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【特別寄稿】日本学術会議経済学委員会『「東日本大震災」に対する緊急提言』

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5. 中期の経済政策



 中期的には、第一に、災害によって生活手段を失った人々が自立をするまでその生活を支援し続ける必要があり、第二に、災害によって工場や設備、さらには人的組織などの活動基盤を失った企業の復興に向けた融資や支援をする必要があり、第三に、災害によって失われた社会インフラを回復し整備するための作業を続ける必要がある。
 残念ながら、これらの中期的な経済政策に関しての「フリーランチ」はない。基本的には、被災を受けなかった地域の人間や企業の労働や所得や資産を被災者や被災企業に「移転」する以外に道がない。移転には、自発的なものから強制的なものまで様々な方法があるが、ここで重要になるのは、それぞれの方法においては誰が負担者であるかを明確にすることである。そうすることによって、国民の間で負担の配分に関するコンセンサスの形成を助け、一方で公平性を担保しつつ、他方で復興のための長期的政策と結びつけることが可能になる。ここでは、以下の手段をあげておく。1.ボランティア活動、2.寄付、3.復興債の発行、4.国家予算の振り替え、5.増税。


  1. 今回の災害においても、阪神淡路大地震の時と同様に、多くの若者や医療関係者等の専門家が献身的なボランティア活動を行っている。これは、経済学的には若年世代の労働や心遣いや専門サービスの被災者への直接的な移転と見なしうる。



  2. このような若い世代を中心とした無償の貢献に呼応して、直接的なボランティア活動ができない人々も被災者や被災地域のために何らかの貢献をしたいと願っているはずである。その最も望ましい形は、民間による自発的な移転、すなわち寄付である。すでに多くの国民が寄付を行っているが、一体どのくらいの額が良いのか分からないという声も聞かれる。国民一人あたり平均所得が270万円なのに対して、一人あたり被害推計額が12万円から20万円という冒頭に掲げた数値が参考になるかもしれない。ただし、これはあくまでも参考としての数字であり、自発的になさればなければ寄付は寄付ではなくなる。



  3. 以上のような民間による自発的な移転だけでは、残念ながら、大きくても数兆円といった額であり、災害救助および復興支援のための移転としては十分ではないだろう。したがって、国債の発行、国家予算の振り替え、財政支出の削減、さらに増税など、国家を介した強制的な移転を設計する必要がある。

    国債発行による財政支出は、基本的には、将来世代から現在世代への強制的な移転と考えられる。なぜなら、利子費用や満期償還額は、将来世代が負担する租税によって支払われることになるからである。だが、日本は世界最大の純資産国であり、正味資産(国富)額は2700兆円、家計が保有する金融資産の純額(資産―負債)は1000兆円以上である。(2009年末の数字。)国民が日本経済の復興への強い意志を持っている限り、例えば数十兆円程度の復興債をゼロ金利でも購入してくれる可能性は高い。政府の一般会計においては国債は10年満期であっても借り換えによって60年で償還することを想定しているが、復興債の場合、国家財政に対する信認の維持のためには、特別会計を設置し、10年満期借り換えなしとすることが望ましいだろう。さらに、復興債購入時にその一部を寄付とするオプションを付けることも一案である。

    復興債の日銀引き受けに関しては、すでに国の債務残高が860兆円に達している日本において、財政規律がさらに緩んだというメッセージを国の内外に与える可能性が高い。それは、長期金利の高騰などの大きな副作用をもたらすことになり、日本のギリシャ化の回避という立場から極力避けるべきだという意見が圧倒的に多い。



  4. いずれにせよ、復興債も満期には一般会計から償還資金を受け取らなければならない。確かに復興債の少なくとも一部は被災企業の再建や社会インフラの再構築に向けられ、一定の私的あるいは社会的な収益を生み出す。だが、それが償還額以上のものになるとは考え難く、将来世代による財政負担の増加は避けられないだろう。

