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- 2013年06月26日 06:59
最先端を行く「リフレ・レジーム」〔1〕―若田部昌澄(早稲田大学政治経済学術院教授)
緒戦での成功
いま、日本経済は大きく動いている。昨年の12月26日に就任した安倍首相の政策、いわゆるアベノミクスは、日本を変えようとしている。アベノミクスの当初の成果は目覚ましい。株価は、一時1万5000円余りに上昇し、為替は一時103円の円安に振れた。これにともない、いわゆる実体経済への波及も進行している。2013年1―3月期の国内総生産(GDP)統計は、年率換算で実質3.5%増、名目1.5%増を記録した。消費、輸出が増え、設備投資が下げ止まりつつある、いわゆる潜在成長率とのギャップは、マイナス2.3%にまで縮小した。まだ数字は初期のものであり、5月後半に経験したように株価、為替には調整も起きるし、本格的な回復には時間がかかるとはいえ、明るい兆しがみられるのも事実だ。このままいけば、15年間に及ぶ長きにわたったデフレに終止符が打たれるだろう。
かくも目覚ましい成果ではあるが、懸念すべき材料もある。それは将来の日本の姿をいかに構想するかの問題だ。これはまた、アベノミクスの新しい要素と、古い要素のせめぎ合いともいえる。現在起きているのは、これまでのデフレ・レジームから「リフレ・レジーム」への転換であり、アベノミクスの「第一の矢」がそれを達成しつつある。しかし、その次の課題はこのリフレ・レジームのあとのレジーム構想である。
アベノミクスの2つの顔
ここでアベノミクスについておさらいしておこう。アベノミクスには、自民党内の政治力学、あるいは政治的妥協の産物という顔と、経済政策のパッケージという2つの側面がある。そもそも安倍首相の復活は奇跡的な僥倖によるものであり、復活には麻生太郎氏、甘利明氏ら自民党実力者の力が大きく働いた。ここから、3人の実力者(どれも英語ではAで始まる)のお気に入りの経済政策アイデアを束ねるという妥協が生じた。「第一の矢」大胆な金融緩和(安倍首相)、「第二の矢」機動的な財政政策(麻生氏)、「第三の矢」民間投資を呼び起こす成長戦略(甘利氏)である。こうした妥協の産物として、アベノミクスは関係者をそれぞれ満足させる「三方一両得」のようによくできている。しかし、政治の産物ではあるものの、経済学的にも意味がなければ成果は出ない。ことに、金融緩和も、財政出動も、成長戦略もこれまで散々試されてきたものではないか、という批判がそれだ。ここで重要なのはアベノミクスの「第一の矢」が「大胆な」金融緩和をうたっていることだ。これはこれまでのたんなる金融緩和とは一線を画すという意味が込められており、実際にも1月22日の日銀の2%インフレ目標正式導入、3月20日の日銀新総裁・副総裁人事、そして4月4日、新日銀執行部による「量的・質的金融緩和」の開始と、そのとおりに進んでいる。
何が一線を画しているのか。日本の長期停滞をめぐっては、デフレを重視する立場とそうでない立場が対立している。しかし、アベノミクスはデフレからの脱却を正面から取り上げた、おそらく初めての政権である。ではデフレの何が悪いのか。一言でいえば、それはおカネの価値が上がりすぎて、モノやサービスや、それに関わるヒトの価値が下がりすぎていることにある(図1)。おカネの価値はいわゆる実質金利(名目金利―予想物価変動率)で表すことができ、モノ、サービス、ヒトの価値は、自然利子率というもので表すことができる。実質金利が自然利子率を上回っている状況を逆転させるのがアベノミクスだ。通常ならば、実質金利を下げるのには金融政策で名目金利を下げることが可能だ。しかし、日本のように名目金利がゼロになる場合、実質金利を下げるには予想インフレ率を上げるほかはない。
そこで、「第一の矢」でいう「大胆な」金融緩和が必要になる。加えて、「第二の矢」を用いてさらに予想インフレ率の上昇を支援することができる。予想インフレ率に働きかける金融政策によってデフレからの脱却を達成し、穏やかなインフレ率をめざすというのは「リフレーション政策」にほかならない。「リフレ政策」の必要性についての安倍首相の理解はほぼ完璧であり、金融政策についてこれほどまでに関心を抱いた首相はこれまでもいなかっただろうし、世界の他の指導者と比較しても勝るとも劣らないだろう。「第三の矢」は、あえて位置付ければ、モノやヒトの価値を上げ、カネを使うことの収益率を上げる政策と考えることができるだろう(図2)。
