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反韓デモは"警察に守られたストレス発散"〜3.11後のデモを考える〜

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反韓国デモの実態

山本:続いては、日本にデモは根付くのかということについて話していきたいと思います。安保闘争、脱原発デモと社会現象にまで発展したデモ。このデモというムーブメントは日本に根付くのでしょうか?その後、新たなデモは起こっているのでしょうか?

五野井さんは取材で新大久保に足を運ばれた時に、反韓国デモを目撃されたそうですけど、どんな様子だったのでしょうか?

五野井:地上波のテレビなどでは放送できないような罵詈雑言がたくさん流されたり、プラカードも含めて掲げられたデモでした。それこそ、太極旗(※韓国の国旗)を引きずったりしていて、それはちょっと礼儀にかけるのではないかと思っています。

他にも、非常に問題だと思ったのは「良い韓国人も、悪い韓国人も殺せ」とか「首吊りをしろ」といったようなことを、平気で掲げるようになっていること。私自身、リベラルであり、保守でありますけど、保守の立場として、これは受け入れられない。マナーどころの話ではありませんね。こういうことが起きてしまっているというのが、大変残念なことだと思っています。

鈴木:「死ね」とか「首を吊れ」というのをネットで言ったら、逮捕されていますよ。なのに、なぜこれができるんですか?おかしいですよね。

五野井:そういうことなんですよね。ドイツ、イギリス、カナダなどの国々では、こういうことを“ヘイトスピーチ”という風にいいます。もちろん、鈴木さんがおっしゃったように、日本では、こういった事をネットに書いたら捕まりますけども、海外では、禁固5年から懲役12年まで、非常に長い刑が科せられる様になっております。日本では、こういうことが路上でまかり通っているというのが、大変危惧されるところであります。

須田:彼らは何を求めているんですかね?

五野井:それは鈴木さんにお伺いしたいんですけど、これは国益を求めているんですかね?違いますよね?

鈴木:ただ個人的に嫌いなんじゃないですか?自分たちに仕事がないのは、韓国の人間に特権が与えられているからだと。自分たちが抑圧されているんだと。「そういう外国人はみんな日本から出て行け」みたいなことを言っているんですよね。

かつては、そういうことを言うと「はしたないな」というのがあったじゃないですか。それが今では、そのはしたない部分をもろに出せるようになった。これは、ネット社会の良い点でもあるし、悪い点でもありますよね。このデモは、その悪い点が一番表面化されたんじゃないですかね。

右翼の演説も、恐いと思うかもしれないけど、こういう差別的なことはやらないんですよ。ちょっと下品ですよね。それでこれがまた世界中に流れるわけだから、「日本の右翼はなんでこんなに下品なんだ」ということになっちゃうし。日本の右翼じゃないんですけどね。

須田:要するに「嫌いだ」ということを表明したいデモということですよね。それは、デモと呼べるんですかね?

鈴木:そうですよね。

五野井:ただこれは、ちゃんとデモ申請を警察に出して、通った上で行われているので、デモではあるわけですね。ただし、彼らは“行動する保守”と言っていますけど、保守というのは、鈴木さんがおっしゃるとおり、ちゃんと品格を持って、変えるべきものは変える、守るべきものは守るという立場であるべきです。

私自身、保守に共感する部分はたくさんありますけれども、彼らがやっていることは、ただの“反動”です。反動というのは、気にいらないことがあったりとか、イライラしたりとか、ムカツイたら、それに対して、ただ反発をする。それだけなんです。だから、保守の名を借りるということ事態が、非常に憂慮すべき事態だと思いますね。

山本:官邸前デモは、マナーがいいと言われていましたけど、反韓国デモとは別のものだということでしょうか?

鈴木:僕は、別のものだと思います。同じデモといっても違いますよね。デモの申請っていうのは、結構難しいんですよ。ここを曲がっちゃいけない、アレをしちゃいけないとかうるさいんです。本当は、こういうヘイトスピーチみたいなものは許されないはずなんですけど、警察は大目に見ているんですよ。

それはなぜかというと、同じようなことを街宣車の右翼の人たちがやると捕まりますよね。彼らにやらせているというのは、それによって「ほら見ろ!これだけ問題が起きているんだ」と。「それを俺たちは大きくならないよう、未然に防いでいるんだ」と。警察、特に公安の思惑があるんですよね。

デモのあるべき姿とは?

須田:官邸前デモで考えると、デモを起こした動機として、「安全安心な国土を実現したい」とか「自分の子供や孫が安全に暮らせる国土を残したい」というものがあるじゃないですか。一方で、反韓国デモを起こした在特会(※在日特権を許さない市民の会)には、どのような動機があると思いますか?

