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  • 新恭
  • 2010年10月03日 15:24

強引捜査の原型を特捜の鬼、河井信太郎に見る

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高検の方針は、前田、大坪、佐賀の三検事を悪者にして、早く村木冤罪事件の幕を引きたいというところだろう。

前田一人では納得できない世間の空気を感じ、その上司である大坪、佐賀も犯人隠避容疑で道連れにした。

大阪地検のこの三人が不届き者で、これを成敗するのが「検察の正義」だ、といわんばかりである。

大坪や佐賀は「同じ立場ならあんた達だって・・・」と、内心さぞかし、最高検に腹を立てていることだろう。

実際には、検察組織全体の体質の問題であることを、国民の多くは見抜きはじめているのではないか。特捜神話を生み出したマスコミへの疑念もふくらんでいる。

マスコミによって「正義の特捜」vs「巨悪の政界」という単純図式を、世間は信じ込まされ続けてきた。

もう、メディアはいい加減に思い込みの激しい「検察正義史観」から抜け出さねばならない。

あいかわらず、今日の朝日の天声人語は、特捜の鬼、河井信太郎を「巨悪をえぐる組織の土台を築いた」と賞賛し、「刑事裁判の99%が有罪だから、検察は正義の後衛、最後の番人」と位置づけている。

河井氏の功績は認めるが、検察がやることはすべて「正義」であると単純に決めつけるほど恐ろしいことはない。検事の調書への過信が、99%有罪を生んでいる側面を忘れてはならない。

人間は、たとえそれが検察であろうと、「悪」を内包している。検察が不正義を行うことがあるのは今回の事件で証明されたはずだ。

司法はそうした人間の本質を前提にして、ものごとを判断すべきである。

さて、マスメディアの「検察正義史観」は、まさにその河井信太郎が関わった造船疑獄に端を発しているのではないかと思われる。

1954年の造船疑獄は、誕生間もない東京地検特捜部が総力をあげて取り組んだ戦後初の本格的贈収賄事件だ。

戦争で疲弊した造船や船舶会社が経営再建のため、有利な立法を画策し、政官財界に巨額のカネをばら撒いた。

容疑者の一人が、政権を握っていた自由党の幹事長、佐藤栄作だったが、指揮権発動で刑事訴追を免れた。

政治権力に幹事長の逮捕を阻まれ、河井ら正義感の強い特捜部の検事が涙を飲んだという伝説がいまだに信じられている。

伝説をつくったのは、もちろんマスコミだ。政治家は自らの利益のために「正義の検察」を邪魔する悪党であるというイメージが国民の頭に刷り込まれた。

しかし実のところ、それは、検察が政治に敗北したのではなく、勝利したことを意味していた。

ジャーナリスト、渡邉文幸氏の著書「指揮権発動」が、その理由を解き明かしてくれる。

この本の核心は、事件捜査当時、法務省刑事局長だった井本台吉氏による40年後の証言だ。

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