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経済成長と自由を選ぶのか、脱成長と全体主義社会を選ぶのか――『自由と成長の経済学 「人新世」と「脱成長コミュニズム」の罠 』(PHP新書)- 柿埜真吾 / 経済学

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だが、問題は一体誰がその「使用価値」を決めるのかである。市場経済では、使用価値があるかないかを決めるのは一人一人の消費者だが、社会主義経済では、何に価値があり何に価値がないかを決めるのは政府や共同体の命令と強制である。斎藤氏の言葉からも、脱成長コミュニズムの下では、職業選択の自由も言論の自由も存在しないのは明白である。

「似たような商品が必要以上に溢れている」(斎藤,2020,256頁)とか、様々な職業が「不要」だと断言する斎藤氏に拍手喝采する読者は、何が使用価値で、何が必要か、自分が決める気でいるようだが、ある人にとって不要で下らないものは、他の人にとってはかけがえのないものである。脱成長コミュニズムは、特定の「使用価値」が全員に押し付けられ、あなたの大切なものが「不要」、「使用価値がない」と否定され、弾圧される社会である。

現代社会で多様な価値観が共存できるのは、市場で自由な選択が可能だからである。斎藤氏の提案するような共同体が「使用価値」を決める社会では多様性が否定され、少数派の価値観は必ず犠牲になる。斎藤氏がいくら民主主義を称えようと、脱成長コミュニズムには、権力の暴走を防ぐ仕組みが欠如している。民主主義は複数の独立したメディアがあり、多数派と違う選択が自由にできる資本主義社会でなければありえないのである。

かつての共産圏では、「人々の欲望を不必要に喚起する」西側大衆消費文化の広告は禁じられていた。「シーズンごとに捨てられる服、意味のないブランド化」といった斎藤氏が「悪い自由」と呼ぶものは存在せず(斎藤,2020,269-273頁)、商品は画一化され、何十年もデザインも品質も劣悪な同じ服、同じ車が販売され続けていた。革新的な芸術家や反体制派は「「使用価値」を生まない意味のない仕事」(斎藤,2020,306頁)をしている嫌疑で逮捕された。脱成長コミュニズムの実態はソ連の暗黒社会そのものである。

脱成長コミュニズムは個人の自由を抑圧するだけでなく、環境に優しくもない。「使用価値」と温室効果ガス排出量には何ら必然的関係はないから、使用価値経済は温暖化対策にはなりえない。歴史上、もっとも深刻な環境破壊を引き起こしてきたのは脱成長を実現した共産主義国である。1980年代のソ連はゼロ成長だったが、大気汚染等の公害が深刻化し、ついにチェルノブイリ原発事故という大惨事を招いた。

非効率で膨大な資源を浪費する共産主義が環境に優しいはずもない。共産主義者は地球環境が危機だから今こそ共産主義だと主張するが、地球環境が危機であればなおさら、無駄の多い共産主義は決して採用してはならない。

環境を保護する仕組みが何もない点で、脱成長コミュニズムはソ連と同じである。例えば、斎藤氏は電力や水、GAFA等の生活に不可欠な財・サービスは「市民営化」(事実上の国有化)し、無償化すべきだという。無償の財・サービスは好きなだけ消費できるから、当然、何もしなければ、無駄遣いが発生する。斎藤氏が「市民営化」を提案する財・サービスにはCO2を排出するものが少なくないが、一体どうやって消費を抑制するのだろうか。

市場経済の下では、希少な資源は価格が上昇し、人々の自発的な行動の変化で消費が抑制される。この仕組みを利用した温暖化対策として、温室効果ガスの排出に課税する炭素税がある。炭素税を課税すれば、温室効果が大きい技術を使う製品は割高になり、政府が強制しなくても自然に消費が抑制される。また、炭素税の負担を避けるために、企業は競って温室効果ガスを排出しない新しい技術革新に取り組むようになる。価格メカニズムを活用すれば、人々の自由な選択を尊重しつつ、環境に優しい社会が実現できる。

ところが、脱成長コミュニズム社会では、こうした調整は不可能である。価格メカニズムを排除すれば、何らかの強制で人々の生活を画一化し、事細かに規制する以外のやり方はない。そもそも、価格がなければ、現在どの資源が不足していて、どの程度消費を抑制すべきか、正確に判断することさえできない。政府が膨大な数の財・サービスの温室効果ガス排出量を測定し、生産や消費の計画を事細かに決めるやり方がまったく機能しないのは、ソ連の失敗からも明白である。

脱成長コミュニズムがもたらすのは、政府が恣意的にどの製品をどれだけ使うか定めて違反者を取り締まったり、人々がお互いに監視しあい、他の人と違う行動をする人が糾弾され、村八分にされたり自己批判を強要されたりする、恐怖の全体主義社会である。コロナ禍の下で様々な自粛要請と行動制限に私たちはすっかり疲れ切っているが、脱成長コミュニズムでは規制と自粛がありとあらゆる分野に広がり、しかも永久に続くのである。

温暖化を防ぐには、脱成長コミュニズムよりも、炭素税のような価格メカニズムを使った方法の方が遥かに有効である。過去の歴史からも明らかなように、気象関連災害への対応能力を高めるには、自由で活発な市場経済の下での経済成長こそが最高の切り札になる。

弱者を救うためにも経済成長は不可欠である。経済が貧しくてはそもそも分配する富がない。斎藤氏は1970年代の生活に戻るべきだというが、一人当たりGDPを1970年代の水準に落とせば、社会保障費は2040年にはGDPの3分の2に達し、完全に破綻する。脱成長とは社会保障の大幅カットと同じなのである。脱成長や共産主義の下で真っ先に犠牲になるのは弱者である。負の所得税(ベーシックインカム)のような貧しい人の所得を補助する政策の方が、特定産業の恣意的な無償化よりも遥かに効果的な弱者保護になる。

歴史を顧みれば、共産主義は“物質的”豊かさをもたらすことに失敗しただけではなく、深刻な環境破壊を招き、人権弾圧と精神の貧困を生み出してきた。脱成長社会は縮小していくパイを奪い合う社会であり、不寛容でまったく希望のない社会である。

経済成長と自由を選ぶのか、脱成長と全体主義社会を選ぶのか。人類の未来はこの選択にかかっている。弱者に優しく環境に優しい社会を望むなら、資本主義と経済成長を捨ててはならない。安易に資本主義と経済成長を否定する前に、今一度、立ち止まってほしい。

プロフィール

柿埜真吾 経済学

1987年生まれ。経済学者、思想史家、高崎経済大学非常勤講師。学習院大学文学部哲学科卒業、経済学研究科修士課程修了。立教大学兼任講師等を経て2020年より現職。著書に『ミルトン・フリードマンの日本経済論』、『自由と成長の経済学』がある。

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