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激動の時代に一切の葛藤を描かない。映画レビュー「風立ちぬ」

宮崎駿はアニメーションの天才であることは紛れもない事実で、アニメーションならではの豊かな情感の表現について彼ほど自覚的で、それを巧みに作り出せる人は他にいないだろうと思う。
相変わらず飛行シーンを描かせたら世界屈指と言わざるを得ないほど美しい。その美しさだけで落涙する。

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映画の公開直前にジブリの発行する冊子「熱風」誌上で憲法改正についての絶対反対というコメントを出していて、この映画も零戦の設計者という題材ゆえに、この映画も政治的な論争に巻き込まれてもいるのですが、この映画に関してほとんど宮崎監督は政治的メッセージを発していません。むしろこのタイミングでこの題材で、これだけ政治的視点を排除して作品を作れてしまうものなのか、という変な関心をしてしまう。(その政治的視点の欠落に政治的態度を見て取ることも可能かもしれないが、そういう深追いは止めておいて、作品評に徹しようと思います)


激動の時代に困難な仕事に就いていた男の葛藤のなさ

零戦の設計者、堀越ニ郎を描いたこの作品。時代はもちろん現代日本が最も大きく揺れ動いていた昭和初期の戦争の時代です。関東大震災、恐慌、そして戦争と困難な時代に、しかも稀代の戦闘機であった零戦の設計者であった人物を題材にしている物語なのだから、さぞ艱難辛苦やビリビリに引き裂かれるような心の葛藤などを描かれているのかと思うと、この映画は肩すかしをくらう。

主人公、堀越二郎はほとんど葛藤しない。大震災に見回れようと超然と冷静だし、戦争で世間が騒がしくとも、サバの骨の美しいカーブのが大事だし、奥さんが重病で余命わずかでも帰宅は、すごく遅くて飛行機作り(戦闘機作り)に没頭している。彼にはほとんど迷いがない。堀越さんご本人はどうかわからないが、この映画はそうした葛藤は一切描いていない。
政治的視点を同じくらい、葛藤を排除されてしまっている。今回の主人公は特殊な能力を持ったスーパーマンでもなく、地に足のついた等身大の人間のはずなのに。

これはドラマツルギー的には批判されるべきポイントだろうが、宮崎作品が特殊なのは、あの情感豊かなアニメーションの効果もあって、夢心地の世界を描くところにある。実在の人物をモデルに、戦争の時代を描いてもそうなってしまうというところに宮崎駿監督の揺るぎない作家性があるとも言える。

そうした葛藤しない主人公の声を演じるのが庵野秀明なのだが、ほとんど芝居らしい芝居はできていない。が、その抑揚のない台詞のしゃべり方が劇的な良い効果をあげているシーンがいくつかある。この主人公の葛藤のなさ加減が増幅されている。普通に上手い声優ならもっと心を込めてしまうだろうな、というところにすごくあっさりとしたしゃべりをしている。
わざわざこの人をキャストしたのは弟子だから、声が合うから以外にもこの抑揚のなさ加減にもあるような気がしたた。

物語は戦争賛美も批判もなく、ただ飛行機作りへの情熱を傾けた男の話だが、そこに恋愛も絡んでくる。大震災の時に偶然出会った菜穂子と軽井沢で再開し、恋に落ち結婚する。菜穂子は結核を煩っており、病院から抜け出し、余命わずかな命を二郎とともに過ごすことを決意し、二郎も(やはりすんなりと)受け入れる。

再開してから結婚、そして別れまでが割と後半部分にまとめて駆け足で描いている。嫁入りの菜穂子の美しさは感動的で、飛行シーンとならんで作中随一。「動く絵」それ自体が持つパワーが本当にすごい。

「僕たちはわずかしかない時間を大切にしたい」と言う二郎は、ほとんど家におらず相変わらず仕事に没頭している。それに対して菜穂子は一つの文句も言わない。宮崎作品の女性の描かれ方はいつもある理想を描いているので、ここでも仕事に打ち込む男にとっての理想的な女性像が見え隠れしている。それもファンタジーな作品なのだろうけども。
しかも死に行く醜い部分は見せまいと病院に戻っていく。悲劇の過程を見なくてはいいわけだ。徹底している。



思えば宮崎作品はいつも真っすぐな人間を描いている。なので宮崎作品としては葛藤しない主人公は珍しくないかもしれない。しかし今回は時代設定と人物設定に、その独特の葛藤のなさが違和感として残る。

それでもなお、宮崎駿のアニメーションは美しすぎる。やはり宮崎駿は不世出のアニメの天才なのだろうな。

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