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ヘイトスピーチを禁止する法律について(3)

(改訂して再アップしました)

さて、今回のエントリ-では
②どのような表現が罰すべき差別に当たるか明確に規定できないから、罪刑法定主義(憲法31条)から導かれる「明確性の原則」に反し、表現行為の萎縮を招く。
という政府や憲法学会の主流の主張について考えてみたいと思います。

政府は『同条(人種差別撤廃条約4条a,b)の定める概念は、様々な場面における様々な態様の行為を含む非常に広いものが含まれる可能性があり、それらすべてにつき現行法制を越える刑罰法規をもって規制することは、上記のとおり、表現の自由その他憲法の規定する保障と抵触するおそれがある』
との見解ですが、それは本当でしょうか。
表現行為を規制している法の一例として、名誉毀損罪、侮辱罪、脅迫罪の条文を見てみましょう。

名誉毀損罪(刑法230条)
公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず 3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処する。

侮辱罪(刑法231条)
事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱した者は、拘留又は科料に処する。

脅迫罪(刑法第222条)
生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した者は、2年以下の懲役又は30万円以下の罰金に処する。




名誉毀損や侮辱や脅迫の概念は「様々な場面における様々な態様の行為を含」みますから、この程度の規定です。それでもそんな行為が名誉毀損や侮辱や脅迫になるか、人々は予測できますから、これらの構成要件が明確性の原則や「過度の広汎性の基準」に抵触すると批判されたことは一度としてありません。

人種差別撤廃条約第一条第一項によれば、ヘイトクライム禁止法で禁じるべき差別とは

人種、皮膚の色、世系又は民族的若しくは種族的出身に基づくあらゆる区別、排除、制限又は優先であって、政治的、経済的、社会的、文化的その他のあらゆる公的生活の分野における平等の立場での人権及び基本的自由を認識し、享有し又は行使することを妨げ又は害する目的又は効果を有するものをいう



このような定義が為されていますから、どういう行為がヘイトクライム禁止法で禁じられる行為か予測できます。ですから「明確性の原則」に反するとは言えないのではないでしょうか。

実際、人種撤廃条約4条aを批准した多くの諸外国ではヘイトクライム法が立法され運用されて久しいですが、それによって言論が萎縮し、表現の自由が侵害されたという由々しき事態が招かれたとは聞いたことがありません。
ということは明確性の原則に反せず、言論の萎縮を招かない立法は可能であると言うことです。

アメリカには人種的集団ひぼうの禁止、イギリスにはヘイトクライム法、フランスには人種差別禁止法の集団侮辱と憎悪・暴力煽動、カナダには憎悪煽動罪があります。(ちなみに前田朗さんはブログでは、ヘイトクライム禁止法(1)~(9)で、諸外国のヘイトクライム禁止法の紹介をされています。)
何故その諸外国のこのような立法例を研究しようとしないで、およそヘイトクライム禁止法というものは「明確性の原則」や「過度の広汎性の基準」に反するものだと頭から決めつけるのか、私には理解できません。

以上より、私は憲法21条に反しないヘイトクライム禁止法の立法は十分可能だと考えています。
そして看過できない差別が横行しているという立法事実もありますし、人種差別撤廃委員会や国連人権委員会の再三の勧告も受けていますから、ヘイトクライム禁止法の立法に早急に着手すべきです。


以下は前田朗さんのブログから、人種差別撤廃委員会からヘイトクライム禁止法の立法を勧告されていることをご紹介しましょう。

二〇〇一年、人種差別撤廃委員会は、日本政府に対して人種差別禁止法の制定を勧告した。二〇〇五年、国連人権委員会の人種差別に関する特別報告者は、「日本政府は、自ら批准した人種差別撤廃条約第四条に従って、人種差別や外国人排斥を容認したり助長するような公務員の発言に対しては、断固として非難し、反対するべきである」と、人種差別禁止法を制定すること、国内人権委員会を設立することなど多くの勧告を行なった。二〇〇八年、国連人権理事会は日本政府に対して人種差別等の撤廃のために措置を講じるよう勧告した



2001年の勧告はつぎのようなもの

 二〇〇一年三月二〇日、人種差別撤廃委員会は日本政府に対して次のように勧告した。

「委員会は、本条約に関連する締約国の法律の規定が、憲法第一四条のみであることを懸念する。本条約が自動執行力を持っていないという事実を考慮すれば、委員会は、特に本条約第四条及び第五条に適合するような、人種差別を非合法化する特定の法律を制定することが必要であると信じる」。