    そのことは、私たち現在世代自体が、国家財政を媒介として、自らに移転を強制させる必要があることを意味する。そのような強制的移転のうち比較的容易なのは、国家の歳出項目の一部振り替えである。事実、例えば平成23年度予算に計上予定のa.高速道路無料化、b.子ども手当、c.高校無償化、d.農家保障などの歳出項目を復興目的の支出に振り返る政策は、すでに政府も検討を始めている。他の歳出項目の振り替えも、同時に、検討されるべきであろう。これらの振り替えは、景気に対しては中立的である。



  5. (a). 資産税(地価税)、(b).相続税、(c).消費税、(d).所得税、(e).株式譲渡分離課税の増税、あるいは(f).法人税減税の中止あるいは延期を財源とした移転は、災害が大きく景気を失速させている中で、さらに景気にマイナスに働くことになる。だが、国家の財政規律の維持の観点からは、このような増税あるいは減税中止による強制的な移転も当然検討されるべきである。その際、世代間の公平性を確保しなければならないが、先述した若い世代のボランティア活動に対する返礼、さらに若い世代が災害後の日本経済・日本社会の復興の主体となるはずであることから、高齢世代が若年世代の活動を少しでも支援する方向性をもった貢献方法に重きを置くべきであろう。ただし、高齢世代は同時に所得・資産格差が最も大きい世代でもあり、その貢献は可能な限り経済的に余裕のある層からなされるような工夫をすべきである。



    1. 固定資産税の増税は、富裕な高齢世代に負担が傾くという意味で望ましい側面を持っている。さらに売却益を目的としてのみ保有されていた土地(農地も含む)や建物がより効率的な使用に向けられるインセンティブをもつ。ただ、現行の固定資産税は地方税なので、全国的な負担を行うためには、地価税という形で導入することが望ましい。



    2. 相続税の増税は、富裕層の負担を大きくするのは当然であるが、高齢化の中で必ずしも相続者の年齢層が若くはないので、世代間負担配分の面からもマイナスは少ない。さらに、これは高齢者による支出を促すという効果も持つ。



    3. 消費税率の上昇は、少子高齢化の下での持続可能な社会保障制度の設計のためには必須であるという認識は、経済学者の間だけでなく国民の間でも広く共有され始めているが、これまで主として政治的な理由で先送りにされてきた。今回震災対策として、社会保障の財源とは独立に導入すべきかどうかは、政治論争を引き起こす可能性がある。しかし、引退した高齢者は所得税を払わないが消費は行っているという点で、次の所得税に比べると若年層への負担が少ない。しかも被災地については税率を据え置くなどの特別措置を加えれば、非被災地から被災地への目に見えた形の貢献になるが、それには行政的コストの問題もある。



    4. 所得税の増税、特に最高税率の引き上げは、所得に応じて累進的に負担を増やすという点では望ましいが、高齢者の負担が少なく、生産性の高い中年層・若年層へ負担が傾くことになり、世代間の負担の公平性の見地からは問題が多い。ただ、給与所得控除の上限設定という形であれば、この問題はある程度回避できる可能性がある。



    5. 株式譲渡所得等の分離課税優遇廃止も視野に入れるべきであろう。そのためにも、納税者番号による総合課税化の早期導入が必要となる。



    6. 法人税減税の中止は、世代間の負担の公平性の視点からは判断が難しい。なぜならば、日本の多くの企業は株主だけでなく従業員の利益をも考慮した経営を行っているからである。しかも、グローバル化した市場の中で、世界最高率の法人税率を負担している日本企業の競争力の低下傾向をさらに押し下げ、雇用にマイナスの効果をもたらす恐れがある。日本経済の長期的な復興への道を阻害しないためにも、もし中止するとしても、それは一時的な措置とし、将来の復活の可能性を明記しておくべきだろう。