五野井:ある種のストレス発散。わかりやすく言えば“カラオケ”みたいなものですよね。しかも、それを警察に守ってもらってやっているわけですから、非常に安全で、彼らはのうのうとできますよね。

本来なら、人前で言ったら絶対に殴られるようなことも、警察に守られているから平気で言える。しかも、彼らはなぜかよくわからないですけど、官邸前の抗議に対して、カウンターデモをやったりして「原発推進だ!」という風にやっている。そこもまた不思議なとこなんですよね。

鈴木:原発推進のデモもやっていましたよね。

五野井:実はそれが、今回のテーマである脱原発デモと在特会をつなげる接点でございまして。

須田:韓国・中国に対して、嫌悪感を表現していくデモと、原発推進というのは、なんの結びつきもないし、思想性も見受けられないんですけど。

鈴木:在特会の人たちは、デモに行くことで、「自分たちが国家だ」と。巨大なロボットになっている気持ちになるんですよね。それで「中国をやっつけろ!韓国をやっつけろ!」と。そういう心地よさみたいなものがあるんじゃないですか?

大谷:先ほど、デモは何をゴールとしているのか?誰に対して行なっているのか?という感想を申し上げました。良いデモと悪いデモがあるのかどうかはわからないですけど、自分の主張を訴えていくものがデモだとしたら、今回の反韓国デモは、ちょっと違うんじゃないかという印象があります。お二人は、どのようなものがデモのあるべき姿だと考えていますか?

五野井:それは、右も左も普通の人々のデモも含めて、自分の訴えたいことを訴えるということですね。ストレス発散とかそういったものではないわけです。一番分かりやすい点でいえば、沖縄の問題などがあると思います。

沖縄は、日本に返還される前も、返還された後も、戦後ずっとデモが途絶えなかった唯一の地域。沖縄のデモを見ればみなさんお分かりになると思いますけども、真剣なんですよ。別にストレス発散であったりとか、自分の中のモヤモヤした気持ちをぶつけるためにやるものとは違うんです。しかも、フランスの国民戦線(※フランスの極右政党)なんかも非常にマジメなデモを行なっていますよね?

鈴木:そうですよ。フランスの国民戦線って、日本では極右って言われているじゃないですか。だから、スキンヘッドの連中がやっているんだろうと思っていたんですけど、30周年大会に招待されていったら、みんな国会議員なんですよ。

僕が「一水会代表で来た」と言ったら「一水会は国会で何議席持っていますか?」と聞かれて。レベルが違うんですよ。ただ、彼らが色々なデモをやって、「誰でも参加していいですよ」というと、スキンヘッドの人達がたくさん入ってきて、メディアのカメラマンはおもしろいから、そういう人達ばっかり映す。だから、僕らが勘違いしちゃうんですよ。

日本でも、8月15日に靖国神社へ行くと、旧日本軍の服を着たり、サーベル抜いたりするような人がいるでしょ?それがおもしろいから、非日常的だから、世界中に発信すると「まだ日本は戦争やろうと思っているのか」と。そういう風に誤解されるのはたまらないですよね。

そういうのはおもしろいし、取り上げられるから、勘違いされてしまうというのはありますよね。元々、きちんと取り上げなくてはいけないものだし、きちんと話し合う場がないとダメですよね。

デモは国に届くのか?

須田:五野井さんも専門だと思うんですが、私も、ニューヨークのオキュパイ・ウォールストリートの取材を定期的に行なっているんですよ。アメリカ人にとって、極めてショッキングなリーマンショックという出来事が起こって、価値観が喪失。「これは大変だ」といって、オキュパイ・ウォールストリート、そして大衆からの支持があった。

ただ、主張しているところは、格差解消であるとか、金儲けをしているウォールストリートの連中を叩き潰せみたいなところで始まったんだけど、徐々に大衆の支持を失っていって、現在は沈静化しているのが実態なんですね。それで、彼らと話をしていた驚いたのは、金融機関救済のために使われた公的資金は、金利をつけて返済されているんですよ。返ってきたお金が税金だとするならば、利益が乗っかっているんです。そのことについて、オキュパイ・ウォールストリートのデモを行なっている人達は「えっ!?そうなんですか」と。状況認識がほとんどされていない。

やっぱりそういう形で、各運動が行われていくと、大衆はどんどん離れていってしまうのではないかなと、ニューヨークで取材をしていて感じましたね。デモが一般社会化していくためには、大衆との連動性というのがやはり必要なのではないかと思うのですが、いかがでしょうか?

五野井:今回の脱原発デモもそうですけれど、まずネット上で話題になって、それがお茶の間のテレビに出るようになるということは、ちゃんと支持があって、まともなものでなければならない。そのような点でいえば、一般の人が考えるような民意とずれたものは、当然発展していかないということになりますよね。

大谷:最近、おもしろい動きだなと思ったのは、杉並区でお母さん達がやっていたデモ。原則で言うと、選挙など自分の意見をいうような回路は一応用意されているというのが前提にあると思います。もしかしたら、デモをやっていって官邸を取り囲めば、主張を聞いてくれるかもしれない。直接行動のほうが、選挙よりいいんじゃないかというのが、行き過ぎて行くと、それはそれで問題ないのかなと思ったりするんですけども、そういった部分はいかがでしょうか?

