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書評『思想地図β チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド』

東浩紀氏の株式会社ゲンロンが発行した「チェルノブイリダークツーリズムガイド」を読みました。
大判の書籍で、厚みがあまりなく今までの思想地図βとはあきらかに目指す方向性の違う本だというのが、装丁からしてもよくわかります。
本書は思想地図のシリーズから発売されていますが、思想書としては作られておらず、タイトル通りガイドブックとしての体裁を取っています。
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現地をダークツーリズムで訪れる際のポイントなども記載されていますし、各ポイントの線量なども明記してあり、実際にチェルノブイリに行く時に役立つ情報が多く載っています。
その他、世界のダークツーリズムの紹介、現地の人々のインタビュー、取材陣が今回のツアーでの発見をもとに書かれたコラムなど。どれも非常に読み応えがありますし、挿入される写真もとてもキレイ。

チェルノブイリは人類史上で最も危険な原発事故の跡地がある場所であり、チェルノブイリに関する情報は一面的な切り取り方をされることが多かったように思いますが、こうしたリアルな肌触りの情報はなかなか新鮮であり、同時に僕は何も知らなかったのだな、と思い知らされます。

それを通じて、表現すること、何かを伝えることの困難さもまた見えてきます。チェルノブイリに関わる人々がその困難さに対してどのようなアプローチを取っているかが本書を読むとよくわかります。


作られたイメージは是か非か

映像や写真などたくさんの表現の手段が現代にはありますが、事実を伝えるというのは大変困難なことです。この本を読むとそのことに思いを巡らせます。

たとえば、コパチという原発事故によって廃墟となった村の建物の中には、「小さな椅子や朽ちた人形が転がり、撮影対象に事欠かないが、実はその多くは観光客が記念写真のために作りあげた人口の光景」という描写がでてきます。

しかし、そうして撮られた写真は、チェルノブイリで捨てられた村の真実として出回ることになります。現場に出向いてもそうした作られたイメージに出くわしてしまう。当然それは自然の状態の情報ではないことになりますが、こうした「操作されたイメージ」は一概に悪く言えるかどうかは、本書全体を貫くテーマになっています。

もっと言うと、チェルノブイリのツアーや現在ゲンロンで計画されている福島第一原発の観光地化計画にも同じ問題意識があるはず。

しかし、ただ自然のままの情報を提供しさえすれば人の記憶にチェルノブイリや福島の事故を留めさしておくことが可能かというとそうではないかもしれません。アテンションを維持し続けることは大変難しいことなのです。

そういう実際にあった悲劇を語り継ぐために「作られた」イメージを是とするかどうか。この問題意識はキエフにあるチェルノブイリの博物館も同様のテーマを持っています。
日本の博物館というと、淡々とデータや事実を並べ立てた退屈なものというイメージもありますが、キエフのチェルノブイリ博物館はそうした客観的なアーカイブよりも感情に訴える展示を重視しています。デザイナーのアナトーリ・ハイダマカ氏曰く「詩を書くように展示する」。
エモーショナルな感覚に訴えるのは単なる事実の列挙では難しく、ある程度の「イメージの操作・演出」が必要になりますが、チェルノブイリの悲劇を語り継ぐことを目的として博物館でもそうしたイメージの喚起を重視しています。


開沼氏は、日本では何マイクロシーベルトだとか何リットルの汚染水だとか、数字の話ばかりになってしまうけれど、それじゃ足りない。数字だけではなく意味と物語が必要」と鼎談の中で仰っています。
2011年の311からまだ2年しか経過していませんが、日本の中においても福島と原発に対するアテンションは、すでに下がってきています。これを向こう何十年もどのようにこの事故の教訓と悲劇を伝えていくのか、については相当な演出上の戦略と物語の構築が必要なのでしょう。
データという事実だけでは人を引きつけるには十分ではなく、人を引きつける魅力ある何かを提示しないとこの事故を後世まで語り継ぐことは難しいのです。


チェルノブイリを案内する元祖ストーカーであるセルゲイ・ミールヌイ氏はインタビューで、チェルノブイリを舞台にしたゲーム「ストーカー」によって世界中の若い人がチェルノブイリに感心を向けてくれたことを歓迎しています。ゲームはチェルノブイリについての正確な描写をしているとは必ずしも言えず、ある種の神話に基づいているとミールヌイ氏は言いますが、それでもチェルノブイリに興味を持つ者が増えることで実際にその地を訪れ、一人でも多くの人が「情報汚染」から脱することは意味のあることだと述べます。情報汚染とは、過剰な放射能恐怖やそこからくる謝った思い込みのことを指した言葉としてミールヌイ氏が使っている単語ですが、そうして間違ったイメージや情報を打ち消すきっかけを与えるのもゲーム「ストーカー」のような作られたイメージだったりするのですね。
伝える、ということの複雑さを実感するエピソードです。



忘れてなならない、という言葉そのものにはあまり力はありません。それを言うだけでは人は忘れます。忘れさせないための工夫の1つが物語化(本書内では歴史化と呼んでます)であり、その物語を追体験し、「触れる」ことができる仕組みとして観光が存在する。
その意義は十分に感じ取れる良書だと思います。


東 浩紀 津田 大介 開沼 博 速水 健朗 井出 明 新津保 建秀
ゲンロン
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