記事

被差別ジャンルとしての漫画~知られざる「図書館戦争」~

先週、古巣のeBookJapanが電子コミックとタブレットのセット販売サービスを発表しました。

eBookJapanが電子漫画とタブレットをセット販売、漫画家・六田登の新作も
eBookJapanのサイトではME172Vに特定のコミック作品の全巻セットをバンドルして販売することも発表された。『手塚治虫全集(全400巻)』+ME172V(103,050円)、『島耕作シリーズセット(全73巻)』+ME172V(42,040円)、『梶原一騎セット(全64巻)』+ME172V(34,031円)など25種のセットを用意し、名作コミックをまとめて楽しめ、個別に購入する場合と比べると約1万円~4万円ほどもお買い得なセットとなる。


ASUS社が3月23日に発売した新タブレット『ASUS MeMO Pad ME172V』にバンドルされた電子コミック全巻がまとめて楽しめるようです。

実は、端末に電子コミック全巻を入れてしまおう、という企画自体は、今から10年近く前からありました。
月に5,000円ぐらい大人買いするヘビーユーザー向け企画であることはもちろんですが、メインターゲットは個人ではなく学校や図書館といった公共施設でした。

なぜなら、図書館には漫画がないから

全国的にみても、図書館とは漫画を置かないものです。置いてあるごく一部の図書館でも、手塚治虫などの名作や地元出身の漫画家作品だけ、といったところが多い。小説を中心とした活字の本はたくさん扱っているのに、小説以上に売れている漫画は置かれていないんです。

私が以前、電子図書館事業を担当していたとき、何人かの図書館関係者に理由を聞いてみました。図書館業界としての公式見解ではなく、あくまでも個人の意見を伺うと下記のような答えが返ってきました。

1.予算不足
図書館購入費は市町村ごとに決められており、都心回帰現象で税収が増えている都市部の中央図書館は別にして、ほとんどの図書館では図書館購入費が年々削られる一方です。限られた予算の中から、リクエストが多く高い貸出率が見込める人気作家のベストセラー新刊を中心に書籍を購入します。さらに、定期購入している雑誌を入れると、漫画を購入するお金がなくなってしまうそうです。
とりわけ少年漫画は、人気シリーズともなると長編になり巻数が多くなるので、お金も棚のスペースも食う。そんなところからも図書=書籍が優先されるわけです。

2.製本の問題
日本の書籍のハードカバーの製本技術は世界有数のレベルにあります。一方で、子供が安く買える値段に設定された漫画は、ハードカバーと比較すると製本がさほどしっかりしてません。漫画を購入しても、子供に何回も貸し出されるうちに途中のページが抜けたりして、補修したり貸し出せない状態になってしまうことが多い。限られた図書購入費と図書装備費を考えると、頻繁に取り換えることはできません。

3.盗難の問題
特に人気漫画の場合、借りた漫画をまた貸しされたり、古本屋に転売されたりして、二度と図書館に戻ってこない割合が高いそうです。書店やブックオフで中高生に漫画が盗まれるのと同じ理由でしょう。

4.差別意識の問題
図書=書籍のイメージが強いせいか、人気があるとはいえ、文芸小説等の書籍に比べると漫画の地位は高いとはいえません。今でこそ、映画やアニメ、キャラクタービジネスの源流となるメインカルチャーともいえる漫画ですが、「漫画は図書館に置くに値しない」と考える偉い人は昔も今も多いのです。


出版業界においても、漫画に対する差別意識は存在します。毎年、取次から発表される年間ベストセラーからメガヒット漫画が除外され続ける一方で、さほど売れない文芸ジャンルは今も花形。出版不況にもかかわらず毎年のように出版社に押し寄せる編集者志望者も漫画より文芸志望者の方がはるかに多い。芥川賞や直木賞の受賞作は新聞・テレビで大きく報道されますが、マンガ大賞や手塚治虫文化賞はどうでしょうか?


●漫画を読むすぎると馬鹿になる?

