テレビクルーが街に出て、たまたま通りかかった人々にマイクを向ける。いきなりカメラとマイクがあらわれて戸惑う人の口から、とっさに出てくる言葉は耳慣れたフレーズだ。
「子ども手当てより保育所対策を」「民主党はバラマキはやめるべきだ」「こどもたちの世代に付けまわししないでほしい」それも、もとはといえば、テレビで繰り返し聞き、頭にこびりついている呪文のようなものである。
この街の映像を見た後で、たとえば昨夜の報道ステーションなら古舘伊知郎氏が「これぞ市民の声だ」とばかり、したり顔で、星浩氏や一色清氏ら朝日新聞編集委員に同意を求める。多くの談話のなかから、番組制作スタッフが恣意的に選んだごく一部の意見とわかっていながら、朝日の二人はただただうなずくばかり。
国を衰退させる少子化を食い止め、将来を担う人材を育てるため、国民全員で子育てを支えようという、子ども手当ての理念はけっして語られることはない。その一方で、星浩氏は「民主党の大敗で、参院がねじれ、衆院でも与党が再議決に必要な3分の2の議席を確保していないから、政策が通りにくくなった。国政の停滞が心配だ。メディアの報道も、政局のゴタゴタより政策重視に変えなければならない」と正論を吐く。少しはメディアの報道のありように疑問を抱いているようだった。
ならば、今日の朝日の一面で星氏の筆になる「民主党挫折の先」は、さぞかし深みのある内容かと思い、期待をこめて記事をながめた。冒頭の一節をそのまま下記に引用する。
◇「自民党の人寄せパンダ」の小泉進次郎氏は、行く先々の方言で演説を始め、支持者を沸かせた。その後、聴衆が真剣に聞き入る場面がある。「民主党の子ども手当の悪いところは、もらっている人が将来のツケになることが分かっている点だ。だから、とても不安になる」。民主党政治に対する国民の不信感を巧みに言い当てている。◇
星氏はこのあと国の借金財政の話に続け、さらに鳩山、小沢の資金疑惑も「辞任で不問」とつなげてゆく。のっけから「子ども手当て」を取り上げながら、星氏自身がそれをどう考えるのか、この記事には一切、出てこない。ただ、小泉氏の一方的なプロパガンダといえる演説内容が国民の不信感を言い当てていると書くだけだ。
国民の不信感をつくりだし、煽っているのは、どこのどなたであろうか。どんな政策にも、メリット、デメリットがあり、それで利益を受ける人もいれば、不利益をこうむる人もいる。短期で見るか、長期で考えるかによっても評価は自ずから異なるだろう。それらすべてをオミットし、小泉氏の選挙演説賛美のような内容に、政策論をすり替えるのが、星氏のいう「考え直すべきメディアの姿」なのだろうか。
街の談話集でVTRを編集して時間を埋めるテレビメディアの、安易な報道番組制作手法はいうまでもなく、テレビを死に至らせる病であるが、国政選挙直後の新聞の一面に、特定政党の選挙演説賛美で政治を語り始める朝日新聞の姿勢は、報道の自殺行為に近い。
まだまだ、他人事なのだ。国が危機的状況にあると言いながら、新聞記者自身が、政治を自分のこととして主体的にとらえていない。責任を持とうとしないし、批判だけで、代案を示そうという気概もない。
メディアが多様な意見を取り上げて、より正確な報道を心がければ、世の中は確実に変わる。複眼的にものを考える世論の形成もあながち夢物語ではなかろう。
「メディアも考え直さなくては」というのが気まぐれ発言でないのなら、まず朝日から変わるよう、星氏は自らの記事をもって示すべきではないか。
新 恭 (ツイッターアカウント:aratakyo)
記事
- 2010年07月13日 12:08
小泉進次郎の選挙演説を持ち上げる朝日一面の記事
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