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台湾が感動した安倍総理の友人発言―李登輝・元台湾総統が語る東アジアの未来(2)

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「犬が去って、豚が来た」


 もともと台湾は、非常な親日国である。東日本大震災に対する台湾から日本への義援金は200億円を超え、世界一となった。私も東日本大震災の報に接したときは、刃物で切り裂かれるような心の痛みを感じ、「自然の猛威を前にしてけっして運命だとあきらめず、元気と自信、勇気を奮い起こしてほしい」との励ましのメッセージを送った。台湾人は日本のことをなぜこうも大切に思うのか。

 今年3月13日、東北の大学生30人余りが東日本大震災時の日本支援に対して台湾に感謝を述べに来た。その学生たちを前に、私は次のような話をした。

 「日本は半世紀にわたって台湾を統治しました。この間、もっとも大きな変化は台湾が伝統的な農業社会から近代社会に進化させられたことです。日本は台湾に近代工業資本主義の経営観念を導入したのです。また新しい教育制度が導入され、近代的な国民意識が培われました。やがて台湾人は自らの地位が日本人に比べて低いことに気付きます。ここに『台湾意識』が芽生えました。『台湾人の台湾』という考えが生まれ、これが国民党に対抗する力となったのです」

 台湾には「犬が去って、豚が来た」という言い方がある。犬は戦前に台湾を統治していた日本人、豚は大陸から来た中国人を意味する。渋谷に忠犬ハチ公の銅像があるだろう。犬は吠えてうるさいが番犬として役に立つ。これに対し、豚は食い散らかすだけで何もしない。大陸から来た中国人に比べれば、日本人のほうがはるかにましだったという、台湾人の考えを表した言い方である。

 また、台湾人が好んで用いる言葉に「日本精神(リップンチェンシン)」というものがある。これは日本統治時代に台湾人が学び、ある意味で純粋培養されたもので、「勇気」「誠実」「勤勉」「奉公」「自己犠牲」「責任感」「遵法」「清潔」といった精神を指す言葉である。じつはこの言葉が台湾に広まったのは戦後のことで、当初は大陸から来た国民党の指導者が自分たちには持ち合わせていないものとして、台湾人の気質を示したものだ。台湾に浸透したこういう「日本精神」があったからこそ、戦後の中国文化に台湾は完全に呑み込まれることはなかったといえるし、現在の近代社会が確立されたともいえる。

 台湾人の親日にはこうした歴史的背景があるが、これまでその思いは一方的なものにすぎなかったのかもしれない。戦後になって、戦前の歴史をすべて捨てた日本人は、「台湾のこと」も忘れていたように感じるのである。

東日本大震災での痛恨事


 日本との関係を思うとき、私にはいまだに了解できないことがある。このことについて少し述べたい。

 99年9月21日、台湾大地震が起こったのは台湾総統の任期があと8カ月で終わるときであった。各国から救助隊がやってきたが、真っ先に駆けつけてくれたのが日本であった。人数も多かった。またありがたいことに小池百合子代議士は、仮設住宅の提供を申し出てくれた。さらに、当時曽野綾子氏が会長を務めていた日本財団は3億円を寄付してくれた。授与式には曽野氏がわざわざ訪台され、私と会見した。その際に私は曽野氏に対して、もし将来日本で何か起こったら、真っ先に駆けつけるのは台湾の救助隊であると約束した。

 しかし、先の東日本大震災ではその約束が果たせなかった。震災発生直後、日本の対台湾窓口である交流協会を通じてすぐに救助隊の派遣を申し出たのだが、なかなか話がまとまらない。時間を無駄にはしたくないと考えたわれわれは、やむなく山梨県甲府市のNPO(非営利団体)と話をつけて、救助隊を自力で被災地に向かわせることにした。

 台湾からの救助隊の第一陣が成田空港に到着したのは3月13日。すでに中国や韓国の救助隊は到着していた。さらに日本に到着してからも、「台湾の救助隊を迎え入れる準備ができない」と外務省にいわれてしまう始末であった。

 なぜ、当時の日本政府は台湾の救助隊を受け入れることを躊躇したのか。「台湾は中国の一部」とする中国共産党の意向を気にしたとされる。日本の台湾に対する気持ちはその程度のものだったのかと残念に思った。日本に何かあれば、台湾の救助隊がいちばんに駆けつけるという曽野氏との約束を果たせなかったことは、私にとって生涯の痛恨事である。

