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経済成長と自由を選ぶのか、脱成長と全体主義社会を選ぶのか――『自由と成長の経済学 「人新世」と「脱成長コミュニズム」の罠 』(PHP新書)- 柿埜真吾 / 経済学

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自由と成長の経済学 「人新世」と「脱成長コミュニズム」の罠

著者:柿埜真吾
出版社:PHP新書

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出口が見えないコロナ禍や地球温暖化問題を背景に、資本主義や経済成長を否定的にとらえる風潮が広がっている。地球温暖化を防ぐ「脱成長コミュニズム」を唱える斎藤幸平氏(大阪市立大学准教授)の『人新世の「資本論」』(1)は40万部を超える異例のベストセラーとなっている。資本主義の批判者の話を聞いていると、感染症や災害は産業革命以来の人類の歩みが間違っていた証拠であり、天罰だと言わんばかりである。斎藤氏も「気候変動もコロナ禍も〈…中略…〉どちらも資本主義の産物」(斎藤,2020,278頁)だと述べている。

(1)斎藤幸平(2020)『人新世の「資本論」』集英社新書.

地球環境を守り、弱者に優しい社会を望む思いは誰しも同じだが、善意も間違った道を選べば悲劇につながる。資本主義と経済成長を放棄したとき、もっとも苦しむのは弱者である。現在の世界の一党独裁国家6ヶ国はすべてマルクス主義の流れをくむ政党が支配し、恐ろしい人権侵害が続いている。環境破壊や感染症のもっとも深刻な事例は、国民に所有権がなく、国営メディアによる情報隠蔽が容易な共産主義の国々で起きてきた。

20世紀の共産主義は1億人もの犠牲者を生んだが、21世紀の共産主義も、その実態は個人の自由や多様性を認めない全体主義体制である点でまったく同じである。脱成長コミュニズムが実現したとき、もっとも後悔することになるのはまさに環境を守り弱者を助けたいと願う善意の人なのである。通念に反し、資本主義と経済成長は弱者にも環境にも優しい社会をもたらしてきたし、自由を犠牲にせず環境保護や弱者救済に取り組むことは可能である。

「資本主義はその発端から現在に至るまで、人々の生活をより貧しくすることによって成長してきた」(斎藤2020,237頁)とか、「現代の労働者は奴隷と同じ」(斎藤2020,252頁)といったレトリックを真に受ける前に、まず事実を見ていただきたい。

資本主義以前が古き良き時代だったというのは幻想である。自然と調和した生活を送っていたどころか、人類は資本主義以前から何度も何度も壊滅的な疫病や大規模な自然災害に直面してきた。資本主義以前の社会では平均寿命は30歳前後に過ぎない。大多数の人々は文盲であり、多少なりとも文化的な生活を楽しむことができたのは一握りの特権階級だけだった。前近代社会は限られたパイをめぐる暴力的争いの絶えない、貧しく悲惨な社会だったのである。

有史以前から永久に続くかと思われた貧困から人類を救い出したのは、まさに経済成長を生み出す競争的資本主義だった。1820年には世界人口の約9割が絶対的貧困の下で暮らしていたが、世界の貧困率は2017年には9.3%まで低下している。今日では発展の遅れた地域でさえ、産業革命の先進国よりも遥かに豊かな生活を送っている。資本主義がもたらした経済成長の下、疫病や災害の被害は劇的に減少し、世界の平均寿命は現在70歳を超え、世界はより住みやすくなっている。

経済成長で人々は安全な家に住むようになり、災害対策も充実した結果、2010年代の気候関連災害による死亡率は1920年代に比べ約99%減少している。感染症との闘いはコロナ禍で一時後退を余儀なくされたが、人類は長い目で見れば確実に勝利に向かっている。天然痘は撲滅され、ポリオも撲滅寸前である。新型コロナウイルス感染症の発生からわずか一年で画期的なワクチンが開発されたのは、ファイザーやモデルナといった企業の開発競争の結果であり、グローバルな自由市場経済の賜物である。

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脱成長論や共産主義が繰り返し流行するのは、「誰かの得は誰かの損だ」というゼロサムゲーム的な誤解があるためだろう。斎藤氏も、資本主義は搾取によって成長しているとし、「自分たちがうまくいっているのは、誰かがうまくいっていないからだ」という(斎藤2020,34頁)。同じ主張は他の反資本主義者にもみられるが、これは自発的交換である市場経済の仕組みを根本的に誤解している。

資本主義は自発的交換によって成り立つが、自発的交換は必ず当事者双方に利益をもたらす。誰もわざわざ自分の損になる取引をしたりはしないからだ。自分が利益を得るには、他人にとって必要なサービスを提供しなければならない。だからこそ、利益を得ようとする企業同士の競争は消費者に喜んで買ってもらえるような画期的な製品を生み出し、社会を豊かにしてきたのである。自発的取引はゼロサムゲームではなく、当事者全員が利益を得ることができるプラスサムゲームである。

共産主義者や脱成長論者は、資本主義を保守反動とみなすが、反動的なのは共産主義や脱成長の方である。彼らが求める社会は、集団の目標に個人を従属させた前近代社会と酷似している。資本主義以前の時代には、個人の自由は私利私欲と非難され、新しい発想や競争は秩序を乱し、他人の取り分を奪う行為として抑圧されていた。

脱成長コミュニズムがもたらすのも、他人とは違う独創的発想が迫害され、個人の自由が抑圧される社会である。斎藤氏によれば、脱成長コミュニズムは「使用価値経済」だという。「使用価値経済」の下では、主要資源が共同体に管理され、「使用価値」がないものは禁じられる。例えば、「マーケッティング、広告、パッケージングなどによって人々の欲望を不必要に喚起することは禁止される。コンサルタントや投資銀行も不要である」(斎藤,2020,303頁)。ブランド化や使用価値がない製品も認めないという。

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