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【佐藤優の眼光紙背】スノーデン氏のロシア亡命

佐藤優の眼光紙背:第150回

1日、AP/アフロ
 8月1日、モスクワ・シェレメーチェボ空港の国際線乗り継ぎ(トランジット)エリアに6月23日から滞在していた元CIA(米中央情報局)職員のエドワード・スノーデン氏がロシアに入国した。

 8月1日、露国営ラジオ「ロシアの声」はこう伝えた。

スノーデン、ロシア連邦に入る

元CIA職員スノーデン氏がロシア国境をまたいだ。インターファクス通信が消息筋の情報として1日、伝えた。スノーデン氏はロシア連邦国内に入った。

またテレビ放送「ロシア24」は、スノーデン氏はロシアへの一時亡命認定を受けた、と報じている。担当弁護士のアナトーリイ・クチェレナ氏も、スノーデン氏が1年間の期限でロシア連邦に一時亡命したことを認めている。

これに先立ち、クチェレナ弁護士は、インターファクス通信に対し、スノーデン氏が連邦移民局から「シェレメチエヴォ」国際空港のトランジットゾーンを出ることを可能にする書類を手渡された、と語っていた。

スノーデン氏は5月、米国特務機関によるインターネットでの諜報行為に関する情報を暴露して、逃亡した。NSA元職員でもあるスノーデン氏は、6月23日から今日まで、「シェレメチエヴォ」空港のトランジットゾーンに滞在していた。氏はモスクワを通過して第三国に渡ろうとしたが、米国政府が旅券を無効化したため、モスクワの空港を出ることが出来なかった。米国政府は機密情報リークの罪で氏を裁くべく、身元を確保しようとしている。(http://japanese.ruvr.ru/2013_08_01/118951848/

 本件に関しては、産経新聞の以下の評価が妥当と思う。

(スノーデン)容疑者の入国について、ロシアのウシャコフ大統領補佐官(外交担当)は1日、「米政権からはいかなるシグナルも受け取っていない。大統領はこの問題が米露関係に影響しないようにとの期待を示してきた」と発言。9月にはモスクワで米露首脳会談が予定されており、問題の“火消し”に努める構えを見せた。
 プーチン大統領もこれまで、米国による身柄引き渡し要請には応じられないとする一方、容疑者は亡命を希望していた中南米諸国など「どこにでも飛び立つ権利がある」と主張。ロシア滞在を認める条件として「米国に損害を与える行為をやめること」を挙げ、対米関係に配慮を見せる発言をしていた。
 プーチン政権としては、米国への“弱腰”は国内的にも対外的にも見せられないものの、この問題が米国との関係を決定的に悪化させる事態は避けたいのが本音だ。スノーデン容疑者は米国による旅券の失効措置によって身動きのとれない状況に置かれていたため、ロシアは今回の亡命許可を「人道上の決定」などと説明し、冷却期間を置きたいものとみられる。(8月2日、MSN産経ニュース)


 スノーデン氏に関しては、FSB(露連邦保安庁)や保守系の議員、さらに世論が、米国政府に叛旗をひるがえしたスノーデン氏に同情的で、庇護を与えるべきと主張していた。

イリヤ・コストゥノフ国家院議員は、ロシアの特務機関がCIAの職員だった逃亡者エドワード・スノーデンと話し合うべきだと確信している。

「スノーデンは、ロシア連邦の安全保障を著しく強化する情報もしくは資料を持っている可能性がある。それだから、スノーデンとの協議の結果はマスメディアに出してはならない。米国が外国人を追跡調査しているとスノーデンが認めたことで、私にとってもっとも重要なのは、米国人がまずロシアに対してスパイ活動を行っているということで、これは100パーセント確実だ。特別の声明はここで必要とされない。とりわけ安全保障の問題において、不愉快な想定外の出来事に遭遇しないように保険をかけておかなくてはならない」とコストゥノフは指摘した。

 コストゥノフの見解では、ロシアのインテリジェンス機関の代表者は、もしスノーデンが文書や機材を持っているならば、サイバースパイとサイバー兵器に関する米国の詳細な情報と実用可能性について知ることができる。(6月23日「イズベスチヤ」電子版)

 しかし、「元インテリジェンス・オフィサー(諜報機関員)という言葉は存在しない」(インテリジェンス機関で勤務した者はその職を離れても、一生、国家のために尽くすという掟に縛られるという意味)としばしば口にする元KGB(ソ連国家保安委員会)将校のプーチン大統領がスノーデンに対する忌避反応を示していたために、入国が遅れていた。

