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カルロス・ゴーン社長が一目置いた社会貢献プログラム

1. ゴーン氏のリーダーシップ

 コスト・カッターといわれたカルロス・ゴーン日産自動車社長が、着任当初が一目置いた社会貢献プログラムがある。日産NGOラーニング奨学金制度だ。
 このプログラムを発案し、運営されたS氏と久しぶりに話す機会があった。同氏は、ゴーン氏直轄の仕事をいくつも熟した人物だ。「ゴーン社長はどのような方ですか?」と、何度となく尋ねられたであろう質問を投じてみた。その回答は明快だった。明確な目的、それを達成するために何をしてほしいのか、いつまでにどのような成果をあげてほしいのかをストレートに述べるのだという。抽象的な議論やフリンジは全くない。また、自分自身にも明確な目標を掲げ、それを期限内に成し遂げることをコミットメントする。部下に成果に対してコミットメントを求めるのであれば、自分自身もコミットメントを表明するのだ。

2. 多様性と同質性 ~社会貢献プログラムの背景にある問題意識~

 なぜ、日産NGOラーニング奨学金制度は一目置かれたのか。その理由を探るためには、同社の社会貢献プログラムの背景にある問題意識を理解する必要がある。
 日産自動車は、社会貢献プログラムの老舗企業のひとつである。1992年に経団連が、会員企業に対して、税引き前利益の1%を社会貢献に投じることを呼びかけ、「1%クラブ」を創設した。以来、社会貢献プログラムは、メンバー企業を中心に浸透していった感がある。日産自動車は1%クラブが誕生する以前より、社会貢献文化室を創設したが、経団連の社会貢献部会の部会長を務めるなど、リーダー役を務めてきた。
 S氏は、日産の社会貢献プログラムを創設するにあたり、以前より自身が抱いていた問題意識を基本に据えることにした。それは、社員に同質性を求める企業文化で、異質な考えや言動を抑制する傾向が顕著にみられるという問題であった。
 同質性の問題は、会社内のみならず、会社間にもみられた。当時、企業は相当額の寄付を行っていたが、その典型的な方法は「経団連方式」と呼ばれるものだった。端的に言えば、経団連から奉加帳がまわってくる。他社の寄付の様子をみて、自社の寄付を決定するというものだ。典型的な横並びである。
こうした同質性の力学が浸透すると、閉塞感に見舞われることになる。何をしたいのかということよりも、周囲との調整や配慮が優先され、下手をすると当初の目的は失われてしまう。こうした思考停止の状態は、企業だけでなく、様々な組織にみられることだ。
 S氏は、こうした同質性を打破し、多様性を理解し、行動できる人材を育成しないと、企業はダメになると考えていた。企業の外にある消費者は多様で、その行動はひとつの杓子定規で測ることはできない。それは、マニュアルやノウハウのみで対応するのは難しく、社員の生き方から見直さねば対応できないと考えたのである。
 そして、社員に対しては、寄付やボランティア先を紹介し(決して強制はしない)、様々な社会課題に取り組む活動に触れる機会を提供しようと考えた。
 また、将来社会を担う世代にも目をむけ、それを「未来への投資」と名付けた。そして、多様性を受容し、行動に映すことのできる人材育成を目標としたプログラムを手掛けることにした。

3. 明確な目的設定と体系性ある奨学金プログラム

 1998年、日産NGOラーニング奨学金制度は、未来の投資として掲げられた社会貢献プログラムの一貫として創設された。NGOで9か月間インターンとして働く大学生に奨学金を給付するというシンプルなプログラムである。
 なぜ、企業ではなくNPOやNGOでのインターンだったのか。大企業でのインターンでは、担える仕事が限られており、どうしても“お客様”になってしまう。しかし、明確な使命と目的を持ち、小規模な組織体で、しかも共感によるマネジメントを実践しているNPO、NGOでのインターンであれば、ある程度、まとまった仕事に着手することができ、達成感を得ることができると考えたのである。
 そのかわり、NPO、NGOは、学生インターンを単なる労働力ではなく、人材育成の対象として理解し、働きながらも何を学習してもらうのかきちんとプログラムを組むことが求められる。受入れ先として選ばれたNPO、NGOには日産自動車から謝金が支払われているが、教育者としての役割を求められていることの証左である。
 学生は、第1次の書類選考、第2次の面接によって、1年間で17人~20人が選ばれる。学業成績書類の提出は求められなかった。ボランティア経験の有無も問われなかった。最も重視されたのは、その学生が、インターン経験を通じてどの程度成長が期待できるのか、その伸びしろの大きさであった。例えば、ある機械工学系の学生は、ボランティアの経験は全くなかったが、「日夜機会ばかりを相手にして、人とコミュニケーションをとる機会がない。人と触れ合う経験がしたい」と述べたことが採用の決め手となった。インターンとなった学生には時給1000円と交通費が支払われるが、毎月、日産自動車に報告し、問題があった場合には同社の社員が相談にあたった。
 
 日産NGOラーニング奨学金制度は10年間実施された。コスト・カッターと言われた氏が本制度を奨励したのは、“多様性の受容”という理念のもとに、それを具現化する明確な目的と体系性ある実行手段が示されていたからではないか。
S氏は既に、日産自動車を定年退職しているが、当時を振り返ながら次のように語っている。「ゴーン社長の就任以来、社内は大きく変化しました。外国人副社長が就任し、中途採用、専門職採用の方々も急増しました。社員は英語でのコミュニケーションが求められるだけではなく、めまぐるしい環境変化を受入れ、未知の考え方を理解し、対処方法を自分でみつけなければならなくなりました。」
 まさに、同質性の文化から、多様性の文化に転換する時、人が何を求められるのかを示した言葉である。同奨学金で学んだOB・OGがこの変化にどう立ち向かっているのか。楽しみでもある。

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