6. 長期の経済政策



 長期的な政策としては、まず最大の被害を受けた東北や北関東の地域をどのような形で復興していくかに関してのヴィジョンが必要である。多くの被災地では地域コミュニティーが人的にも物的にも大きく破壊され、住み慣れた場所に住居や仕事場を再建したいという被災者の自然な気持ちにも関わらず、残念ながら災害以前の状態に戻ることは困難になっている。そのためには、被災地から要望をくみ上げ、その要望の間の相互調整をはかり、全体として整合性のある地域再興を企画し実行するための復興庁のような国家機関が首相直轄の形で新設されることが望ましいだろう。そのためには、日本が戦後の復興過程において得られた様々な知見が役に立つはずである。ただし、地元に密着した要望や情報の収集、さらに雇用創出といった側面からも、その本部は東北あるいは北関東に立地すべきである。

 今回の災害で明らかになったのは、東北・北関東が、自動車や電機などの主要メーカーに基幹部品や重要素材を供給する多数の高技術企業が集積した一大拠点であったということである。その拠点が大きく被災したことによって、日本の先端的製造業を支えてきた緊密な生産ネットワークが寸断され、日本経済全体の生産性が一時的にせよ大きく損なわれることになった。現在、本来ならば競争相手であるべき中小企業同士が横のネットワークを新たに築き上げて供給のボトルネック解消を試みるなど、失地回復のために賢明の努力が見られる。だが同時に、多くの日本企業、そして日本から部品調達をしてきた海外企業において、先端部品の供給先を、中部以西、さらには海外にシフトしていくことが検討されはじめている。


  1. 東北・北関東が経済的に自立していくためには、これまで人材面や立地面で比較優位を持っていた高技術企業の復活が是非必要である。以前よりは縮小された規模であっても、先端的製造業への供給ネットワークの中の集積地の一つとして重点的に復興させていくことを、西シフト・海外シフトへの動きが現実化する前に、政府が早急に表明しなければならない。企業や技術の地域的な集積メリットは、一度失われてしまうと他の地域にその地位を奪われていく速度が速いので、いち早い回復が必要だからである。




  2. 日本経済の比較優位は、当面は多数の企業をつなぐ供給ネットワークに支えられた先端的な製造業にあることを再確認する必要がある。そして、今回の災害はこのようなネットワークの集積地が一定程度全国に分散していることの重要性を示した。東海・東南海・南海地震の可能性も抱えている日本において、東北・北関東に高技術企業集積地を復興することは、経済全体のリスク分散の見地からも必須である。




  3. 東北・北関東の復興には、単にこれまでの産業構造の復活だけでなく、新たな産業を創り出すためのヴィジョンも織り込まれていかなければ、単なる縮小再生産に終わってしまうだろう。今回の災害、とりわけ福島原発の事故は、CO2削減の手段を地域独占的事業体による原子力発電に大きく依拠してきた日本のエネルギー政策の大きな見直しを迫ることになる。その際、これまで先端的産業集積地であったという地域的比較優位を活用するためにも、原子力と代替的な低炭素エネルギー供給方法などを試みる新たな産業地域として東北・北関東を指定し、積極的な支援していくことは一つの可能性であろう。



 今回の災害は、日本全体がサプライチェーン、物流チェーン、金融市場、メディア、ITネットワークなどを通して大きな相互依存性を持った一つの単位であることを、国民が強く再認識する契機になった。しかも、メディア等を通じて、全世界の人々が自分たちがどのようにこの災害に対処しどのようにこの災害から復興していくかを注視していることを、一人一人の国民が強く意識することとなった。経済の高度化と情報のグローバル化によって、多少逆説的ではあるが、かつての対外膨張的なものとは異なった「一体感」が国民の間で生まれたといっても良いかもしれない。

 この一体感は、今回の災害の多数の犠牲者が私たちに残してくれた最大の遺産であろう。戦後最大の危機が与えた試練を乗り越え、日本という国が新たな発展を再び開始するために、その遺産を無駄にすることなく、若い世代が中心として生み出す斬新なヴィジョンの元に、新たな国作りをしていかなければならない。

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