具体的には、「第一の矢」と「第二の矢」は、図3のような経路でデフレ脱却と景気回復につながると考えられる。これは大きなドミノ倒しと考えればよい。決定的に重要なのは最初のドミノを倒すこと、すなわち予想インフレ率の上昇である。それが実質金利を下落させるならば、そのあとの経路はほぼ経済学の想定どおりに動く。現在、資産価格の上昇と円安が、実物経済に影響を及ぼしつつある。しかし、これまでの経験から最終的な脱却までは1年半から2年程度の時間はかかると考えられる。実際に2年間で消費者物価上昇率2%に達しうるかどうかは、最初のドミノ倒しが十分に大きいかによる。4月4日、黒田日銀は、2年間でベースマネーを2倍にするという決定を行なった。これは現状では、予想インフレ率を2%に引き上げるのに十分な規模と考えられる。それにともない、物価連動国債から計算される予想インフレ率は約1.8%にまで上昇した。多少、期待先行のきらいがないわけではないが、ここまでは理論どおりに進んでいる。
途中で終わってしまった量的緩和
アベノミクスが何を達成し、何を達成しようとしているかを理解するには、レジームという概念を用いると便利だ。これは通常、政治体制に使われる用語であるが、経済学では経済政策のルール、フレームワークを指す。ここで重要なのは個々の政策ではなく、その政策そのものをどう位置付けるかに力点があることだ(レジームについては矢野浩一「貨幣がなぜ実質変数を動かすのか」浜田宏一・岩田規久男・原田泰編『リフレが日本経済を復活させる』中央経済社、2013年、第三章、片岡剛士『アベノミクスのゆくえ』光文社新書、2013年が詳しい)。実例を考えよう。第一の矢に対する批判としてよくみられるものに、日銀はこれまで十分に金融緩和をしてきた、しかし効果がなかったというものがある。その例として挙げられるのが2001年3月から2006年3月まで行なわれたいわゆる量的緩和である。しかし、この量的緩和が、デフレから十分に脱却する前に途中で終わってしまったことが大事である。これは短期的には、日銀がいかにデフレ脱却的にみえる政策をとっていても実際にはデフレ容認的なレジームなのではないか、という疑念を呼び起こす。具体的にはそれは、量的緩和期には生じていた予想インフレ率の上昇が下落に転じたことが証拠である。
これに対して、アベノミクス「第一の矢」はインフレ目標の導入から始めて日銀執行部を入れ替えたように、個別の政策ではなく政策の枠組みを決めるところに焦点を当てている。「異次元の金融緩和」という言葉で表されているものは、デフレ・レジームからリフレ・レジームへの転換であったといえよう。
アベノミクスは世界的にも注目されている。その理由は、第一義的には衰えたとはいえ世界第3位の経済大国が金融緩和を行なうことのインパクトである。これは、すでに世界的に金利の低下と資産市場の活発化につながっている。また、負の影響を強調する議論として、日本は「通貨戦争」「通貨安競争」を仕掛けているという批判もある。これは中国、韓国などがとくに懸念している点である。これについては、変動相場制と資本移動の自由を前提とするかぎり、日本がデフレを脱却するために金融緩和をすれば結果として円安になる。中国も韓国も自国の利益に沿って政策を運営している。日本がデフレ脱却をめざすことを他国から非難される筋合いはない。また「通貨戦争」「通貨安競争」についての懸念は大恐慌期の神話に左右されている。現代では、むしろ各国が金融緩和を進めることは世界全体でのマネーの量を増やすので、デフレないしはデフレが懸念される状況では望ましいことになる。たとえば、バリー・アイケングリーン米カリフォルニア大学バークレー校教授は「現在必要とされているのは通貨安競争だ」とまでいっている。
アベノミクスが注目されている最大の理由は、リフレ・レジームへの転換に関わっている。クリスティーナ・ローマー米カリフォルニア大学バークレー校教授は、2009年から2010年、オバマ政権の大統領経済諮問委員会(CEA)委員長を務めたこともある。彼女の専門分野は大恐慌研究であり、いまではオバマ政権チームが彼女を選んだ理由もそこにあったことが明らかになっている。つまり、彼らは大恐慌の再来を懸念したということだ。そのローマー教授は、今年の4月12日に行なわれた講演で、アベノミクスの意義を、黒田日銀が「レジーム転換」を果たしたことだと評価している(“It Takes a Regime Shift,”)。
最後尾から最先端のレジームへ?
