- 2022年03月10日 12:42 (配信日時 03月09日 13:15)
「今しかなかった」プーチンが2月24日にウクライナ侵攻へ踏み切った本当の理由
2/2「今しかなかった」と語ったプーチンの真意
しかしプーチンの判断はまったく逆であり、ロシア軍の全面侵攻が2月24日に始まった。この間わずかに3日、ドンバス両共和国承認と同時にウクライナ侵攻を決めたのではないかと考えてもおかしくはない。一体なぜだろうか。既述のように、ようやく最近になって、筆者もその原因を理解できるようになったと思う。
ドネツク・ルハンスク人民共和国を独立国家として承認することは、ウクライナのNATO加盟への道を開きかねないことを、プーチンは最初から自覚していたのではないか。
分かりやすく言えば、もしもゼレンスキーに天才的な知恵があり、2月21日の翌日にでも、新たに成立したドンバス両人民共和国を国家承認したら何が起きるか。ロシアとウクライナの双方から承認された両人民共和国は国際法上安定した基礎をもつのみならず、残ったウクライナという国の民族的矛盾がほとんどなくなってしまうではないか。
NATOの内規に基づく「民族紛争」がなくなれば、ウクライナのNATO加盟を妨(さまた)げる要因はなくなる。ウクライナ攻撃を命じたプーチンが「今しかなかった」と述べていたことが筆者にはとても印象的だった。しばらく分からなかったその意味が、今はなにがしか分かる気がするのである。
停戦にはプーチンの内的論理を知る必要がある
2月24日以降、世界は戦争のパラダイムに入ってしまった。一度始まった戦争を止めるのは本当に大変なことである。ゼレンスキーの下でまとまりを強めているウクライナ国民は、徹底抗戦の構えをとっている。アメリカを含むNATO諸国は自ら戦いには参加しないが、ウクライナに武器供与を行い、打倒プーチンに向かって結束行動をとり始めた。まずは「かつてない強烈な制裁をかける」ために共同行動をとり、ウクライナ戦争後には、ロシアを敵国とした新欧州安保制度創設の模索が始まったようである。
国際世論においても、ロシア非難が大きな役割を占め、3月1日に開催された国連総会では、即時撤退決議が、賛成141、反対5、棄権35で採択となった。岸田内閣は、日本はやらないと決めている「対ウクライナ武器供与」は別として、国際世論の先頭に立って、ロシア非難と制裁の強化に必死である。
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/benstevens
そうはいっても、アメリカの場合、ホワイトハウス主導の「打倒プーチン」論が世論を風靡(ふうび)する中にあっても、①NATOの東方拡大こそ最大の間違いだったとするシカゴ大学のミアシャイマー教授(『ウクライナ危機は西側の誤り』(Foreign Affairs, 2014 September/October)『2015年シカゴ大学公開講義』『2022年New Yorker Interview』)、②ニクソン大統領のソ連問題指南役だったドミートリー・サイムス、③ロシア関連情報を英語で丹念に紹介配布しているジョンソン・リストの『私の意見』など、プーチンの内的論理を追求しながら政策を考えようとする意見が発信されている。
日本の場合、今回ここまでの武力行使は許せないと明確に指摘しつつも、ロシアの内的論理を丁寧に紹介している代表が佐藤優氏だと思う。
米国よりも付き合いの長い日本ができること
ロシアの内的論理を追求する人たちに学びながら、いま日本の国益にたって日本外交を考えるときに、述べておきたいことがある。
日本としてウクライナ和平のためにどのような行動をとったのか、もしくは今でもなしうることをやっているのかという問題である。日本にはアメリカよりもはるかに長いロシア人との接触があり、日ロ戦争の大勝利と太平洋戦争最後の火事場泥棒的攻撃の屈辱とその後の永(なが)い領土交渉の歴史をもっている。そこで蓄積してきたロシアの内的ロジックについての知見が、日本にはあるはずである。
昨年12月以降緊張が蓄積していく中で明確になってきた、「ドンバスに平和と安定を」と「ウクライナの中立化」の2つの課題がプーチンにとって必須である――そのことをアメリカとウクライナにきちっと日本の然るべき責任者は言ったのだろうか。マスコミ報道からは、残念ながらそれはうかがえない(<「NATOに行くのは許さない」プーチン政権が異常なまでにウクライナに執着する悲しい理由(2021年12月16日)>および拙文『Responsible Statecraft(2022年1月24日)』参照)。
これまでのことはともあれ、今拡大しているウクライナ戦争は、あまりに悲惨で危険である。「スラブ三兄弟」の「弟殺し」を続けているプーチンにも早期停戦のインセンティブは必ずあると筆者は思う。戦争を終わらせる外交交渉ほど難しいものはない。戦争を終わらせるには、双方の最低限の要件を満たさねばならない。
プーチンを説得できる「ある人物」とは
筆者は「ウクライナの中立化」と「両国軍の即時停戦」が今ロシアとウクライナが合意できる最低限の要件だと思う。日本外交がそこで底力を発揮できないか。今のプーチンには一見の客は通用しない。日本外交には安倍晋三元首相という切り札がある。岸田総理が腹をきめれば、今なら、日本外交は世界の平和のために必死の努力をすることができる。それは同盟の分裂ではなく、逆に同盟強化のための最大の努力ではないかと、筆者には思えるのだが。
最後にもう一つ、ウクライナ戦争後の日ロ関係について付言しておきたい。このまま事態が進行すれば、何も期待しうるものは残らないと思う。
今マスコミが伝えているように、日本外交がアメリカの政策のみを復唱し、最も厳しい制裁を実施してきたのであれば、56年日ソ共同宣言を基礎とする平和条約交渉はなくなり、ゴルバチョフとの交渉以来30年にわたって拡大強化してきたいわゆる「環境整備の輪」(昆布・墓参・ビザなし・四島周辺漁業協定・自由訪問等)もすべてなくなる。そのあとには、外務省条約局の鉄壁の法律論の下で、日本人だけが行くことのできない「北方四島」が再出現することになる。これについての議論は本稿では差し控えることとしたい。(2022年3月8日筆)
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東郷 和彦(とうごう・かずひこ)
静岡県対外関係補佐官
1945年生まれ。1968年東京大学教養学部卒業後、外務省に入省。条約局長、欧亜局長、駐オランダ大使を経て2002年に退官。2010年から2020年3月まで京都産業大学教授、世界問題研究所長。著書に『歴史と 外交 靖国・アジア・東京裁判』(講談社現代新書)などがある。
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(静岡県対外関係補佐官 東郷 和彦)
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