- 2022年03月10日 12:00
【ウクライナ危機】ロシアで加速する民間サービス停止 安全保障の枠組みに画期的変化
2/2民間企業のロシア排除が機能するウクライナ危機
こうした安全保障の単位のミクロ化、担い手の多様化の枠組みは「冷戦が終わって非伝統的な問題が安全保障の中心になった」という認識の下で作られたものだが、期せずして今回のウクライナ危機において国家による経済制裁に劣らぬほど大きな効果を上げている。国家による経済制裁はほぼ手を打ち尽くした感があるので、今後はこうした民間企業によるロシア排除の動きがロシアに対する圧力の中心になるだろう。
私は従来、国連の安全保障の取り組みについて「どうせ重要な問題になると安保理で中露と米欧仏が割れて拒否権行使するから何もできないんだろう」と冷めて見ていたところがある。
「実際世界秩序を支えているのは世界の警察のアメリカで、国連は世界を決定的に分断しないという意味で消極的な役割を果たしているに過ぎない」と国連を軽視し、「日本も国連とはほどほどに付き合って、基本的にはアメリカの後ろをついていけばいい」と斜に構えて冷笑していた。

しかしながらウクライナ危機に際して国連が21世紀に入ってから進めて来た非国家の主体を巻き込んだ安全保障のアプローチが功を奏しているのを見て、国連という存在に大きな期待を見出すとともに自らの不明を恥じているところである。
ロシアの暴走は短期的に収まるとは考え難く、プーチン政権が続く限り、少なくとも数年、長ければ数十年続く可能性が高いように思える。こうしたロシアの政権幹部の暴走を止めることができるのはおそらくロシア市民のみであり、サービスの提供の有無という形でこうしたロシア市民の生活/経済に直接アプローチできる民間企業の果たす役割は極めて大きくなるだろう。
そして国連は安保理に拠らずとも、人権とビジネスの関係について概念を示し、人権理事会で各国をモニタリングする情報を収集―公開することで、企業が事業活動の範囲を判断するための情報を提供することで、「人間の安全保障」の実現に向けて間接的にアプローチすることができるようになる。
ついつい安全保障の議論となると「核共有」のような国家中心の伝統的な枠組みに頭が囚われがちになってしまい、またそうした観点も引き続き非常に重要であることは間違いないのだが、むしろ国連―国家―企業がパートナーとしてそれぞれの役割を果たして「大規模な人権侵害(戦争含む)をすると取り返しのつかない損失を被る」ということを大前提としたアプローチが21世紀の安全保障本丸のように私には思える。
そしてこうした枠組みでなら、安保理の非常任理事国である日本という国も、また一人ひとりの日本人も集まって大きな役割を果たせるのではないかと期待するところである。「世界の警察」の中心は、アメリカという一つの国から、我々一人ひとりの良識に変わろうとしているのかもしれない。