アベノミクスのもつ世界的重要性を理解するには、経済危機後の経済政策思想の推移をみる必要がある。経済危機の勃発後、各国政府は金融・財政政策を拡張的に運営する方針を打ち出した。しかし、2010年ごろから、財政については債務残高対GDP比や財政赤字対GDP比の増大を受けて、緊縮路線への転換が始まった。ことにユーロ圏でまずGIPSと呼ばれる南欧諸国で国債金利が急上昇し、財政危機が取り沙汰された。だが、緊縮政策への転換は、GDPを低迷させ、失業率の上昇につながり、思うような財政再建をもたらしていない。例外はドイツであり、その原因として2000年代のドイツで行なわれた労働市場改革を指摘する意見は強い。しかし、ユーロ圏の問題は、何よりも現代版金本位制にも例えられるデフレ・レジームの問題である。参加各国の金融政策の自由が欧州中央銀行(ECB)に委譲され、しかもそのECBがドイツおよびドイツ連銀の影響力のもと金融緩和に消極的な場合、ユーロ圏経済はデフレに陥る。さらにドイツについては、むしろユーロ危機によってユーロが安くなることで輸出が増え、いわばユーロ圏の他の国の犠牲のもとに皮肉にも漁夫の利を得ているといえる。そのドイツですら今年になって景気が失速し、デフレの兆しすらみられる。
かくして2012年ごろになると、緊縮政策に対する批判が出始めた。これまで緊縮政策の推進者であった国際通貨基金(IMF)ですら、緊縮政策が行きすぎると財政再建がうまくいかなくなる危険性について警告し始めている(岩田規久男『リフレは正しい』PHP研究所、2013年)。さらに象徴的な事件が4月中旬に起きた。ここまでの緊縮政策の論拠の一つとされてきたのは、ハーヴァード大学のカーメン・ラインハートとケネス・ロゴフ教授が2010年に発表した論文である。この論文は、債務残高の対GDP比が90%を超えると、実質経済成長率が急激に減少するという相関関係を示し話題になった。ところが最近、この論文のデータ処理に重大な誤りがあることが判明し、学界のみならず経済論壇全般に衝撃を与えた(その顛末については若田部昌澄「緊縮財政の時代は終焉を迎えるのか?」Webronza、2013年4月を参照のこと)。実のところ、彼らの論文のデータ処理の誤りを正しても、債務残高対GDPと経済成長率のあいだに負の相関関係があることは変わらない。しかし、重要なことは、多くの政策担当者がこの相関関係をあたかも因果関係であるかのように理解していたことだ。つまり債務残高対GDPが90%を超えると―これはまたちょうどアメリカのそれに当たる―経済成長率が下がると解釈されていた。論文の欠陥が明らかになったことは緊縮政策歓迎のムードを変えることになった。
金融政策に目を転じても、デフレ懸念があるときには、中央銀行はむしろ政府に対して積極的に協力すべしという議論が台頭している。ことに金融政策は緩和しながらも財政政策が緊縮気味に運営され、決して経済回復が芳しくないイギリスでは、元英金融庁長官アデア・ターナー卿は中央銀行が財政赤字を直接ファイナンスする「ヘリコプターマネー」政策をすら提言し始めている。
また、ハーヴァード大学のニーアル・ファーガソン教授は『日本経済新聞』のインタビューで「日本の停滞から歴史は何を学ぶのか」という問いに答えて、「中銀の独立は、政治家によるインフレ的な政策への誘惑を防ぐのが狙いで、つねに望ましいとされてきた。だが中銀の側にデフレを許容しようとの誘惑がある場合は、独立性が逆に害になりうる」(「アベノミクスの経済史的意義は」『日本経済新聞』5月12日朝刊)と述べている。ここからは、日銀の独立性が日本のデフレを長引かせてきたという認識がみられる。中央銀行の独立性も良し悪しがあり、何がよいかは歴史の産物だということだ。ローマーが日本を称賛するのは、アメリカですら経済危機後の金融政策のレジーム転換が十分には達成されず、回復に時間がかかってしまったという反省があるからだ。
日本は、2007年からの経済危機では対応が後手後手に回り、金融危機の震源地ではないにもかかわらず先進国中最も深刻な被害を受けた。しかしリフレ・レジームに転換することで、一気に最後尾から最先端へ立っているのかもしれない。(続く)
■若田部昌澄(わかたべ・まさずみ)早稲田大学政治経済学術院教授
1965年神奈川県生まれ。早稲田大学政治経済学部経済学科卒業、同大学院経済学研究科修了、トロント大学経済学大学院博士課程単位取得退学。早稲田大学助手、助教授を経て、現職。専門は経済学史。 著書に、『解剖 アベノミクス』(日本経済新聞出版社)、『日本の危機管理力』(PHP研究所、共著)などがある。
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■Voice 2013年7月号
<今月号の読みどころ> 7月号では安倍総理ご本人への45分間ものインタビューが実現し、ほぼそのすべてを誌面に反映させました。なかでも飯島勲氏の訪朝でにわかに高まった拉致問題、喫緊の尖閣問題、靖国参拝、景気回復、消費増税、日台関係などをテーマに、さまざまな角度から切り込んでいます。 総力特集では、領土問題や歴史問題で緊迫する東アジア情勢を背景に、日本の置かれている立場を有識者の方々が分析。特集では、上向く方向にある実体経済を「リフレ景気」と名づけ今後の課題と行く末を紹介しました。 本屋大賞を受賞した百田尚樹氏の新連載「覚醒するクラシック」も、ぜひ読んでいただきたい企画です。
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