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「人文学の危機」などありえない

今日の横浜北部は曇っておりますが、それでも暑さは変わりません。

さて、またしても文化面で興味深い記事がありましたのでその要約を。人文学に関するものです。

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人文学の危機?ほとんどの大学ではそうでもな
by スコット・サウル

●最近の二つの調査報告によれば、アメリカの大学での人文学(humanities)の減少は危機的なレベルまで達しているという。

●たしかに1960年代後半を基準にして考えると、その減少してきた流れには驚かされるものがある。英語や哲学を専攻にしてきた学生の数は1970年から現在までに半分になっているという。

●とくに四年制の学生(学士)たちはあまりにも混乱しており、ガジェット関連の毎月の支払いにおびえているために文学のようなものには興味を持たないというのだ。

●人文学系の教師たちも最新の学問を追いかけるために学問分野の減少に一役買うような役割を果たしているとされており、このまま深刻な方向修正がなければ人文学は誰にも振り向かれないような学問になってしまうと言われている。

●ところがこの調査報告が間違っているとすればどうだろうか?真実と「半分の真実」を分類することは重要であり、実際にわれわれが目にしているのは人文学の「半分の危機」で、まだ楽観的になれる余地は残されているのだ。

●最も広まっている「半分の真実」は「アメリカ全土の学生たちは人文学を大量に放棄している」というものだ。

●これは完全なフィクションというよりは「半分の真実」なのだが、その理由はアメリカの最高レベルの私立大学のトレンドの流れを説明しているからだ。このような大学では過去にはたしかに英語と歴史はトップ5の専攻学科だったが、現在は自然科学や工学系に押されている。

●コーネル大学では2006から2011年の間に歴史専攻の学生の数が49%も下落し、英語専攻は37%だった。イエール大学では1991年から2012年までの間に英語専攻が60%も暴落している。ただしこの大学の場合は歴史的に人文学は人気があり、大学は理系のコースに力を入れ始めたためにこのよう結果になったと言えよう。

●スタンフォードではシリコンバレーに近いこともあって学生の四分の一が工学系に入っており、人文系のコースで聴講生が20人以下の場合は「レクチャー」という名前になってしまうのだ。こうなると実際に何人がクラスを受けているのかわからなくなる。

●人文学の教授たちは自分たちのクラスに空席が目立つことを自覚して、同じようなことが全米でも起こっているのだろうと勘違いしてしまっているのだ。

●ところがこのようなエリート校の外では人文学はまだ強い。全米でこのような最もソフトな人文学(英語、外国語や文学、そしてアート)を専攻している生徒の数はここ二十年間でも驚くほど一定しており、学士を修了した人々のうちで9.8%から10.6%がこの分野なのだ。今年度のカリフォルニア大学バークレー校では全卒業生のうちの5%(375人)が英語の専攻であった。

●つまり「英語専攻の終わり」を宣言するのはまだ早い。なぜならイエールのような例は特殊なのであり、実際にはそのようなことは起こっていないからだ。

●過去二十年間の実態はこういうことだ。人文学を専攻する学生は8人に一人であり、ビジネスは4人に一人、工学は13人に一人だ。

●そこで質問しなければならないのはこういうことだ。バークレー校のような四分の一の学生が家族の中で初めて大学を卒業するようなところで、なぜ同じような傾向が続いているのだろうか?


●その答えは人文学の弾力性である。学生たちは相変わらず人文学のクラスで出される疑問――スタイルとキャラクター、政治と感覚、愛と倫理――について考えさせられているのであり、これらのトピックを小説のページの中、絵画の中、もしくは哲学の文献の中に見つようとしたりするのだ。

●人文系の教授たちの姿として広まっている誤解をここで正しておかなければならない。それはわれわれがカリキュラムを過激にねじ曲げているというようなイメージだ。その証拠に、1980年代の文化闘争から30年たっても、相変わらず同じようなカリキュラムが続いているのだ。

●たとえば知性面で「保守的」とはいえないバークレーの英語学科の場合を見てみよう。英語専攻の生徒たちがとらなければならない必須科目は、「ベオウルフからミルトン」「ピューリタンからビクトリア朝」「近代から現代」という三つの時代の文学の分析だ。

●われわれの最も人気のある選択科目は「文学としての聖書」「現代文学」そして「アメリカの小説」である。「ミルトン」はまだ生徒たちを呼んでいるのだ。

●生徒たちが英語を専攻するのは、偉大な詩や劇、そして小説などに触れたいからであり、それに近づくことによって彼らの血肉とすることができるし(先学期の私の生徒などは「白鯨」の最初の言葉を完璧に覚えてしまったほどだ)、それらを批判的に議論することもできるようになるからだ。

●われわれの専攻学生たちは感動的なほど理想主義的だ。彼らは自分たちが興味を持っている世界のあらゆる面を理解しようとしており、その中の天使を使って儲けようというわけではないのだ。

●もちろんこれはバークレーの英語学科がアカデミック中のアカデミックであるというわけではない。われわれの生徒の多くは正確に考えて書くことに苦心しており、われわれ教師側もよい書き方というものをいかに教えればいいのか苦労している。

●ところがわれわれのクラスは年を経てもまだ満員状態であり、しかも学生たちの親は看護婦や店主であったり、図書館員だったりセールスマンだったり、学校の先生だったり、そしてほんとうにたまに弁護士や医者であったりするのだ。

●彼らはバークレーのたった5%というあえてマイナーが学科のである英語の専攻だが、それでもあいかわらず読み書きに集中しているのだ。


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私も90年代後半に当時カナダの大学で大流行になっていたビジネス系のコースをとらずに、まさにこのような人文学の典型である哲学系のコースをとりまくっていたのですが、とくにプラトンのコースは先生が非常によかったせいか、とてもよい印象が残っております。

たしか「パルメニデス」を読んできてクラスで議論をした時だったと思うのですが、「ああこれが本当のアカデミックなことなんだなぁ」と妙に感動した思い出がありますね。

東洋系が多いバンクーバーの大学でもさすがに哲学のクラスには日本人は私たった一人だったので、非常に心細かったわけですが、そこでなんとか生き残ったことは自分の中でもとてもよい経験になっております。

それに少し知性のある人間たちにこの辺の知識を少し披露すると、妙に相手の尊敬を得られるという副次的な効果があるということもわかりましたので(笑)、個人的にも人文系の学問というのは「絶対に無駄」というわけではないことを確信しております。

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