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メディア全体で「つながる」ことの大切さが問われている 河北新報編集委員・寺島英弥氏インタビュー

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ここでよく分かったことは、賛否が大きく分かれる問題に対しては、行政が何かを決めたから物事が決まるとか、何かが始まるというのではなく、住民が議論し、社会に呼びかけることによって実現していくものだということです。その議論の場としてメディアが関わっていくことが重要だということですね。

―― 議論の場としてのメディア。新しい可能性を示した出来事でしたね。

そしてひとつにわたしの原点になったのですが、「報道の役割は、当事者の声を聞いて、声の発信を助けることである」と。何度も何度も当事者のところに通うことで、その人の生き方や状況に変化が起きていき、それが続報になる。ニュースは一度書いて終りではないということです。もちろん、最初は被災地の光景に「何ができるのか」という無力を感じたとしても、そこで出会った人の話を聴くことを通じて、震災がもたらし、奪ったもの、地域の変化、自らが主体となって復興や解決策を探る歩み、人間の弱さと強さも、初めて浮き彫りになっていく。そこに培われる信頼の関係から初めてナラティブ(人が体験し物語る事実)が流れ出してくる。

―― 問題が長期化すると、当初の報道に対して、軌道修正が必要になる場合があります。新聞やテレビは、この軌道修正が難しい。それだけに、「間違いのないもの」「クレーム・ゼロ」のようなかたちで、角の取れた丸い、差しさわりのないニュースが出てくることになりがちです。

それでも、ひとつのテーマ、一人の人をずっと取材していくという姿勢があれば、仮に誤解や間違いがあっても、そこから逃げないことで、また関係をつくっていくことができるはずです。一番大事なことは、同じ場所にいて、同じ時間を生きていくということ。

市民の力で実現した地域振興としての光のページェント

―― 脱スパイクタイヤ運動に戻りますが、この運動が光のページェントにつながったと言って良いのでしょうか。それは興味深いですよね。仙台市の年末のケヤキ並木の光のページェントは全国的に有名ですよね。

そうです。脱スパイクタイヤ運動で目覚めた市民の新しいまちづくりへの夢が、仙台市定禅寺通などのケヤキ並木に電球を灯す「光のページェント」につながったと言っていいと思います。

最初に声があがったのは、定禅寺通の若い商店主らからでした。「冬の仙台は寂しい。スパイクタイヤのひどい粉じんで、ほこりっぽいだけの冬になってしまう。冬枯れの街に、自分たちで『光』を灯せないか」と。そして、1000万円もの費用のカンパを街頭で市民に呼び掛けた。取材の中で、完成予想図(パース)を入手し、当時の社会面デスクに「こんな光の通りを目指すそうですよ」と話したら、デスクは「そんなのできっこない」。それでも何とか社会面に掲載してもらい、その後は商店主らに問い合わせが殺到し、街頭募金はぐんぐん伸びて、仙台市や商工会議所も支援に乗り出し、ついにその冬に実現させたのでした。

―― 脱スパイクタイヤや光のページェントは、一見、ローカルな問題かもしれませんが、政策提言力と実行力をつけた市民が、地域振興のけん引役になった事例としてはモデルケースではないかと思います。そこに議論の場として、どうメディアが関わるか、そういった可能性も示唆していると思います。

これらの取材では、現場の住民が発想した運動が地域の環境を変え、人の心も行政も動かすのだなと実感しました。住民が自ら夢を描いて、そして、それが実現できるんだという体験。点灯の瞬間の感動を今も忘れません。現場を歩きつづけるわたしの原点のひとつです。

アメリカのシビック・ジャーナリズムから学んだ「つながる」ことの大切さ

―― 「つなぐ」という点では記者の地道な取材のほかに、河北新報ではネットを使って、購読者以外にも情報を広く発信していますね。寺島さんもブログCafé Vitaで積極的に記事を書いています。これはやはり、東日本大震災が大きなきっかけだったと言っていいのでしょうか。

そうですね。それと、会社の先輩のなかに、米国の大学に留学して現地のジャーナリズムに触れた人がいて、彼の勧めでフルブライトの奨学生試験を受けた。そして、2002年から03年にかけてノースカロライナ州のデューク大学に留学し、全米の地方紙を調査して、未知のジャーナリズムの運動に出合ったことも個人的には大きかったと思います。この調査の旅で、人生を変える言葉との出合いがありました。

―― その言葉とは。

「やじ馬的な興味で取材することをみずから禁じなさい。市民が記者に望むのは興味の一べつではない。癒やしたり、立て直したり、状況を変えたりできる、あなたのコミュニティのそんな一人ひとりの力をたたえなさい」「地域で何が起きているかを知りたければ、住民の暮らしのあるところに行って、直接聞きなさい」という言葉でした。また「新聞というのは、つながりをつくる仕事である。記者というのは、つながりをつくる職業である」と。「シビック・ジャーナリズム」「パブリック・ジャーナリズム」という名で、地方紙から始まった新聞改革の運動でした。

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