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電子書籍が売れなかったホントの理由

今回は、これまで電子「書籍」がなかなか売れなかった理由について解説します。

電子書籍元年と言われて3年経ったのにも関わらず、なぜ電子「書籍」が厳しい現状なのか。

大きな理由は、私を含めた事業者が電子コミックばかりに力を入れてきたから

電子コミックしか売れないとよく言われがちですが、正確にいうと、電子コミックは長編が多く客単価が高いのでジャンル全体として売れているように見えるのです。さほど売れないコミックも沢山あり、有料購入ユーザー数でいうと、書籍もコミックもさほど変わりません。購入者数には大差がなくても客単価(=購入冊数)の違いがジャンル売上の大差を生み出しているわけです。

電子書籍を求める読者が電子コミックを求める読者より少ないとは限りません。ただし、事業者サイドからすると、コミックにはアニメや映画などでメディア化露出された長編作品が多いため、新規読者増と客単価増が見込める電子コミックに力を入れた方が効率的に売上を上げやすい事情があります。千社以上の出版社から発行される多品種小部数型の書籍に比べて、発行出版社がある程度限られる中品種多部数型のコミックの方がはるかに売りやすい。

とりわけ、出版物販売経験がなく書籍市場に明るくない人も多い電子書籍業界においては、メディアであまり取り上げられない作家の書籍を売るハードルは高かった。せっかくマンガの電子化で得た利益を書籍の電子化で失ってしまうんじゃないか。費用対効果を考えた結果、書籍や雑誌の電子化や販売に費やすコストをかけられなかったわけです。

00年代までの実態としては、電子書籍産業というよりむしろコミックの電子化産業でした。

とはいえ、iPhone/iPadが出揃った2010年の電子書籍元年以降、状況は変わってきています。昔からの電子書籍事業会社だけではなく、コミック以外のジャンルの販売に力を入れる新興事業者も少しづつ増えてきている。取次会社や出版デジタル機構によるインフラ整備も追い風。昨今の出版界が電子出版権を主張するのも、本気の現れといっていいでしょう。Kindleはじめ、大きな文字を読みやすい電子書籍専用端末が増えているのもまた追い風です。

感覚値ですが、本格的に書籍のデジタル販売に力を入れてからまだ3年ぐらいでしょうか。現状、電子書籍だけで食べていくのは時期尚早ですが、現在売れてると言われる電子コミックも最初はほとんど売れていなくてビックリしたものです。2004年頃、集中砲火的に電子コミック販売に注力した結果、5年あるいは10年近くかかってやっと専業で食える会社や個人がぽつぽつ出てきたわけです。


⚫良くも悪くも歴史は繰り返す

メディア化された有名作品や有名作家やマンガ家のベストセラーを大量に売り続けることも大事ですが、ある程度のコツさえつかめば誰でもできるし、それだけでは面白くありません。自書の『日の丸電子書籍はなぜ敗れたか』にも書きましたが、出版業界の低迷原因と同じことを新しい市場でまた繰り返すことに「希望はあるのだろうか」と。

10年ほど前までの取次在籍時代を振り返ると、ハリー・ポッターシリーズやタイタニック等世界的なメガヒット作品によって出版業界のみならずメディア業界全体が支えられていたような記憶があります。当時ほどではないものの、現在でも一部の国民的アイドルグループ関連コンテンツや国民的マンガ、国民的小説家作品に置き替えられただけとも言えます。もちろん、そうしたエポックメイキングな作品を売ることに尽力した多くの関係者の努力と貢献は多大なものがあります。

個人的な反省点としては、複合型書店の開発やパッケージ商品の導入促進などメディアミックス型コンテンツを売る仕組みばかり考えるあまり、その仕組みの中で売る作品もまた売れ線偏重に陥ってしまったのではないかと。時を経て、品揃えが似通った金太郎飴的な書店チェーンを電子書店で再現したくはないなと思ったわけです。

出版から芸能まで含めたエンターテイメントビジネスの歴史を振り返ると、売るのが得意な人、仕組みを作るのが得意な人、演出が得意な人、書いたり作るのが得意な人。それぞれの持ち味を生かして食べていける市場にならないと長続きしなかった気がします。特定の何かが得意な人たちだけに支配される窮屈な市場でなく、多様性のある自由な市場です。目指すべきは、100万部売れる作家や100万部売る仕組みを作れるビジネスマンでなくても食べていける、まっとうな市場です。

まだ出版市場や電子書籍市場がほとんど存在しなかった頃、こうした仕事をいち早く始めた人々を駆り立てたのはそんな危機感でした。なんらかの危機感や渇望感が原動力となり、大多数の正論家から非現実的と思われて抵抗や批判を受けながらも、なんらかのムーブメントを起こしてきた歴史的事実は説明するまでもありません。

例としてふさわしくないかもしれませんが、私が激しくレスペクトしている水木しげる先生をはじめとする漫画界や文芸界の巨匠たちも報われなかった時期があるようです。映画『三丁目の夕日』シリーズでも吉岡秀隆演じる小説家は小雪演じる奥さんのヒモでした(ある意味羨ましい)が幸せそうです。

ここ十数年、右肩下がりが続く本や映像、音楽コンテンツ流通に関わってきた経験だけで言うと、凄腕ビジネスマンが仕組み作りを手掛けたコンテンツばかりが流行したわけではありませんでした。なぜなら良くも悪くも予測不可能な偶発性や多様性が常にあったから。非効率的な点である一方でそれが面白い点でもあるんじゃないかと。

実際、私のようなブログを始めて3ヶ月のずぶの素人が初めて書いて1人で出した、マイナージャンルのブログ本がわりとすぐに数百冊売れる時代です。本を書こうと思ったことすらない無名の素人の本が少しは売れた理由はなにか。

それは、どんな普通の人の物語であっても、世の中のどこかに読みたい人、参考にしたい人がいるからなんじゃないかと。才能や技術、経験豊富な著者が書く物語であれば、やり方やタイミング次第で桁違いに売れるんじゃないかと普通に思います。

今や、デジタルテキスト化された物語は、メールでもメルマガでもブログでもePubでも、あるいは紙でも読まれる時代です。

ハリー・ポッターやタイタニック、文学賞受賞作からセルフパブリッシング作家まで。人数の差はあれど、有名無名問わずそれぞれの物語が新しい読者を連れてきます。エコでローコストなデジタルの恩恵を受けた沢山の物語が生まれれば、沢山の読者が新しい市場を大きくしてくれるんじゃないかと。市場が大きくなれば多様なニーズと仕事が生まれるはずです。

世界一の漫画大国であり世界第二位の読書大国に住む日本人は、世界一ブログをよく書く国民だそうです。これからも沢山の物語が生まれることでしょう。ブログ原作映画も珍しくなくなる日が来るかもしれません。

いまだ発展途上の電子書籍市場でも、過去の歴史がまた繰り返されるんじゃないかと楽観的に考えています。これから電子書籍を出版しようと思う若者は、現状の厳しさとともにそんなことも知っておくといいんじゃないでしょうか。

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