 また2001年、持病の心臓病の治療のために訪日しようとした際、私を入国させることで中国を怒らせることを恐れた当時の外相や外務省の反対で、なかなかビザが下りないということもあった。「義を見てせざるは勇なきなり」という武士道の精神を表す言葉がある。武士道は日本人にとって最高の道徳のはずである。このとき私は、日本という国がほんとうにおかしくなっていると感じた。

 だが一方で、こうもいいたい。東日本大震災で日本国民がみせた節度ある行動や献身的な自己犠牲は、まさに武士道の精神そのものであった。武士道という言葉自体はいまの日本ではあまり使われなくなっていたとしても、その精神はけっして失われていなかった。そしてそれを世界の人が称賛したのである。

 しかし、東日本大震災で日本国民がみせた際立った優秀さとは対照的に、政府の対応はあまりに嘆かわしいものであった。

 震災直後、時の首相であった菅直人氏はヘリコプターに乗り、上空から被災地を見て回ったものの、それだけで終わってしまったという。本来であれば菅元総理は、自衛隊の幕僚長と内閣の官房長官を従え、ヘリコプターから降りて被災地を一つ一つ見回り、被災者を慰問し、地方自治体の指導者から救済措置と財政負担を聞き取ることが必要であった。国民が苦しんでいるのに、菅元総理はどのような顔をしてヘリコプターに乗っていたのか。彼はしょせん民主党の指導者であって、国家の指導者たる資格はなかったのである。

 震災以降、いつまでも処理されない瓦礫の山をみて、何度台湾から救助隊を出してあげたいと思ったかわからない。私は、日本国民の代わりに涙する機会が多くなった。民主党の指導者たちには、「国のかたち」をどうしていくのかという政治家として当たり前の視点が欠如している者が多かった。

「台湾は中国の一部」がいかに暴論か


 明治維新以来、日本は東西文明の融合の地であった。こうした歴史こそが日本の「国のかたち」の根本を成している。そして日本がアジアのリーダーであるべき理由もここにある。しかし敗戦後、日本では米国依存が進むと同時に、「中華意識」はますます強くなる一方だった。これでは国際社会の変化に対応できない。
「経済優先」「商売第一」を謳い文句に中国に進出した企業のなかには、儲けるところもあっただろう。しかし結局国内の空洞化が進んだことで、日本人一人当たりの国民所得は落ち、失業者が増えた。必ずしも日本経済のためにならなかったことは、これまでの不況が証明している。そもそも、日本が商売の相手とすべきなのは中国だけではない。インドやそのほかのアジア諸国も、重要な取引先となってこよう。日本人はいまこそ「中華意識」からの脱却が必要だ。

 以前、台湾研究を行なっている日本の早稲田大学の学生たちのレポートを読む機会があった。将来の台湾はどうなるか、また日本はどうすべきかが題目である。台湾の将来に関する日本の学生たちの見解は、おおよそ次の三つに分けられる。台湾は中国と統一すべきだという考え、台湾は独立すべきだという考え、そしていまの中国との関係を現状維持すべきだという考えである。また台湾と日本の関係については、いまのところ正式な外交関係がないため、経済と文化的な交流を強めていけばよいという考えが多かった。

 もちろん、日台の経済関係を安定させ、文化交流を促進し、日本人と台湾人の心と心の絆を深めていくことは重要である。さらに、私がはっきりさせておきたいのは、「台湾は中国の一部」とする中国の論法は成り立たないということだ。400年の歴史のなかで、台湾は6つの異なる政府によって統治された。もし台湾が清国によって統治されていた時代があることを理由に「中国(中華人民共和国)の一部」とされるならば、かつて台湾を領有したオランダやスペイン、日本にもそういう言い方が許されることになる。いかに中国の論法が暴論であるかがわかるだろう。

 もっといおう。たしかに台湾には中国からの移民者が多いが、アメリカ国民の多くも最初のころはイギリスから渡ってきた。しかし今日、「アメリカはイギリスの一部」などと言い出す人はいない。台湾と中国の関係もこれと同じである。

 今後日本人は「中華意識」にとらわれて台湾を軽視することがあってはならない。そうすれば、日本は地政学的にたちまち危機に陥ってしまうだろう。日本と台湾はまさしく生命(運命)共同体なのである。このことを日本人にはつねに意識してもらいたい。

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