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【佐藤優の眼光紙背】ロシア人政商ベレゾフスキーの不審死

アブラモビッチ氏と法廷闘争を繰り広げていたボリス・ベレゾフスキー氏。(2012年8月、AP/アフロ)
 3月23日、英国ロンドン郊外(アスコット)の自宅で、亡命ロシア人の政商ボリス・ベレゾフスキー氏(67歳)の遺体が見つかった。

英メディアによると、ベレゾフスキー氏のボディーガードが浴室で遺体を見つけた。同氏は、英国で2006年、放射性物質「ポロニウム210」を盛られて亡くなったロシアの元情報将校、アレクサンドル・リトビネンコ氏の後見人。英警察が調べたところ、ベレゾフスキー氏の自宅からは、放射性物質などは検出されなかった。

 ベレゾフスキー氏は昨年、親プーチン政権の富豪アブラモビッチ氏との法廷闘争に敗れ、巨額の債務を抱えた。また、ここ数年、複数の過去の経済事件を巡ってロシア検察当局などから捜査を受け、横領罪などで本人不在のまま実刑や財産没収の判決が言い渡されていたと伝えられている。

 同氏の弁護士はロシアメディアに、借金を巡って絶望した末に自殺したとの見方を示した。一方で、同氏の友人は自殺説を強く否定している。ロシア国営テレビは、プーチン大統領のペスコフ報道官の話として、ベレゾフスキー氏が2カ月ほど前、プーチン氏に許しを請い、ロシアへの帰国許可を求める書簡を送ってきていたことを明かした。(3月24日『朝日新聞デジタル』)

 英警察は、3月25日、<首をつって死亡したとの検死結果を発表した。他人と争った形跡はなかった。今後も毒物などの検査は続けるという。>(3月27日朝日新聞デジタル)。英露関係は良くない。特に英国のインテリジェンス機関には、KGB(ソ連国家保安委員会)出身のプーチン露大統領に対する忌避反応が強い。それだから、英国は、ベレゾフスキー氏の死因について、自殺の可能性が強いとしつつも、暗殺の含みを残して、プーチン政権に対する不信感を国際的に煽るであろう。

 筆者は、ベレゾフスキー氏と1996年に一度だけ会ったことがある。当時、ロシアではオリガルヒヤ(寡占資本家)と呼ばれる8人の政商が絶大な権力を握っていた。クレムリンの深い情報をとるためには、寡占資本家との人脈が不可欠だった。筆者は、チェチェン情勢が北方領土交渉にも大きな影響を与えると考え、安全保障会議副書記として、この問題に深く関与しているベレゾフスキー氏の考えを知りたいと思った。あるときベレゾフスキー氏に親しい改革派の政治家に連れられ、筆者はモスクワのパブレツキー駅のすぐそばにある同氏の宮殿を訪れた。外見は黄土色の古い建物だが、内側はクレムリンの大統領執務室のような造りになっていた。ベレゾフスキーは当時、泥沼化したチェチェン問題をマフィアや中東の人脈を用いながらチェチェン独立派の主張を最大限に尊重し、折り合いをつけて軟着陸させるというシナリオを筆者に話した。その後の事態の推移はこのときベレゾフスキー氏が語った通りになった。

 このときできたチェチェン絡みの人脈が、後にベレゾフスキーがロシアから追われる理由になった。プーチン氏は寡占資本家の支援を得て大統領になった。プーチン大統領の対チェチェン政策は、モスクワの統制に服さないチェチェン人を徹底的に殲滅するという方針だった。チェチェン独立派と折り合いをつけるというベレゾフスキー路線は、プーチン政権によって全否定された。

 さらに大統領に就任後、半年くらい経ったところでプーチン氏は政治に介入する寡占資本家に対しては徹底的に弾圧を加えた。プーチン大統領は、ベレゾフスキー氏の盟友だったアブラモビッチ氏を取り込み、ベレゾフスキー氏を破産に追い込んだ。

 チェチェン問題を扱ったロシアの国策映画『認識番号』(2004年12月公開、邦題は『大統領のカウントダウン』で2006年3月に公開された)に、チェチェン独立派、アラブのテロ組織を背後で操って、モスクワで人質事件を起こし、ロシアの政権に打撃を与えようとするロンドン在住のポクロフスキーという寡占資本家が出てくるが、明らかにベレゾフスキー氏をモデルにしている。この映画のスポンサーは、アブラモビッチ氏がつとめた。より正確に言えば、反ベレゾフスキー映画のスポンサーになり、旗幟を鮮明にしなくては、アブラモビッチ氏も弾圧される可能性があったということであろう。

 ベレゾフスキー氏が暗殺された可能性を完全に否定することはできない。しかし、カウンターインテリジェンス能力の高い英国で、ロシアの公権力が暗殺に関与するのはリスクが高すぎる。さらに、武器商人やチェチェンやロシアのマフィアと錯綜した利害関係を持っていたので、その関係者による暗殺の可能性もある(筆者は2006年、英国で猛毒の放射性物質「ポロニウム210」を盛られて殺害されたリトビネンコ氏は、この種の抗争に巻き込まれたと見ている。また、ロシアのFSB[連邦保安庁]やGRU[軍諜報総局]の下級職員には、武器商人に取り込まれている者がいる)。

 ベレゾフスキー氏はドストエフスキーの小説の登場人物のような自己破壊衝動を持っていた。過去にもスノーモービルの暴走で瀕死の重傷を負ったことがあり、一時期は女子学生との恋愛に情熱を注ぎ、仕事を放り出したこともある。盟友であるアブラモビッチ氏に裏切られ、財産を失うのみならず、巨額の借財を抱えることになったベレゾフスキー氏が自己破壊衝動によって自殺すること自体に筆者は意外性を感じない。(2013年3月27日脱稿)

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プロフィール

佐藤優(さとう まさる)
1960年生まれ。作家。1985年に外務省に入省後、在ロシア日本大使館勤務などを経て、1998年、国際情報局分析第一課主任分析官に就任。 2002年、鈴木宗男衆議院議員を巡る事件に絡む背任容疑で逮捕・起訴。捜査の過程や拘留中の模様を記録した著書「国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて」(新潮社、第59回毎日出版文化賞特別賞受賞)、「獄中記」(岩波書店)が話題を呼んだ。
2009年、懲役2年6ヶ月・執行猶予4年の有罪判決が確定し外務省を失職。現在は作家として、日本の政治・外交問題について講演・著作活動を通じ、幅広く提言を行っている。近著に、「新・帝国主義の時代 - 左巻 情勢分析篇」、「新・帝国主義の時代 - 右巻 日本の針路篇」がある。

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