「委員会は、本条約第四条(a)及び(b)に関し、『日本国憲法の下での集会、結社及び表現の自由その他の権利の保障と整合する範囲において日本はこれらの規定に基づく義務を履行する』旨述べて締約国が維持している留保に留意する。委員会は、かかる解釈が、本条約第四条に基づく締約国の義務と抵触することに懸念を表明する。委員会は、その一般的勧告七(第三二会期)及び一五(第四二会期)に締約国の注意を喚起する。同勧告によれば、本条約のすべての規定が自動執行力のある性格のものではないことにかんがみれば、第四条は義務的性格を有しており、また人種的優越や憎悪に基づくあらゆる思想の流布を禁止することは、意見や表現の自由の権利と整合するものである」。

「人種差別の禁止全般について、委員会は、人種差別それのみでは刑法上明示的かつ十分に処罰されないことを更に懸念する。委員会は、締約国に対し、人種差別の処罰化と、権限のある国の裁判所及び他の国家機関による、人種差別的行為からの効果的な保護と救済へのアクセスを確保すべく、本条約の規定を国内法秩序において完全に実施することを考慮するよう勧告する」。

 第一に、第四条(a)(b)の留保は条約の基本的趣旨を台無しにしてしまうことが指摘されている。

 第二に、日本政府は第四条(a)(b)の適用を留保しているが、第四条本文の適用を留保していない。にもかかわらず、第四条本文の適用も誠実に行っていない疑いがある。

 第三に、人種差別撤廃委員会では、表現の自由と人種差別扇動規制の両立が語られている。筆者も、人種差別撤廃委員会の審議において、委員による「人種差別扇動を処罰することこそが表現の自由の保障につながる」という趣旨の発言に目が覚める思いがした。この点は今後議論を深めるべき課題である。




この条約を批准したと言うだけでは「絵に描いた餅」、実際に差別を処罰する法律をもうけなければ、差別を撤廃する実効性が無いに等しい、この条約の意味がない。ヘイトクライム禁止立法は義務的性格を有する、と人種差別撤廃委員会は言っています。

立法したからと言って直ちにヘイトクライムが無くなるわけではありません。それは殺人罪をもうけても殺人が無くならないのと同じです。しかし殺人罪があるから人々は殺人は犯罪である、という認識を社会で共有するわけです。
日本では差別はよくないこととは思ってても、犯罪であるという認識は低いです。
ヘイトクライム禁止を法制化することで、差別は犯罪であるという社会共通の認識が生まれるのです。
差別が犯罪として処罰対象になることで、これまでは差別被害に耐えるだけだったマイノリティが法の保護下に置かれます。これは大きいです。

そしてヘイトスピーチの禁止は「意見や表現の自由の権利と整合する」だけでなく、表現の自由を保障するものとなるでしょう。
少なくとも差別罵倒のクラスタを恐れて口をつぐんでいたマイノリティが、もう恐れずに発言できるようになります。


ところで、現実問題として、今の日本政府が勧告を尊重してヘイトクライム禁止法に乗り出すとはとても思えません。だって、石原氏のような有名政治家が「三国人発言」などのあからさまな差別発言をしても、政府や国会はその責任を追及しようともしない国ですから、勧告無視を決め込むに決まっています。「人権後進国」たる所以ですね。

(1)でも述べましたが、政界の中枢にはびこる歴史修正主義が嫌韓、嫌中をはびこらせる大きな要因ともなっています。
また、反原発デモや麻生リアリティツアーでの不当逮捕や、立川反戦ビラ配り事件などの表現の自由に対する不当弾圧がある一方で、在特会の暴挙を警察が見て見ぬふりしている現状を見ると、日本では表現の自由が非常に尊重されているといわれてもなにかのギャグとしか思えません。国が不作為によってヘイトクライムを後押ししていると言える現状です。
そのような国に、果たしてまともな立法が期待できるでしょうか。

もしヘイトクライム禁止法を立法したとしても、それを権力側に悪用される恐れは十分にあります。
実際、人権擁護法案ですら逆に人権弾圧に利用されかねない内容の法案でした。
過去、同和問題で見られた逆差別、言葉狩り、という問題も懸念されます。

しかしこのような悪用の恐れがあるからと言って立法すべきでないとは私は考えません。
ヘイトクライムは処罰に値する立派な犯罪であるという認識を私たちの社会は共有しなくてはならず、そのための立法は不可欠だからです。

ですから私たちの人権感覚を日頃から磨いていく=国民の不断の努力(憲法12条)が、権力の悪用を招かないためには絶対に必要なのです。
どのような内容の法にするのか、そしてどう運用するのか。諸外国の場合に比して、私たちは国に対し最大限の監視と警戒を怠らないようにしなくてはいけません

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