済問題に専念しなければならないし、憲法改正に政治的資源を振り向ける余裕はない」と見ている。これは安倍首相の立場になって、向こう3年間の長期戦略を考えてみれば、自明な結論ではないかと思う。 まず、経済情勢はけっして楽観を許さない。現政権は向こう2年間に、以下の懸案を片付けなければならない。

(1)消費税を2回(3%+2%)上げること。 (2)日銀によるインフレターゲット2%の達成 (3)あと1年程度でTPP交渉が妥結するとして、その国会批准。

足元の景気は確かに順調なのだが、これが来年春にどうなっているかは保証の限りではない。最近の中国経済が不穏である、という話はさておくとして、国内だけを見ても来年春には以下の3つのリスクが生じることになる。

① 消費税の3%増税 (8兆円くらい)
② 2013年度に積み上げた公共投資の減少 (6兆円くらい)
③ 3月末に発生する駆け込み需要とその反動減 (2兆円くらい)

ざっくり15~16兆円程度の国民負担増が生じるはずである。すなわち対GDP比で3%程度の下押し圧力が発生する。これを「日本版・財政の崖」問題と呼んでもいいだろう。これで景気腰折れを招くようだと、賃上げも物価上昇もすべてが「取らぬ狸の皮算用」になってしまう。それくらいなら補正予算でも定額給付金でも、とにかくやれることは何でもやった方が良いとさえ言えよう。

次に、日銀のインフレターゲットも間接的には政府の責任となる。たまたま6月の消費者物価上昇率は+0.4%と久々のプラスになったが、これは主に円安によるエネルギー価格の上昇によるものであった。7月29日に内外情勢調査会で講演した黒田日銀総裁も、「2%の目標は容易ではない」と脱デフレの難しさを語っている。

さらにTPP交渉の問題がある。日本は今月から正式に交渉に参加したばかりだが、おそらく妥結まであと1年程度はかかるだろう3。とすれば、その後はTPP合意内容の国会での批准という作業が待っている。今は交渉内容に守秘義務が課せられているが、実際に法案という形で姿を表したときは、どんな騒ぎになるか分からない。

3 「締め切りは年末ではなく、来年の米国中間選挙」というのが、ぶっちゃけベースの読み筋である。

(加えてもうひとつ、安倍内閣は原発の問題にも直面しなければならない。すなわち、再稼働を進める一方で、次には東京電力の経営をどうするかという問題が浮上するだろう。「うまく行ったところで、誰も褒めてくれない」仕事であるが、かといってエネルギーの安定は政府の責任である。これこそ、選挙のない期間にやらなければならない仕事ではないだろうか…)

●勝負所は「2015年の夏」まで

こうしてみると、前途遼遠という印象になるが、それだけにやりがいもある。仮に2015年の夏になって、上記3条件にめどがついていた場合、安倍首相は国内的に非常に強い立場になっているだろう。何しろデフレから脱却できて、財政再建に向けても一歩前進して、TPPという大きな宿題も果たしているのである。これだけで十分、歴史に残る評価を受けているはずである。

久々の名宰相となっている安倍首相が、「来年の選挙では憲法改正に向けて民意を問いたい」と言い出したら、反対する人はあまり出てこないのではないか。また、2015年夏の「戦後70年」には、村山談話を上書きする新しい首相談話を出すという話もある。これらの宿願を果たすためにも、安倍首相は経済再生という形で政治的資産を積み上げておく必要があるだろう。

逆に上記3条件が果たされていなかったら、自民党内は「安倍政権もいよいよ来年までか」ということになり、2015年9月に予定されている自民党総裁選では、有力対抗馬がどんどん名乗りをあげることになるだろう。衆参で400人に膨れ上がった自民党議員たちが、「来年はダブル選挙が必至で、内閣支持率が低下している」事態に直面すれば、おそらく挑戦者続出となるはずである。安倍政権をつぶすには、何も「強い野党」の誕生を待つ必要はないのである。

結論として、憲法改正や歴史認識といった保守層のアジェンダは、向こう2年間の経済政策の出来次第に懸っていると言える。急がば回れで、安倍首相は経済問題に全力投球しなければならない立場なのである。

ついでに付言しておくと、この秋の臨時国会では「日本版NSC法案」が上程される。今のところ、野党もあんまり反対しそうにはない。さらに新しい防衛大綱が作られ、集団的自衛権の解釈変更作業も着手されるだろう。これらの努力が実を結べば、わが国の安全保障環境はかなり「まとも」になる。それこそ、憲法改正の政治的優先順位は確実に低下しているはずである。

憲法に関する議論はついつい極端な方向に流れがちである。「安倍さんはきっと憲法改正をやってくれる」と期待する保守派も、「安倍さんは憲法改正をやりそうで怖い」と考えるリベラル派も、尐々リアリズムが欠けているのではないかと感じるところである。

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