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【佐藤優の眼光紙背】ロックアーン日露首脳会談と北方領土交渉の展望

外務次官に就任予定の斎木昭隆氏。(2009年、AP/アフロ)
 6月17日夜(日本時間18日朝)、英国北アイルランド・ロックアーンのホテルで日露首脳会談が行われた。本件について、朝日新聞はこう報じた。

ロシア外相、今秋訪日 日ロ首脳会談、関係強化で一致
【ベルファスト〈英・北アイルランド〉】主要国首脳会議(G8サミット)に出席するため英国・北アイルランドを訪問中の安倍晋三首相は17日夜(日本時間18日午前)、サミット会場のロックアーンでロシアのプーチン大統領と会談した。両首脳は、両国関係強化のため、今秋にロシアのラブロフ外相が訪日することで一致した。

 北方領土交渉については、今年4月の日ロ首脳会談で合意した外交当局の次官級協議を行うことを再確認した。具体的な日程は固まっていないが、日本側はラブロフ氏の訪日前に開催したい考えだ。(6月18日『朝日新聞デジタル』)

 19日のロシアの通信社「インターファックス」によると、ウシャコフ露大統領補佐官が、「8月の終わりにモスクワで外務次官級協議が行われる。当然、平和条約の問題にも言及される」と述べた。

 一部にこれで北方領土交渉が進捗するという見方があるが、筆者はそれには与しない。むしろ、プーチン大統領は、4月29日にモスクワで安倍首相と会った時点よりも北方領土問題に関して慎重になり、日本側の態勢を瀬踏みしているというのが筆者の見方だ。

 これには、6月28日に行われる予定の日本外務省の人事異動が大きく関係している。この人事についてロシア側はかなり前から注意深く情報収集を行っていた。民主党に近かった河相周夫外務事務次官が辞任し、斎木昭隆外務審議官(政務担当)が次官に就任する。斎木氏は、語学力、見識、交渉力、人間性のすべてにおいて傑出しており、安倍首相の信任も厚い。河相氏は去年9月に次官に就任した。次官の任期は通常2年であるが、河相氏はわずか10カ月で更迭された。不祥事以外で次官がこれほど短期に更迭されたのは前代未聞のことであるが、河相氏のような無能な政治的日和見主義が外務省の事務方トップから排除されたことは、日本の国益に大きく貢献する。この人事は、安倍内閣が行った最大の成果と言ってもよい。

 しかし、これによって北方領土交渉が進む保障はない。なぜなら、北方領土交渉を含む日露平和条約交渉は、日本の外務審議官(政務担当)とロシアの外務次官(アジア担当)の間で行われるからだ。ロシアの外務次官は8人いるので、日本の局長に相当するにすぎない。この交渉を担当するモルグロフ露外務次官は、中国専門家で、北方領土交渉に対しては、「平和条約交渉は行うが、領土交渉は行わない」というレトリックを展開する対日強硬論者だ。

 タフネゴシエイターで、しかも柔軟な発想ができる斎木氏が審議官で交渉を担当するならば、モルグロフ次官のレトリックを簡単に打ち破ることができる。また、斎木審議官は安倍首相へのアクセスが容易にでいるので、高度な政治判断を提案することができる。これに対して、 モルグロフ次官はプーチン大統領に直接アクセスすることができないので、北方領土問題に関するプーチンの意向を反映した交渉を行うことができない。最終的に斎木審議官が、プーチン大統領側近のセーチン「ロスネフチ(ロシア石油)」会長、セルゲイ・イワノフ大統領府長官との個人的信頼関係を構築し、北方領土交渉の突破口を開くことができると筆者は期待していた。

 外務省の慣行では、次官は北方領土に従事しない。そうなるとアジア大洋州局長から外務審議官(政務担当)に昇格する杉山晋輔氏が北方領土交渉を担当することになる。同氏は機密費疑惑でも名前が出て来た人物で、河相氏と共に政治的に民主党政権に擦り寄った外務官僚の1人であることは、外務省内でも有名だ。さらに対露強硬論者で内閣官房副長官をつとめていた鈴木宗男氏と対立した。鈴木宗男パージの中心に立った1人が杉山氏である。しかも杉山氏は自らに都合がよい情勢を作り出すために、新聞記者のみならず、週刊誌記者やロビイストに秘密情報を漏洩することを躊躇しない。それだから、杉山氏がロシアとの信頼関係を構築することができない人物であることは、筆者が保障する。

 特別のメカニズムをつくり、斎木昭隆事務次官−上月豊久欧州局長のラインで北方領土交渉にあたらないと、交渉は近未来、恐らく秋に日本で予定されている岸田文雄外相とラブロフ外相の会談で頓挫することになる。(2013年6月23日脱稿)

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プロフィール

佐藤優(さとう まさる)
1960年生まれ。作家。1985年に外務省に入省後、在ロシア日本大使館勤務などを経て、1998年、国際情報局分析第一課主任分析官に就任。 2002年、鈴木宗男衆議院議員を巡る事件に絡む背任容疑で逮捕・起訴。捜査の過程や拘留中の模様を記録した著書「国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて」(新潮社、第59回毎日出版文化賞特別賞受賞)、「獄中記」(岩波書店)が話題を呼んだ。
2009年、懲役2年6ヶ月・執行猶予4年の有罪判決が確定し外務省を失職。現在は作家として、日本の政治・外交問題について講演・著作活動を通じ、幅広く提言を行っている。近著に、「国境のインテリジェンス」、「帝国の崩壊(仮)」がある。

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