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「自分語り」がしたくなる本を 『同化と他者化 戦後沖縄の本土就職者たち』著者、岸政彦氏インタビュー

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復帰前に行われた沖縄での本土就職は、沖縄の人々が「日本人になろうとした」大きなムーブメントとなった。しかし、本土に渡った若者たちの多くが、沖縄に帰還してしまう。なぜ、彼らは故郷に帰ってしまったのか? 「多くの人びとに自分の話だと思って読んで欲しい」と語る著者の岸政彦氏に、お話を伺った。(聞き手・構成/山本菜々子)

ロマンチックに語らない

―― 岸さんは、沖縄だけではなく、部落の問題なども研究されていますね。どのようなことがテーマなのでしょうか。

マイノリティがテーマです。「世の中であまり良い目をみていない人たち」と言ったらいいのか、「居場所がない」という感じに興味があったんです。

マイノリティといってもさまざまな問題があって、一括りにはできませんが、大きな社会のなかで、なんとなくアウェー感を感じるということが気になって。たとえば、ちょうどわたしたちが今いるこの新宿のようなところで、ひとりでさまよっている感じというのでしょうか。

沖縄の研究を始めたのは、若いときにハマったことがきっかけです。大学生くらいのときに沖縄に遊びにいきました。空港から、国際通りにでたもうその瞬間に、ハマってしまったんです。今でも覚えているんですが、ビーチにいってシュノーケリングをやったらイソギンチャクのなかにカクレクマノミなんかがいて、すごく感動したんです。こんな場所が日本にあったんだって。

いわゆる沖縄病みたいになりました。家に帰ってきても、沖縄のことを思いだして。家で三線をひきながら、泡盛飲んだりもするわけですよ(笑)。だから、好きな沖縄を研究テーマにしようかと思ったんです。でも、植民地主義とか勉強していくと、がーんと壁にあたるんですよ。「ああ、おれは植民地主義者だったのかな」って。基地とか貧困とかを押しつけておいて、ナイチャー(本土の人を表わす沖縄方言)として気軽に観光にいって、ああ素晴らしい、癒されたといって帰ってくると。

そもそも自分はなんで沖縄にハマったんだろう。沖縄になにをみていたんだろうと、考え始めました。ナイチャーのぼくたちからすると、沖縄というのは特別な場所であって欲しいんですよ。日本のなかで独特の文化をいつまでも残して欲しいんですね。ウチナーグチ(沖縄方言)が消えかかっているというと、そんなの守らなきゃいけないって思ったり。言葉なんか、人と一緒に生まれて死ぬものですから、今だったら変わっていいと思うんですけど。「沖縄は特別で、文化があって、そこにいけば癒される」という時点で植民地主義者なんですよね。

結局、沖縄というものに自分を投影していたことに気がついたんです。ぼく自身に居場所がなかった。自分の人生の迷いみたいなものもあったし、自分自身の満たされなさや、居場所のなさを沖縄に重ねていた。社会のなかの自分が浮いているということと、日本のなかで沖縄が特別ということを、構造的に同じものとして捉えていたのかなって。

そこから、「沖縄をどう描くか」と考え始めました。一時期、「構築主義」というのに傾きかけます。これはかなり簡単に言えば、「全部つくられたものだ、フィクションだ」ということです。「沖縄らしさ」も映画とか小説とかテレビとか、イメージでつくり上げたもので、でっちあげたものだと考えるようになります。

でも、それも違うかなと。ぼくは、地べたを周るのが好きで、何回も沖縄に通って、べろべろになるまで泡盛を地元の人と飲みます。やっぱり彼らは沖縄人であるというアイデンティティが強いんです。他の県では考えられないくらい沖縄の人って沖縄が好きなんですよ。あんなに埼玉が好きな埼玉人っていないと思うんです。まあ、埼玉にいったことはないけど(笑)。

優しいんだけど、一線は越えさせてくれないというか。仲良くなったり、何回も通えば通うほど壁を感じるばかりで。やっぱり沖縄の人のアイデンティティというのは独特だという感覚は、フィクションでも、こっちがでっちあげたものでも、単なるイメージでもないと感じました。

それからぼくは、本質的に独特だと言わず、沖縄の独特さを描きたいと思うようになります。そのためには歴史的、社会的な変動というのを丁寧にみていくしかないんですよ。たとえば、27年間米軍に占領されたという独特の歴史は、独特の社会を生みだすにきまっているのであって、それは沖縄のDNAとか文化の独自性とか、亜熱帯気候というのは関係ないんですよ。政治経済的に違う道を歩まされたという経験が、日本人とは違う独特さを生みだすのは当たり前です。

そのために選んだのが、本土就職というテーマでした。この本は沖縄をどう描くのかというぼくのひとつの提案なんです。沖縄を神秘化せず、ロマンチックに語らずに、世俗的にその独自性を語る。それを歴史社会学的にやりました。統計データや新聞記事や歴史的資料も多く使用したのも、多角的に沖縄の特殊性を描きたいと思ったからです。

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差別は生ぬるい

内地の人間からしたらどちらかというと、すごく狭いマイナーなテーマなので、一般の人に読んでもらうにはどうしたらいいか考えると、やっぱり「居場所のなさ」を描こうという結論に達しました。この本は沖縄について書いた本でもあるんですが、マイノリティのアイデンティティがどうやって生まれてくるのかという話でもあるんですよね。

よく、マイノリティのアイデンティティがどう生まれてくるのかという議論になると、「差別されたからだ」と言われることが多いんです。不愉快でつらくて悔しい思いもたくさんして、それを隠して生きてきたけど、ある日、目覚めて異議申し立てをするようになる。それがマイノリティのアイデンティティだというイメージがあります。

沖縄に関してもそう言っている人は多くて、とくに本土就職がそうだったんです。調査に入る前に、活動家や研究者の方に話を聞くと、貧しい沖縄から身売りみたいに本土に送られて、すごく嫌な思いをして、泣く泣く帰り、自分が沖縄人であることに目覚めた。そんな語りが多かったんです。

でも、実際に調査してみたら「楽しかった」という人が多くてびっくりしました。自分のなかで折り合いをつけるのに、けっこう時間がかかりましたね。しかも、「差別されたことがない」といいながら、結局みんな沖縄に帰ってきているんです。

だから、差別されたかどうかという視点は外そうと思いました。というのも、差別されたかどうかにこだわると、「沖縄の人でも差別ばっかりされているわけじゃない」という話になってしまいます。そうすると、すごく「保守的」な社会学の議論になってしまうんですよ。

ここで言う、「保守的」な社会学者の差別の描き方というのは、生活構造というのが全体にあって、仲良くしたり、出世したり、家族つくったり。その経験のひとつとして、差別されるということを描くんです。そうすると、差別と言う経験がすごく軽くなるんですね。いろんな人生で経験することのひとつになる。なので、インタビューした人が、「楽しかった」というと、保守的な社会学者が解釈するときは、沖縄差別は実際になかったんだということになる。

たとえば、ぼくの大学のゼミの女子たちは、「女で損したことない、映画で割引したり、コンパで安かったり」と、よく言うんです。また、在日コリアンの学生のなかにも、とくに差別を感じたことがないという人もたくさんいるわけです。もし、その保守的な社会学者の解釈にもとづくと、「もはや女性差別はない」「在日コリアンへの差別もない」といことになってしまいます。

でも、酒飲んでしゃべっていると、女子としてのつらさだったり、在日コリアンだからしんどいという話はいっぱいでて来るわけです。沖縄の人たちも差別を感じていなかったにも関わらず、しんどさや、居場所のなさを感じていた。

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