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渡辺裕『歌う国民』

渡辺裕『歌う国民―唱歌、校歌、うたごえ』 (中公新書)はむちゃくちゃ面白い。以前に同じ著者の『日本文化―モダン・ラプソディ』をとても興味深く読みましたが、この新作も、読み出したらやめられない吸引力があります(ので、私は他にしなければいけない仕事がいろいろあるのに、昨晩から今日にかけて一気に読んでしまいました)。分析が鋭いと同時に思考が柔らかく人間的で、語りかけるような文体(ですます調で書かれているのには具体的な理由があるというのが「おわりに」で説明されていますが、理由はともあれ、読んでいると面白い授業を聴いているような気分になり、書かれていることがすーっと頭に入ってきます)から、読者に対する敬意と、伝えたいという意思が感じられます。具体名は出しませんが、私には読者をはなから馬鹿にしているとしか思えないような新書が賞をとったりしていますが、本書は真に受賞に値する本だと思います。渡辺裕氏はすでにサントリー学芸賞はとっている(し、現在は同賞の審査メンバーのひとりでもあるらしい)ので、大佛次郎賞とか小林秀雄賞とか吉田秀和賞とか、そのあたりを是非。だめなら、吉原真里賞を差し上げましょう。賞金なし、副賞は授賞者とのお食事。

この本は、明治期に数多く生み出された唱歌から戦後の「うたごえ運動」まで、日本全国で普及した「皆で歌う」という行為の政治的・社会的・文化的な意味を、歴史的に追ったものです。

まずもって、この「皆で歌う」ことの日本における一般性は、それだけでもなかなか面白いものです。この本を読むと、この「皆で歌う」という行為自体の背景に、西洋をモデルにした近代的国民形成という非常に強いインセンティヴが働いていたことがわかりますが、少なくとも現代のアメリカでは、日本ではよくある、(いや、この本を読むと、現在ではそういうことがなくなってきているらしいということがわかりますが、私の知っている一時代前の日本では)一般の人々がごく自然に声を合わせて唱歌や合唱曲を歌ったりするということは、まずありません。(教会の聖歌隊やコーラスに入っている人は別。)私のアメリカ人の音楽家の友達でも、私が日本人の友達と一緒にいるときにふと「は〜るの〜うら〜ら〜の〜」などと歌い出し、しかも事前に相談したわけでもないのに自然にハモり出したりすると、日本にそういう音楽文化があるということにかなり驚くようです。また、『ドット・コム・ラヴァーズ』の最後に出てくる「ジェフ」に私がバスケットボールのことを教わっていたときに、「アメリカのバスケットチームにはチームソングはあるのか」と聞いた(バスケを見始めてかなり初期の段階でこの質問を発した)ところ、「なんたる日本人的質問!」と笑われたのも覚えています。(日本人の感覚からすると、チームスポーツ観戦に歌がないなんて、違和感がありませんか?)最近ではアメリカでもカラオケがけっこう流行っていたりしますが、それはあくまでも一人一人が得意な歌を披露したり自己満足に浸ったりするためのもので、ときどき聴衆が合いの手を入れるようなことはあっても、「皆で歌う」文化とはずいぶん違うものです。まして、ポップなものでなく、学校で習うような曲(そもそもアメリカの学校には音楽の授業がないところが多いので、学校で曲を習うということも少ない)を大のおとなが大勢で声をそろえて歌う、というような状況は、めったなことではありません。あるのはイベントの際の国歌斉唱くらい(これが唯一の例外であるということがまた象徴的)。

で、この本は、いかにして日本人のあいだでこの「皆で歌う」という行為がここまで普及したのかということが説明されているのですが、その歴史には驚くこといっぱい。そもそも「唱歌」とか「童謡」とかいったものが、我々が一般に連想するような、無垢でちょっとセンチメンタルなものとはずいぶん違った起源や意図から生まれていたのでした。つまりそれらは、曲によって程度の差こそあれ、近代的国民の育成や皇国史観の植え付けのためのツールとして作られたもので、そうした唱歌斉唱を一般国民の音楽教育の中心に据えた明治政府にとって、音楽教育とは純粋芸術の追求といったものとはまったく別のものだったのでした。けれども、そうした、国家による上からの操作というのは、「歌う国民」の歴史のごくひとつのベクトルでしかありません。著者がこの本を通じて何度も強調しているように、いわゆる「国民音楽」の誕生と変遷にみられる「日本文化」とは、国家の他にもさまざまな人々や勢力が、それぞれのコンテクストで複層的に関与し、古い伝統や新しい考えをぶつけ合いながら作りかえていく、そしてときにはその本来の形を生み出した人たちの意図とは似ても似つかないものにしてしまう、ダイナミックなプロセスであるわけです。そうしたことが、卒業式の歌、校歌、県歌、労働者の歌といった事例の分析から、とても鮮明に示されていて、「へえ〜」と思うことしきり。とくに卒業式の章と校歌の章が面白かったですし、県歌の章を読んだときには、YouTubeで「大いなる秋田」をチェックしてしまいました。また、「うたごえ運動」を扱った最終章を読むと、なぜ私の母やそのきょうだい・親戚がやたらとコーラスをやるのか、歴史的に理解ができた気がしました。

ただし、ひとつ注文をつけるなら、歌というものを論じるにあたって、話が歌詞に集中しすぎている気がしました。「みんなが歌える」曲のジャンルの性質上、音楽的にそれほど斬新なものは存在しにくい、また、こうした曲の存在意義は「芸術」としての音楽にあったわけではない、というのは納得できるのですが、歌の話である以上、もうちょっと、旋律や和声の作りとか、編曲とか、歌詞以外の話がもうちょっとあってもいいように思いました。学生時代に皆で歌った曲のイントロの部分を聴いただけでセンチな気持ちになってしまったりするのは、そういった感情を喚起しやすい音楽性にもあるのでしょうから、その音楽性とはなにか、という解説がほしい。

とにかく、なにしろ面白いので、ぜひどうぞ。日本の話ではないですが、前に紹介した映画『Singing Revolution』と一緒に考えるとなおさら考えさせられるでしょう。

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