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個人情報のトリセツ ―― 震災から見守り活動まで、個人情報「過保護」を乗り越える 岡本正

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先進事例(1)滋賀県野洲市『多重債務者包括プロジェクト』

滋賀県野洲市の例を紹介します。ここでのポイントは「部署を超えたつながり」と個人情報提供の「同意」の二点です。

野洲市では、多重債務者に対する支援のために、個人情報を共有するしくみを考えました。多重債務者は孤立しがちで、場合によっては自殺に陥りやすいということが内閣府や警察庁の資料からも分析がされており、行政からのアウトリーチの支援が必要な方々だといえます。

行政の窓口は本来縦割りであり、そのなかで専門性を発揮するものです。住宅の問題だと住宅課に行ったり、介護の問題だと福祉課に行ったりと、包括的な相談をする窓口は多くはありません。このため、相談を受けても個別の部署でしか対応できないため、必要な支援を受けられない可能性があります。

そのため、野洲市では、個別の相談を受けながら「多重債務者なのでは」と担当者が感じた場合、情報を「市民生活相談室」に集めるしくみをつくりました。各部署の従来型の業務だけに捕らわれず、他の部署へ繋げようというプロジェクトです。

縦割り行政のなかでも、このしくみのおかげで、部局間どうしでつながることができ、包括的な支援に取り組むことができます。行政の縦割りの良さを生かしながら、他部署との連携も取ることができる、非常に参考になる事例です。

しかし、最終的には、多重債務者の方を、司法書士や弁護士といった専門家や、支援団体などの外部の団体につないでいかなければいけません。そこで、事前に「同意」の取得をしっかりと行います。最初に相談に来た窓口の段階で、「あなたには支援が必要かもしれません。他の相談につないでもいいですか」と、同意をとります。

たとえば、住宅の相談だからといって、住宅関係のことだけに個人情報を共有するような同意をとってしまうと、他に使えなくなります。より広く周りとつなげるため、最初の入り口のところで、「同意」を取り、他所につなげることを可能にします。

この事例で特徴的なのは、既存の条例の範囲内で工夫している点です。「同意」を取るという方法で、共有を可能にしています。また、しっかりと各所に提供できるように、目的と共有範囲を明確化していますから、現場での実用性に優れています。大都市は民間団体やNPOがあってさまざまな助け合いのシステムが機能していますが、野洲市のような中規模の都市では、行政の力がとくに重要になっています。その意味では行政がしっかりアウトリーチしている非常に興味深い事例だと評価できます。

先進事例(2)東京都中野区『中野区地域支えあい活動の推進に関する条例』

次に、東京都中野区の条例について紹介します。先程の野洲市では既存の条例のなかで、行政が「同意」を得るという手法でした。中野区の場合は特定の方に関して、一定の条件のもと、「同意」がなくても情報共有ができるとする条例を、個人情報保護条例とは別に成立させました。下記をご参照ください。


【条例の趣旨・目的】見守り活動等推進のため、一定の情報について同意がない場合でも、町会・自治会。民生・児童委員、所轄の警察署及び消防署へ、見守り用の名簿を提供。

【名簿に載る者(概要)】1.70歳以上の単身者または75歳以上の方のみで構成される世帯2.身体障害者手帳、愛の手帳、精神障害者保健福祉手帳交付者3.子どもと保護者(区長が特に必要と認めた場合)

【名簿登載情報】住所、氏名、年齢、性別【提供先】町会・自治会、民生・児童委員、警察署、消防署【手続】町会等とは協定書を交わす


ポイントは、「平時」においても、同意なくして個人情報の提供を可能にした点です。見守り活動推進のために、町会・自治会、民生・児童委員などに個人情報を提供することができます。既存の個人情報保護条例だけでは、なかなか平時から情報を共有することは難しいという現場の課題に応えるものといえます。

既存の個人情報保護条例とは別に、同意なくして個人情報を提供できるとする条例を成立させた事例として注目が集まっています。目的の明確な条例ですので、住民の方に対する誤解のない説明もしやすくなりました。提供に際して個人情報保護審議会を経る必要もないため、現場で迅速に判断できることになります。中野区のように、同意がなくても個人情報の共有ができることを条例で宣言したことは、意味があることです。



先進事例(3)東京都足立区『足立区孤立ゼロプロジェクト推進に関する条例』

東京都足立区のプロジェクトを紹介します。これも新規の条例を制定したという点では中野区と同じ方法ですが、とても独創的で興味深い条例です。



【条例の趣旨・目的】日常生活において世帯以外の人と10分程度の会話する頻度が1週間に1回未満、または日常の困りごとの相談相手がいない状態を『孤立状態』と定義。寄り添い見守り活動推進、孤立の早期発見を目的。

【情報の収集】見守り活動及び孤立ゼロプロジェクト推進活動を行うため、必要に応じて次に掲げる者に係る情報の収集に区が他の目的で取得した情報を用いることができる。例:70歳以上の単身世帯、75歳以上の者のみで構成される世帯、身体障害者手帳交付、精神障害者保健福祉手帳交付、愛の手帳交付など

【名簿の提供】必要と認めるときは、住民名簿及び要支援者名簿を提供することができる(不同意の申出をしたときは除く)



「孤立ゼロプロジェクト」推進のために、本人の同意がなくても、自治体が保有する個人情報を関係機関が利用ですることができるしくみです。

ここで特徴的なのは、「孤立状態」について定義したことです。ターゲットが明確になり、手法を具体的に考えることができるようになりました。また、根拠条例を策定したことで、担当部署が現場で判断できるようになりました。従来では情報提供に個人情報保護審議会を経なければいけませんでしたが、より迅速な判断が可能になりました。

条例は「区が他の目的で取得した情報を用いることができる」としています。従来は「孤立になっている方を救う」という目的で、個人情報を保有していないと、使用や共有ができませんでした。しかし、この条例によって、既存の情報を生かして見守りをすることが可能になりました。

以上、3つの事例を紹介しました。既存の枠組みのなかで「同意」を徴収する野洲市。同意なくして提供できる例外事由としての「法令」を別途に成立させた中野区と足立区。これらの先進的な事例から学ぶことは大変多いと考えます。

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