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反韓デモは"警察に守られたストレス発散"〜3.11後のデモを考える〜

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ニコニコ生放送とBLOGOSがタッグを組んでお送りしている「ニコ生×BLOGOS」。今回のテーマは「脱原発はどこへ消えたのか?」

去年の夏、テレビや新聞など大手メディアが大きく報じた首相官邸前の脱原発デモ。番組でも去年8月23日に「官邸前デモは日本を変えるのか?」というテーマを取り上げましたが、半年が経ち、当時あれだけ盛り上がっていたデモも、今ではすっかり聞かなくなってしまいました。一時はムーブメントとなっていたデモの熱気はどこへ消えたのか?その原因はなにか?この半年のデモの動きを振り返りつつ、これからのデモのあるべき姿について、ゲストのお2人に伺いました。


【出演】
司会:大谷広太(BLOGOS編集長)
アナウンサー:山本郁
コメンテーター:須田慎一郎(ジャーナリスト)
ゲスト:鈴木邦男(一水会顧問)/五野井郁夫(高千穂大学経営学部准教授・国際基督教大学社会科学研究所研究員)

「脱原発デモ」と「安保闘争」の違い

山本:脱原発デモがどうして起きたのか?これまでの流れを簡単におさらいしてまいりましょう。まず2011年3月18日、フリーターでアクティビストの園良太さんとその友人2人が、東電本社前で、フリーター労働組合の福島第一原発事故に関する声明文をハンドマイクで読み上げました。そのあと、東電前アクションへと発展します。

そして、2011年3月27日。原発事故後初となる「反原発デモ」が日本でスタート。銀座から東電本店前を通り、日比谷公園にゴールするコースで、1200人もの人々が参加する大規模なデモとなりました。

その後も、「6.11脱原発100万人アクション(2011年6月11日)」「経産省前テントひろばスタート(2011年9月11日)」「3.11東京大行進(2012年3月11日)」「毎週金曜日の官邸前デモスタート(2012年3月~)」「さようなら原発10万人集会(2012年7月16日)」「国会包囲デモ(2012年7月29日)」などが行われてきました。

この他、日本全国で多くの脱原発デモが行われ、一時は、テレビや新聞も大きく報じていたわけですが、最近ではデモが行われているのかさえ、わからない状況となっています。

大谷:2012年の夏、須田さんと一緒に官邸前デモを取材した時には「これで何か変わるのではないか?」という印象がありました。テレビでも、空撮でデモの様子を流していたのは、みなさんの記憶にも新しいと思うんですが…。

須田:議論を始める前に、大谷編集長に伺っておきたいことがあります。それはネット上で、デモはどのように考えられているのかということ。いかがですか?

大谷:ネット上では、一連のデモについて、ソーシャルメディアの役割が大きくなっていると考えられていると思います。ネット上で呼びかけて“みんな集まろうぜ”と。そういう意味では、ネットメディアが取り上げる、取り上げないというよりはデモみたいなもの自体が増えているというのが私の感想です。例えば、先日も新大久保で反韓国デモもありましたよね。

山本:日本で起きたデモを振り返っていきたいと思います。60年代、70年代には、鈴木邦男さんも活躍された安保闘争が起こっていました。しかし、それも80年代に入ると、下火になった印象が強いですが、当時あれだけ激しかった学生運動の火がなぜ消えてしまったのでしょうか?鈴木さん、実際に参加されていたお立場からいかがですか?

鈴木:当時は右翼学生で、我々からすると、日本全体が左翼に乗っ取られるんじゃないか?そうなったら、日本の文化も伝統も無くなってしまう!“日本の危機だ!”というのがありましたね。だから、我々は戦わなくてはいけないと。僕らは「革命をやられたら大変だ!」と思っていましたけど、左翼の人達は「安保反対だ!」「アメリカと手を組んだらダメだ!」ということだったのでしょうね。だから、お互いに大きな理想を持っていたのだと思います。

須田:(安保闘争が)収束に向かった大きなターニングポイントとして考えられるものに“連合赤軍事件”があると思います。浅間山荘事件が大きなきっかけとなって、収束に向かっていったという歴史認識は正しいのでしょうか?

鈴木:それはありますよね。デモもそうですけど、体制側・警察側の思想というものが勝ったわけですよ。「国のため」「世の中のため」「革命」などと言いながら、そういうことをやっている連中は「そら見ろ!仲間殺しになったじゃないか!」と。

警察は“活動家じゃなくて、ただの犯罪者”という感じで取り上げ、それにみんなが乗っかっちゃった。だから、それに対する左翼の側というか、国家に対して物を言おうとする人間達には、自分たちの思想というものが無かったわけですよ。そういった思想戦争の段階で、僕は負けてしまったと思いますね。

大谷:デモがメディアでも取り上げられていた時期には、70年代の安保闘争や学生運動に比べて昨今のデモは“優しいデモ”という風に言われていましたよね。結局、どちらも目的は、国あるいは政治家に対して何かを訴えていて、自分たちの主張を実現していきたいというのがあったのかなと思います。その辺でいうと、共通点というのは?

鈴木:一番大きいのは、政治家に頼るか、頼らないかの問題だと思います。60年、70年の安保闘争の頃は、政治家に頼っていなかったと思うんですよね。「“デモ”あるいは“集会”で、俺達が世の中を変えてやるんだ!」と。そのためには国会にだって乱入するし、日本の議会制度だって否定するかもしれない。そういう大きなものがあったので、当時は命がけですよね。

でも今はそういうことない。“議会制度を潰そう”とか“自分たちが捕まってもいい”という人はいないですよね。僕は、それはそれでいいと思うんです。そうすると、自分たちが集会やデモで発言することによって、議員さんに声が届けばいいと。そして議員さんが国を変えてくれと。

野田元首相が、当時首都圏反原発連合のメンバーと会いましたよね。(※1)あの時点で、声が届いたという部分があったんです。それによって、デモの動きがかなり弱まったというのはあると思いますね。(※1 2012年8月22日、野田佳彦首相が、毎週金曜日の官邸前デモを主催していた市民団体「首都圏反原発連合」の代表者約10人と首相官邸で面会をした。)

大谷:60年・70年安保の時、当時の岸首相(※2)は会わなかった。しかし、野田首相(※当時)は会ったというのは、歴史的な違いかもしれませんね。(※1 第56代~57代内閣総理大臣・岸信介)

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