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現政権の「良さ」を教えているのは誰か

『無私の日本人』磯田道史(プレジデントオンライン)

歴史とは無数の人の人生の束でできている。そう語る磯田道史さんは、歴史家として史料を読むことで、何万人という日本人に出会ってきた。その中に「どうしても頭にこびりついて離れない人たちがいる」と言う。本書は、そんな忘れ難い3人の江戸人の生涯を描いた評伝集だ。

武士に貸した金の利子で、貧しい故郷を将来にわたり救おうとした商家・穀田屋十三郎。清貧を貫き庶民とともに生きた儒者・中根東里。そして絶世の美女に生まれながら辛苦の日々を送り、庵で陶器を作り続けた大田垣蓮月。彼らに共通する「無私」という生き方とは、どのようなものだったのか。

(中略)

だからこそ「無私」を貫いた彼らの生き様、は「いま」の時代に照らし出されて輝きを増したのだろう。史料を読みながらときに涙さえ流し、磯田さんは突き動かされるように書いた。その輝きを伝えることが、数多の人生の糸を手繰ってきた自らの責務だと信じたからだ。

「たとえ経済成長やお金を誇りにせずとも、心穏やかに暮らすための哲学はすでにこの日本にあった。それを過激に実践した3人の姿は、私たち日本人の本当の強みが何であるかを教えてくれているんです」

 

 ……こういう美談系の話、私は吐き気がするほど嫌いなわけですが、まぁ需要はあるのでしょうね。安倍政権誕生まで徹底して経済成長を避けてきたと言っても過言ではない我らが日本の政治は、上に引用したような「無私」だの「経済成長やお金を誇りにせず」といった精神によって支えられてきたのかも知れません。そうして(私的に)恵まれている(とされる)人々――公務員なり電力会社社員なり大手マスコミなり中高年正社員なり時には議員なり社会保障受給者なり――を、あたかも打倒すべき階級敵のごとくに捉え、その給与なり身分保障なりを引き下げてやることが「改革」として罷り通ってきたのが日本の二十一世紀であるようにすら思われます(今回のような作文がが自称とはいえ経済誌に載っていることは、何とも象徴的ではないでしょうか)。

 2年余り前に「津波は天罰、我欲を洗い流せ」と宣ったのは石原慎太郎で、この発言自体は結構な反発を買ったものです。ただ、これが石原ならではの特異な考え方であったかどうか、実はそうでもないのではないかという気もするのです。未曾有の大災害にかこつけての主張は不謹慎として非難されるものである一方、その様な状況でなければ、つまり平時の発言であればどうだったでしょう? 「我欲を洗い流せ」云々と、冒頭の引用のように定期的に繰り返される「無私」の称揚とで、いったい何が違うのやら。結局のところ「我」なり「私」なり、つまりは個人の欲望を許容しない、むしろ自己犠牲を「あるべきもの」として暗に強いる、その様な在り方を理想とする発想が我々の社会の根底にあると言えます。

Q.ソヴェト政権が70年をかけても不可能だったことを、
  エリツィン政権は7年で成し遂げた、それは何か?

A.ロシア人に社会主義の良さを理解させた

 以上は、90年代のロシアの選挙で共産党が大幅に議席を伸ばしたときに語られたジョークです。実際、エリツィン政権下では経済が低迷し国民の暮らしぶりは悪化するばかり、「共産党時代の方が良かった」と感じる人が少なくなかったのでしょう。そして、旧政権の流れを汲む共産党が躍進したと。あのチャウシェスク政権ですら、1999年の世論調査では「チャウシェスク政権下の方が現在よりも生活が楽だった」と回答する人が6割に達したそうです。ルーマニアの事例はさておくにしても、西側で評価されているほどエリツィン時代は良い時代ではなかった、ソヴェト政権下の政治的な不自由よりも、エリツィン政権下の経済的な不自由(貧困)の方が、よりタチの悪いものであったと当事者からは評価されたわけです。

 「愛があればお金なんていらない、という人もいますけど、それは本当の貧乏を知らない人が言うことですよ」と語ったのは、経済苦を理由に親が自殺してしまうほど実家が貧しかった現・サッカー選手の福田健二氏です。今なお「経済成長やお金を誇りにせずとも、心穏やかに」といった類を好意的に迎える人も多いのかも知れません。しかし、多少は状況も変わりつつあるのかな、とも。新政権発足後にも支持率を上昇させるなど、まぁ順風満帆と言っていい安倍内閣ですけれど、つい最近まで自民党の支持率だって決して高くなかった、民主もダメだけれど自民も……という声こそ最大多数はであったはずです。それがどうしてここまで差がついたのか、慢心、環境の違いでは済まされません。前政権からは打って変わって経済が回復基調に載ったことを素直に評価する人も多いわけで、現政権の「良さ」を理解させたのは何なのやら。好転材料が皆無に等しかった民主党の経済運営を「心穏やかに」受け入れる類の人が今後は「抵抗勢力」と化していくのかも知れません。

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