五野井:確かに民主党政権の時には、みんなで国会や官邸前を取り囲んだ結果として、首相が(デモ側の人達に)会ったりとか、原子力安全保安院がマズイことやっているねということで、今の原子力委員会と変えていく。その時に、人事案が問題だとかあったわけですけど、そういうこともあって、国の脱原発政策に、デモが相当影響を与えたということがあるわけですよね。

ただ、日本のような代議制民主主義の国にとって、「デモ」は直接民主主義だから、代議制を飛び越えているんじゃないかという主張ですよね。それについては、難しい部分があると思います。

デモですべてが変わってしまったら、それは問題ですよね?

鈴木:革命ですよね(笑)

五野井:そうなんです。だけれども、現状、政治家が自分たちの声を聞いてくれない、取り込んでくれない。そうであれば、仕方ないから、どこかで自分たちの声を出さなければいけない。例えば、陳情であったり、憲法上では“請願権”というのがありますけど、事実上今、請願権といのはほとんど行使されていないわけですね。

そうであるなら、“請願”というものを、動く集会であるデモによって、国会の院外から院内へとつないでいくということが必要なのだと。そして、現状そうなってきています。

ネットがなければデモはもっと盛り上がった

須田:今、政治家は、野党問わず、二世、三世が多いじゃないですか。ある意味、二世、三世の国会議員って、既得権益の塊でしょ?その下に、県会議員がいたり、市会議員がいて。あるいは、後援会組織があったり、応援支援団体があったりして。

それから外れちゃった人達の主張を取り入れる仕組みが全くないんですよね。それに対する猛烈な不安があって、それがデモという形で発動されているかもしれないですね。

五野井:政治家に本当は届いて欲しいのに、なぜか届かない声をどうやって届けるんだろうと考えた時に、デモや直接行動や署名活動が、この2年間近く行われてきたのかなという感じはします。

鈴木:ただ、ネットのない時代だったら、もっともっとデモは盛り上がっていたと思うんですよ。ネットがあるために、「俺達はネットのほうでやっても同じじゃないか」と「ネットのほうが効果があるんじゃないか」と、どっかガス抜きになっているんじゃないかという気はしますよね。

「政治家は頼れないから、俺達がデモに行くしかないんだ」という切羽詰まった状態と今は違いますよね。かつては、「デモを暴動にしよう」とたくらんだ人達もいたわけですから。それで、フランス革命やロシア革命のようにやろうという人もいて。そういう風になるかもわからないと思うんですよね。みんな覚悟を決めて、捕まるかもしれないというようなデモはもうないと思いますし、必要ないと思いますけどね。

だから、デモの形が違うんですよ。昔のノスタルジーでやってはいけないと思うし。じゃあ、あくまでも言論の場だと言うならば、「他の手段もいっぱいあるじゃないか」みたいになっちゃって、デモの威力が薄くなっている部分はありますよね。

須田:外形的に見ても、60年安保、70年安保というのは“政権打倒”。選挙ではなく実力で打倒する方向に出てきた。ただそうなると、権力が徹底的に潰しにかかりますよね?今の官邸前デモがそういう行動に出た途端に、恐らく徹底的に潰される可能性もあると思いますよね。

五野井:そうであるなら、潰されないような形で、どうやって自分たちの主張を通して行くのかというのが、課題になってくるわけですよ。鈴木さんがおっしゃったように、過去の誠意的な路線から民主主義に乗っ取った話に変わっていっているわけですよね。

鈴木:それと、労働組合とかをみんな排除しているでしょう。本当はそういう人達が色々ルールを持っていて、人を集めたり、演出をしたりできるはずなんだけど、そういう人達が集まると一般のデモだと思われなくなるからというので、排除している。

また、かつて、学生運動に参加した人間が出てくると、すぐ公安が写真を撮って「ほら見ろ!震災右翼が裏でこんなことをやっているんだ!」と言って、政府にあげたりしているんですよ。そのせいで、新聞記者も異常にビビっている部分もありますよね。

須田:官邸前デモに対する最近のメディアの反応が非常に冷淡ですよね。それについては、私も大手の通信社や新聞社に「なんで取り上げないのか?」と聞いたんです。恐らく彼らは、震災右翼をイメージしているのだと思うんですけど、特定の党派性が出てくると、大手メディアは全部引いちゃうんですって。