 6月28日付「トルード(労働)」電子版に掲載された記事が、プーチンの心象風景を見事に表現している。

米国指導部は、うろたえ、興奮して、中国人がいうところでのメンツを失ってしまっている。大洋越しに、何か呂律の回らない調子で、また脅迫調を押し隠す余裕もなく、エクアドルや中国やロシア対し、もぐもぐ言っている。どうやら頭のいい米国人たちは、なにやら予測し始めているようだ。

「米当局がスノーデンの確保にまごつき、能力不足を露呈していることによって、繊細な外交関係が綻びかけており、世界におけるアメリカのイメージが損なわれている」とNBCテレビの解説員は指摘する。このチャンネルでコロンビア大学の国際政治学者であるロバート・ジェービス教授は、スノーデンが暴露したスパイ・プログラム(諜報機関による民間人の通信の傍受)自体が、世界の多くの人々に、米国政府は偽善的だと考える根拠を与えており、そこで手配犯の捜索といって、地球全体を音立てて探し回っても、状況は悪化するばかりである、と指摘している「このことは、合衆国の強大さの衰退についての印象を決定的に強めることになる」と専門家は結論づける。

 ウラジミール・プーチンの反応が、米国人の自尊心をとりわけ傷つけた。プーチンはすでにスノーデンとアサンジは「人権活動家だ」と明言した。スノーデンたちと戦っている連中は「全員、子豚の体毛を刈っているようなものだ。ブヒブヒたくさん鳴くが、刈り取られる毛は少ない」と述べた。こういう表現で、プーチンは人権侵害(こういうことに米国人は50年も懸念を表明している)や人権活動家に対する圧迫という口実でロシアを締め付けてきた米国に対して意趣返しをしているのだ。「アメリカ小屋から外にゴミがでてきたら、家主がすぐに常軌を逸してしまった…」


 プーチンは、スノーデンを「子豚」とか「ゴミ」と呼んでいる。CIAのスノーデン拘束作戦が、子豚の体毛刈りであると揶揄し、インテリジェンス機関からスノーデンのようなゴミが出てきただけで、何でそんなにうろたえるんだと旧KGB将校の視座に立ってプーチンはこの問題を見ている。

 プーチンは、スノーデン氏がロシアに入国せずに、中南米のいずれかの国に亡命することで軟着陸を図っていたと筆者は見ている。

 しかし、米国がエクアドル、ベネズエラなどスノーデン氏の亡命を受け入れる可能性がある諸国に強い圧力をかけている状況で、このシナリオが近未来に実現する見通しがなくなった。

 また、米国がロシアに対してスノーデン氏の引き渡しを強く要請している状況で、これ以上、長期にわたって国際線の乗り継ぎエリアに同氏を留め置いていると、ロシアと外国の人権団体からプーチン政権の対応が非人道的であるとの非難が高まる可能性がでてきた。スノーデン事件をきっかけにロシアの人権団体と西欧のスノーデン氏を支援するアナーキスト系グループが連携してプーチン政権に対する異議申し立て行動を行う可能性もある。そうなるとスノーデン氏に対する処遇をめぐる異議申し立てが、プーチン政権による人権弾圧に抗議する運動と結びつき、国内治安上の問題になる危険性もある。

 これらのことを総合的に判断して、プーチン大統領もスノーデン氏の入国にしぶしぶ同意したのだと筆者は見ている。(2013年8月2日脱稿)

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プロフィール

佐藤優(さとう まさる)
1960年生まれ。作家。1985年に外務省に入省後、在ロシア日本大使館勤務などを経て、1998年、国際情報局分析第一課主任分析官に就任。 2002年、鈴木宗男衆議院議員を巡る事件に絡む背任容疑で逮捕・起訴。捜査の過程や拘留中の模様を記録した著書「国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて」(新潮社、第59回毎日出版文化賞特別賞受賞)、「獄中記」(岩波書店)が話題を呼んだ。
2009年、懲役2年6ヶ月・執行猶予4年の有罪判決が確定し外務省を失職。現在は作家として、日本の政治・外交問題について講演・著作活動を通じ、幅広く提言を行っている。近著に、「国境のインテリジェンス」、「帝国の崩壊(仮)」がある。

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