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非常勤講師の三重苦=奨学金ローン地獄・高学歴ワーキングプア・人間破壊と生命の危機‐松村比奈子氏

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 非常勤講師自身が労使関係を確立する必要がある

 ――私は早稲田大学出身で、文学部だったので非常勤講師の先生がたくさんいました。ある先生に年収を聞いたら100万円という答えが返ってきて、とても衝撃を受けました。今でも大学院に残って非常勤講師をしている友達や先輩もいます。この問題を解決していくためには当事者が連帯して労働組合を強くして、きちんとした労使関係を確立していく必要がありますね。

 それがいちばん大事なことですね。もともとこの問題が起きる前から首都圏大学非常勤講師組合に早稲田の非常勤講師の仲間もいたのですが、この問題が起きてから随分組合員が増えていますので、きちんとした労使関係をつくれるところまで頑張りたいと思っています。

 ただ、非常勤講師の方に依存という問題もあるんです。現代社会の教育は、基本的に自立した人間が連帯するということを前提に考えられています。だから労働組合もそういう方向性で、その権利は憲法28条で保障されています。ですが、非常勤講師という仕事を長年やっている方は、自分で考えるという訓練が十分にされていないことが多いのですね。

 というのは、最初は自分でいろいろ考えていたとしても、ある日突然「来なくていいよ」と雇用を切られてしまうので、それまで考えていたこと自体もある日突然、無駄なものにされてしまうのです。そうすると、今自分がどういう状況に置かれているのか、何をすればいいのかということを自分で考える気持ちがなくなってしまうんです。そうして依存に慣れてしまっている状態だと、自分から労働組合に入って何とか変えて行こうという気持ちになりづらい。あるいは、自分は何もしなくても労働組合がやってくれるならそれに乗っかろうという、いわゆるフリーライダー、ただ乗り的な気持ちになってしまう。そこが非常勤講師の組合を拡大する時の大きな障壁です。

 これを何とか乗り越えて欲しいと思うのですが、非常勤講師職が長ければ長いほど、やはり自分で考えて自分で行動した結果が跳ね返るという経験をしていない方がほとんどなので、労働組合に入ることに二の足を踏む人は多いと思います。でもね、活動すれば必ず成果はあるんです。これは労働組合の中に入るとよく分かるんですが、逆に中に入らなければ分かりにくいかもしれません。

 でも、極端にいえば、このまま何もせずに餓死するだけなら、何かアクションを起こす方がより豊かな人生になると思うし、仲間も増えるし、いいと思います。それに大学当局は結局、これだけ踏みつけにしても非常勤講師は文句言わないだろうとはなから馬鹿にしているわけです。それを見返す必要がある。私たちは犬や猫ではなく、尊厳をもった人間なんだということを大学にはっきり理解させるには、私たちとしても人間らしい反応をすべきです。殴られれば痛いということを相手に言うべきじゃないかと思いますね。

6コマ持っている専任教員は年収1,500万円で10コマ持っている非常勤講師は年収300万円

 ――非常勤講師は明らかに給料が安過ぎると思いますし、早稲田大学では非常勤講師が教員全体の約6割を占めて、専任教員の2倍の人数がいます。そのマジョリティ側が不安定で、労働組合として団結さえできていないというのは、外から見ると非常に不思議な状況ではないでしょうか。逆に、これから分会が立ち上がって対等に交渉できるようになれば、かなりいろいろなことが変わる可能性があるのではないかと思います。

 非常勤講師はもともと、非正規のパートやアルバイトと違って、ほとんど公募されないという前提があります。なぜ非常勤講師になっているかというと、専任の先生とのコネクションでなっているケースが大変多い。そうすると、その上下関係があるためにこうした問題に対して文句が言いづらいのです。それが非常勤講師の特徴です。

また低賃金そのものに対して不満があるというよりは、格差に不満があるんです。実は早稲田大学の1回目の団交で、専任教員の平均年収はいくらか聞いたところ、理事は「だいたい1,500万円くらいだ」と答えました。専任の先生でも6コマくらい持っているだろうと思うのですが、6コマ持っている専任教員は年収1,500万円で、10コマ持っている非常勤講師は年収300万円というのは、どう考えても合理的な説明のつかない格差です。そこに不満がある。先生全員がどこに行っても賃金が安いというならまだしも、この格差に説明がつかないというところに大きな問題があると思いますし、不満があります。

 非正規という差別が人間から能力と意欲を奪う

 ――不透明な形で異動が決まるというのも聞いたことがあります。

 私も個人的なことでとばっちりを受けたことがあります。たとえばある大学で、いきなり「辞めてくれ」と言われて辞めさせられたのですが、その理由は「君は○○大学出身ではないからだ」。それは出身大学別の派閥のトラブルのとばっちりが私に来たのですね。専任教員の内輪もめで非常勤講師がとばっちりを食うということは結構あるんです。ですので、その不透明な採用条件が透明でない限り、やはりモノを言えない。

これは日本全体の問題でしょうね。能力主義といってますが、大学は採用条件を明らかにしていませんからね。公募にしても大学は一体どういう教員を欲しがっているのかは明らかにしないので、自分はそれに合うのか合わないのかさえ、さっぱり分からないんです。そしてやみくもに応募し続けて何度も落ちると、人間はロボットではないのでだんだん自信を無くしていきます。そうすると公募に応募もしなくなる。ある程度の年齢より上の人が応募しなくなってしまうのは、それなんです。あまりに自分を否定され続けると、意欲が沸かなくなる。

これはアマルティア・センというノーベル賞を受賞した経済学者が、『不平等の再検討』という著作の中で、なぜ不平等がいけないかという問いに対して、人の潜在能力が疎外される、つまりやる気そのものを奪ってしまうからだと言っています。だから不平等はいけないのです。能力のある人は誰でも活用できるような社会構造にしなければ、多くの人の能力もやる気も失われていく。それは非常勤講師として働いていると強く感じます。

スタートラインで専任教員と非常勤講師がまったく同じ能力を持っていても、専任教員になると安定して研究条件も確保されている。同じような論文を出しても、大学の先生だったらテレビやいろいろなところに取り上げられますが、非常勤講師が学識経験者として出演することはありません。たとえば行政の委員会に呼ばれる時も、私が経験した時は非常勤講師でしたが、大学教員が学識経験者として来れば、その先生は会議出席料が1万円、私たちは同じ会議に出ても1,000円とかね。同じような知識を持っていたとしても、肩書きだけで大きな格差がつく。

そのように日常的に差別されていると、自分の知識に対する自信も信頼もなくなっていってしまう。そうなると、目の前にあることも「どうせダメなんだ」という方向に流れていって、どんどん実績の差が開いていってしまうんですね。ですので、こうした不合理な差別はやめるべきだと思います。

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