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政治とスクールカースト的なもの

 スクールカーストという言葉がありまして、この辺は今さら説明するまでもないかも知れませんが、要するにカースト制度のごとき上下の関係が、学校内に存在もしくは自然発生しているわけです。京都大学の総長が下駄を履かせたがっているような上位カーストもいれば、勉強ができても評価されない下位カーストもいたり、まぁ異性との交友関係が盛んであったり運動が得意であったりオサレに熱心であったり、概ねそういう基準で自然と上下関係ができる、上位カーストが何となく学校(クラス)の雰囲気を支配するみたいなところがあると言ったところでしょうか。

 ……で、先日は『教室内カースト(光文社新書、著:鈴木翔)』という本を読みました。私がスクールカースト概念についてグダグダ説明しても二番煎じ以下ですので、興味があれば上記をお読みいただければと思います。それはさておき、私自身もスクールカーストの存在は何となく感じていたもので、『教室内カースト』はこの「何となく」の印象に裏付けを与えてくれるものでしたが、残念ながら教員サイドから見たスクールカースト概念に関しては数字的な裏付けに乏しく、書かれていることは「確かにそうだよね」と頷けるものの、第三者への説得力としてはどうなんだろうと思いました。しかるに、後書きによると学校の先生は「あまり多くを語ろうとしない」「インタビューを途中で断られたりすることも」「(掲載の)許可がおりませんでした」とのこと。なるほど、いかにも学校の先生らしい。

 元から何となく感じていたものもあれば、なるほど言われてみればそうだったと気づかされたこともあります。『教室内カースト』では生徒たちがスクールカーストを受け入れているようでいて、その実は上位カーストの生徒に内心では反感を持っていたりする様子も伝えられているわけです。中位もしくは下位カーストの生徒はクラスの「空気」を創り出す上位カーストの振る舞いに表向きは調子を合わせている、公然と反発したりはしないものの、実際に意見を聞いてみると上位カーストの生徒を嫌っている人が少なくない、表面上はクラスのリーダーであり中心的存在である上位カーストが、意外に嫌われ者でもあったりする――過去を振り返ると結構、思い当たるフシがありますね。

 一方で教員サイドは上位カーストに対してひたすら肯定的な様子が伝えられています。むしろ上位カーストとの協調的な関係によってクラスを統治しようと、そういう手法をとる教師は多いのかも知れません。(表面上は)クラスの雰囲気を左右する上位カーストと友達になることで、教師もまた上位カーストの一員になる、そうして教師もまたクラスの空気を創り出す権力を手にする、そういう手口です。しばしば、いじめを放置していたり、あるいは積極的に荷担している教員がいるわけですが、このタイプの教員は総じて上位カーストと仲が良く、「人気のある先生」だったりするのではないかという気もしますね。下位カーストの生徒をかばい立てして上位カーストの生徒と対立すれば、その教師は教室での地位を失いかねないわけですし。

 『教室内カースト』にて伝えられる教員は総じてスクールカーストの上下を能力の上下と捉え、「上」の生徒を優遇することに躊躇いを見せません。京都大学総長は「受験勉強ばかりでなく~音楽とか、恋愛始め人間関係の葛藤とか、幅広い経験をしてきた人に入試のバリアを少し下げる」と宣ったわけですが(参考)、これは教育者サイドにおけるスクールカースト肯定の当然の帰結と言えるでしょうか。スクールカーストで「上」になりやすいタイプの人間を肯定的に評価する、入試でも下駄を履かせてやりたい、そうした志向が我が国の教育者には少なからず浸透しているように思います。これは差別とも言えますが、「能力がある」という位置づけによって正当化してしまう傾向もまたありそうです。

参考、現代のレイシズムとしての能力主義

 ただ「スクールカースト」が学校という、とりわけ学力テストの対象になるような類の「勉強」よりも人格形成の方に熱心な日本の学校という特殊空間に固有なものかと問われれば、必ずしもそうではないのではないかとも。確かに学校ならではの問題は多々あって、それが進学塾や予備校では格段に軽微であったりする、それだけに学校空間の特殊性に注目する論者が多いのも頷けるのですが、でも世論とりわけメディア上の言論やネット世論、及び政治家の振るまいにもまた、スクールカーストと似たようなノリが見られるのではないかと、そんな気もするのです。

 つまりは世論でもスクールカースト上位勢よろしく、その場の「空気」を支配している集団がいるのではないでしょうか。そしてネット上やメディア上では非常に勢いがあって、あたかもその人々の声が「民意」であり国民の総意であるかのごとき雰囲気が作られている、表だって反論しにくい空気が生まれていることがあると思うわけです。しかるに、声の大きさで空気を支配している、その場を代表しているかのごとくに振る舞っている人が世間で好意的に迎えられているかと言えば甚だ微妙なところで、公然と反論されることこそ少ない一方で実は冷ややかな視線を向けられているところもあるはずです。極右層然り、反原発然り、ともすると勢いがあるようでいながら、実際の選挙結果を見てみると意外や孤立した集団であることが明るみに出るようなケースも珍しくありません。

 しかるに政治家はスクールカーストにおける教師の役割を果たしがちで、「上位」の人々に阿ろうとする手合いが後を絶たないわけです。一部の声の大きい人、ネット上や週刊誌上、テレビ番組で幅を利かせている人あるいは論調が存在する中、そこに同調してみせることで自身もまた「上位」の一員として振る舞う政治家も多いのではないでしょうか。幅を利かせている人々(論調)をこそ国民の意思とばかりに勘違いして、しばしば選挙で思惑とは異なる結果に直面するわけですね。上位カーストの君臨に敢えて反抗しないけれども必ずしも肯定的ではない生徒も少なくないように、有権者もまたネットやメディアを支配する言論に内心では今一つ好意的ではなかったりする、しかし教師よろしく政治家は一見すると周りから支持されていそうな人々と手を組もうとする、そうしたズレはスクールカースト概念でも我が国の政治でも共通して見られるものです。

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