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サッチャー元首相死去 朝日に深谷コメント

 永年お世話になってきた紀文の保芦社長夫妻と会食し、すっかりご機嫌で帰宅する直前、朝日新聞の社会部記者から電話があった。

 「イギリスのマーガレット・サッチャー元首相が、今日(4月8日)の午前に死去しましたが、コメントを頂きたい」と言うのである。

 なんで私に?と訝しく思ったら、「1988年、中曽根元首相と一緒にサッチャー夫人にお会いになった、その時の印象をお聞きしたい」と言うのである。

 私自身すっかり忘れていたことをどうして知っているのかと尋ねると、貴方が朝日出版社から出した「ちょっとアメリカ 急ぎヨーロッパ」に書かれているからと言う。新聞記者の取材能力の高さにびっくりした。

 「ちょっと待ってください。今自宅前ですから、すぐその本を読んでみます・・」。電話取材だったが40分以上に及ぶ入念なものであった。

 翌朝の朝日新聞(4月9日朝刊)の社会面(38面)記事は以下の通り。

 「自民党の深谷隆司元通商産業相(77)は88年、中曽根康弘元首相の訪欧に随行し、サッチャーさんとロンドンで会談した。最悪の状態だった英国で、抵抗を乗り切ってやるべきことをやりきった。あれ以降、世界的に評価される政治家が居なくなったと感じる」。

 拙著を見ながら随分色々の事を語ったが、長い取材でも記事になるとこんな短いものになる。まあ、天下の朝日新聞、記事に出るだけでもいいか・・・。



 この拙著「ちょっとアメリカ、急ぎヨーロッパ」は1989年に出したもので、私にとって4冊目の本である。珍しく家内との共著である。

 第1章は「代議士妻の聞き書き」で、アメリカを訪問した私の話を、彼女が克明にまとめている。第2章が「亭主からの便り」で、中曽根康弘元首相に同行してヨーロッパを旅した道中記、妻へ送った手紙風に書きあげているが、その中でサッチャー首相が登場しているのだ。

 ヨーロッパ最初の訪問地はドイツベルリンで、ここで開かれた「日欧会議」で中曽根氏が英語で講演、その後、西ドイツのコール首相と会談した。193センチ、110キロを超える巨人に抱擁された印象を書いている。

 まだ東西ベルリンが、いわゆる[東西の壁]で分かれていた時代である。高さ2メートルから4メートルの壁が実に延長45キロも続いていたが、私達は東ベルリンにも入って「ポツダムの家」等を訪れた。

 ポツダム宣言は、対日戦争の終結や戦後の処理方針を、米、英、中で決め3首脳の名で発せられている。(スターリンも参加しているが、この時は宣戦布告前で署名はしていない)

 9月19日、ダウニング街10番地の首相官邸でサッチャー首相と面会となった。

 「鉄の女」と言われていたサッチャー首相だが、63歳になろうとしているのに若々しく、上品で色白の美しい人であった。握手をしたがその優しいぬくもりを今でも覚えている。当時、政権の座にあって9年、今世紀に入っての英国史上在任最長記録であった。

 英国は「ゆりかごから墓場まで」と社会福祉政策を続けたが、国の財政や経済の動向を無視して進めたために、完全に行き詰まり、又労働組合も年中ストを繰り返し、いわゆるイギリス病と言われる不名誉なレッテルがついていた。

 サッチャー首相はこうしたイギリスを再生させるために、強力なリーダーシップで敢然と立ち向かい、次々と改革に向けて強力な政策を断行した。その結果、国内生産などマイナスから3%以上の成長となり、ストも激減した。

 病めるイギリスを回復させるためには従来の惰性を排除し、時にはねつけて進まねばならず、どうしても多くの敵も作らなければならなかった。

 1950年、彼女は最初の選挙で落選している。しかし、この浪人時代に結婚し、出産し、妻と母の役割を全うし、更に弁護士の資格まで取ったのだから凄い。

 私も同席して1時間以上会談したが、当時、仏や西ドイツを中心にヨーロッパを統合しようと言う動きが活発であったが、この動きに対して、かなり批判的であった。「政治面を含めた欧州統治は空虚なおとぎ話、私が生きているうちは、絶対実現することはない」と明言していた。今のEUの混乱した状況を思うと、さすが先見性があったと驚かされる。

 イギリスでは、キッシンジャー元米国務長官、ジスカールデスタン前仏大統領との会談も行われたが、世界的政治家の謦咳に触れることが出来、私にとって忘れられぬ旅であった。

 この後スウェーデン訪問などを訪ね国王との会見なども予定されていたが、天皇陛下のご容態が悪いとのことで急遽帰国となった。



 あれから25年、サッチャー夫人87歳、その訃報に心が痛む。01年には脳卒中で倒れ、08年には認知症を患って、彼女を支えた御主人の逝去も分からなかったという。テレビの追悼番組で、年老いた痛々しい彼女の姿が度々映し出されたが、一番良き時代の姿を身近で見ただけに悲しい。

 当時、サッチャー夫人を評して、「愛されてはいないが信頼されている、好ましく思われてはいないが尊敬されている」と言われていた。誰からも好かれる政治家はいない。本来、政治家はかくあるべきものと、当時の私は書いている。

 世界の中の、歴史に残る偉大な政治家サッチャー夫人を、今、しみじみ思い浮かべている。   合掌

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