五野井:現在、日本においては、国鉄もなくなりましたし、郵政も民営化されてしまったわけで、労働組合も非常に弱くなってきているわけですね。現状、ストライキも出来ないと。そういう中で、私たちに残されている手段は何なんだろうと考えた時に、デモというのは、右も左も関係ない政治の原理ですから。

ただ、今までさほどやってこなかったので、なかなかやり方がわからない。それが、この2年弱の間に、やっと動いてきたかなという感じなので、もっと長い眼で見てもいいのかなと思います。

日本にデモが根付くには…

山本:それでは、ユーザーのみなさんから頂いた質問をご紹介していきたいと思います。

大谷:愛知県の男性から。「デモは根付かないと思います。旬が過ぎたら、メディアも取材に行きません。どうやったら、デモは続いているとアピールできるでしょうか?」

五野井:必ずカレンダーの中に、イベントとして組み込むということですよね。必ずこの年の、この月にはこういうことがありますよと、1つのサイクルにする。そうすると、否が応でも忘れなくなります。それは私たちが、東日本大震災は3月11日と忘れてはいけないのと同じように、その時にあわせてやる。そうすると、風化しないでデモが根付くようになっていきます。

大谷:続いて、兵庫県の男性から。「なぜ、反原発が根付かないのか?理由は簡単で、一部の声の大きな人は原発嫌悪に主眼を置いたため、多くの人がついていけなくなった。疑問を感じ始めたということが大きな原因ではないかと考えます。本当にエネルギーのことを考えた場合、リアリズムをもって進めるべきだという風に、エネルギーについて知れば知るほど、考えるようになりました。リアリストが多くなったのではないでしょうか?」

やはり、具体的な代案であるとか、あるいは、見ている側・受け取る側もエネルギーについて色々な知識が出てきた結果、単に“反原発・脱原発”と叫んでいるだけでは、あまり前に進まないんじゃないかという感想だと思うんですけれど。

須田:“風化”という問題もあるけれども、大多数の国民の興味関心の向かう優先順位が変わってきたのかなと。

鈴木:それが一番大きいんじゃないですか。

須田:今は、経済問題。株高になってくると、そっちのほうばかりに興味関心がいって、原発問題が置き去りにされているんじゃないかなと思いますけどね。

五野井:さらに言うと、みんなイヤなものは見たくないですからね。今だって、みなさんご存知のように放射能は漏れているわけですし、汚染されております。この前NHKでも、ついに“核のゴミ”について特集が組まれていましたけど、青森県六ケ所村は今後どのぐらい持つのかと。せいぜい、3~4年ぐらいじゃないかと。そういったものを我々は直視したくないですよね。

リアリズムというお話がありましたけど、本当にリアリズムで考えた時には、どれを見なければいけないのか。やっぱりイヤなものも見なくてはいけないというのがリアリズムだと私は思います。

大谷:続いて、東京都の女性から。「私もデモに初めて参加しましたが、実際歩いてみると、デモ隊の脇を車が結構な速度で走ったり、いちいち信号で止まらされたり、とても歩きにくかったです。デモってこういうものなのでしょうか?」という質問です。

須田:3.11以降、恐らく一般の人にも“デモ”が出来るんだということに気がついたし、書店に行くと、デモのやり方が書いてあるHOWTO本が置いてあったりするんです。そういう点で言うと、これまでデモは縁遠いもので、自分にはほとんど無関係なものだったのが、身近な存在にはなりましたよね。

鈴木:ジョギングのような存在になるというのはいいですね。

五野井:金曜日の夜、必ず官邸前でやっているとか、数ヶ月に一度でもいいので、土日にどこかへ行ったら、誰かが声をあげているというぐらい一般的なものになったということですかね。

山本:散歩に行くようなノリで、デモに行こう…というんじゃ困りますよね?

五野井:気がついていくことが大事なので、最初はそういったノリでもいいと思うんです。ただ、それを何度もやっていくうちに、ただのストレス発散になってしまっては困りますね。

須田:ただのストレス発散という話が出たけれども、その一方で、表現の自由というのがあるわけですよね。私も新大久保の反韓国デモには、嫌悪感を持つんだけれども、それを誰が良いデモ・悪いデモ、許されるデモ・許されないデモを、決めるのか。これは今後、難しいテーマになっていくんじゃないですか?

五野井:フジテレビに対するデモもそうですし、新大久保のデモもそうですけど、リアリズムという点で考えてみましょう。例えば、日本は今、東京オリンピックを売りたいわけですよね。オリンピック開催地としてアピールしたい時に、世界では禁止されている「外国人は帰れ!」といったようなヘイトスピーチがまかり通っているのが、本当にリアリズムなんでしょうか。私は、決してそうではないと思います。

鈴木:そういう話をきちんと議論しなくてはいけないですよね。オリンピックに来た人に帰れと言うんじゃ、オリンピックに呼ぶ意味がないですからね。

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