かつて、大の漫画好きで知られ国際漫画賞創設者でもある麻生太郎元首相が答弁の際、漢字の読み間違いを頻発して首相の資質を問題視された頃、週刊誌はこんなふうに麻生氏を揶揄しました。

「太郎よ、もう漫画を読むのはやめておけ」

出版社には、幼少時から遊んだり漫画を読んだりする時間を削り教科書や難しい書物でお勉強してきた、東京六大学や国公立大学の文学部出身者が多い。ある意味、文学部OBリーグともいえそうな出版業界は、大人になってまで本ではなく漫画を読む人間を一流と認めがたいのかもしれません。経済通ながらも短命に終わった麻生政権が、不況を乗り越えて長期安定政権を築いていたら、週刊誌の評価も変ったのでしょうか。

伝統的に漫画は、売れるジャンルであるけれど地位が低い、子供やブルーカラー向けジャンルとされてきました。メディアやビジネスの世界で、クールジャパンの象徴のように持ち上げられてきた漫画は、国内の被差別ジャンルだったわけです。

とりわけ「役所」や「教育関係者」の世界において漫画は、反教育的で低俗なものとみられがちです。本来図書館とは情報を得る場所と位置付けられてきたので、絵で楽しむ娯楽である漫画は置く価値があるのか?という議論が役所側からも教育関係者側からも行われてきました。業界問わず、読書家のインテリたちから、漫画は同じ絵であっても芸術ではなく安い娯楽だと差別されてきました。

なぜ世界一の漫画大国とされる日本の大学に、文学部や芸術学部があるのに漫画学部がなかったのか?
なぜ大学図書館や美術館には漫画が置いていないのか?

以前、京都精華大学で日本初のマンガ学部を創設した、京都国際マンガミュージアムの牧野圭一国際マンガ研究センター長にインタビュー取材して、疑問をぶつけたところ、こんな答えが返ってきました。

マンガを大学で学ぶ学問にすることに対する圧力は、外側より内側からの圧力が強かった。芸術や美術の世界の中では、マンガは上層文化ではなく、文化になりきれなかった底辺の文化。洋画の肖像とマンガの似顔=カリカチュアはそもそも成り立ちが異なるもの。いままでの大学界の古典的文化のリーダー層はマンガ=のらくろ世代でした。旧来の美術の先生方からすると、そこにマンガという異物が入ってくるのはとんでもないこと。

いまだにマンガ学部という看板を掲げて授業を行っているのは京都精華大学だけ。他の大学でもマンガ分野こそあるがそれは「マンガ学部」のような独立した存在ではなく、文学部であったりメディア学部という他の名前の下に置かれているに過ぎない。それは大学という象牙の塔の中に、ある種の抵抗があったから。マンガを下層な文化と決め付け「文字」を上位に置いているからでしょう。



皮肉なことに、インテリ層から下層文化従事者として虐げられた漫画家や編集者たちのハングリー精神が、映画や文芸小説のように大人も唸らせる漫画創作へと昇華した結果、高度なストーリー漫画や劇画が次々に生み出され、世界一多様な漫画文化とともに巨大な漫画産業が日本に出現したそうです。


●ゲゲゲの国民栄誉賞

こうした傾向は出版業界だけではありません。漫画売上が8割以上を占める電子書籍の世界でも同様です。紙が売れなくなってきた書籍出版社ではなく、依然として売れ続ける漫画を持つ出版社の方が積極的に電子化を推し進めてきました。

そして、電子化による書籍や雑誌の未来をただ語るだけの人々が市場規模とともに年々増えているのに対し、売れ筋である電子漫画の未来を語る人はほとんど増えていません。

各業界でのこんな差別意識が背景にあるため、図書館側は漫画に資料や情報としての価値を認めていないのかもしれません。今でこそ日本を代表するコンテンツビジネスやメインカルチャーとしての漫画が定着しましたが、教育文化行政の世界においての地位は低いまま。漫画は低俗なものに過ぎないとの考え方は、未だ根強いわけです。


図書館や大学など教育施設に漫画が置かれない理由として、予算、製本、盗難の問題はもちろんありますが、漫画に対する差別意識の問題も大きいんじゃないでしょうか。

予算、製本、盗難の問題は、モノがないため安あがりでスペースもとらない端末貸出サービスや電子図書館サービスが導入されれば改善されるはずです。となると、残るはインテリの人々たちに根強い差別意識の問題でしょう。

インテリの意識を変えるには、漫画や漫画家に対する権威づけしかありません。

今月、『ゲゲゲの鬼太郎』の原作者で知られる水木しげる先生は、91歳の誕生日を迎えました。
平成になってから、ゲゲゲの鬼太郎は5度目のアニメ化につづいて実写版映画が大ヒット。水木先生の奥さんが執筆した自伝小説「ゲゲゲの女房」がNHK朝の連続ドラマ化されて国民的な人気を呼び、映画化されたことも記憶に新しい。そして年間数百万人もの国内外の観光客を故郷、鳥取境港市に集める比類なき町おこしの仕掛け人でもあります。

その評価は海を越え、2007年には、太平洋戦争の惨状を描いた『総員玉砕せよ!』で、アングレーム国際マンガフェスティバル「遺産賞」を受賞しています。日本ではさほど知られていませんが、同フェスティバルは欧州最大級の漫画祭で「ノーベル漫画賞」のような存在。太平洋戦争で片腕になった水木先生は激動の昭和と平成を生き抜いて国内外に話題を提供しつづける人間国宝級の漫画家であり、世界のクロサワ、世界のキタノに並ぶ、世界のLivingHistory Mizukiなのです。


フランス語版『総員玉砕せよ!


多くの日本人に影響を与えた「マンガの神様」手塚治虫や石ノ森章太郎、赤塚不二夫ら戦後漫画史を築いた巨星亡き今も、水木しげる先生は漫画界の生ける伝説としてご活躍中です。とはいえ、水木先生もまたその功績にふさわしい評価を国内で受けていないまま。

妖怪を描き続けた先生は、残念ながら不死の妖怪ではなく生身の人間です。永遠の命があるわけではありません。水木しげるファンとしての個人的願望も入っていることは否めませんが、存命中の漫画家としては初の国民栄誉賞が水木先生、しいては漫画界に捧げられることを期待しています。

国民栄誉賞の現選考メンバーのみなさま。
その多くの方は何かの漫画を読んで育ち、漫画から何かを学んだり刺激を受けながら現在の地位を築かれたのではないでしょうか。国民栄誉賞という形を借りて、多大な貢献の割に虐げられてきた漫画の名誉と地位の向上を果たしませんか?

水木先生のような巨匠への授与に対して、異議を申し立てたり反発する人はそう多くはないんじゃないかと思います。万一、燻っていた火種から昔と変らぬ議論が再燃したとしても、水木先生がこう諭してくれることでしょう。

けんかはよせ。腹がへるぞ


リンク先を見る
けんかはよせ 腹がへるぞ―水木しげるの妖怪名言集 [単行本]

あわせて読みたい

「マンガ」の記事一覧へ

トピックス

ランキング

  1. 1

    田原氏 野党は安易な反対やめよ

    たかまつなな

  2. 2

    倉持由香 初の裸エプロンに感激

    倉持由香

  3. 3

    ベテランは業界にしがみつくな

    PRESIDENT Online

  4. 4

    社民党分裂 背景に立民の左傾化

    音喜多 駿(参議院議員 / 東京都選挙区)

  5. 5

    世界も注目 鬼滅映画の大ヒット

    木走正水(きばしりまさみず)

  6. 6

    安倍前首相の嫉妬が菅首相脅威に

    文春オンライン

  7. 7

    のん巡る判決 文春はこう考える

    文春オンライン

  8. 8

    数字を捏造 都構想反対派の欺瞞

    音喜多 駿(参議院議員 / 東京都選挙区)

  9. 9

    小沢一郎氏は共産党の用心棒役か

    赤松正雄

  10. 10

    見直し当然?野党ヒアリング紛糾

    BLOGOS しらべる部

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。