- 2022年03月06日 11:06 (配信日時 03月05日 17:15)
エースと4番は他球団に必ず移籍…そんな広島カープを屈指の人気チームに変えた「逆転の発想」
2/2ドミニカが選ばれた理由
最終的に進出を決めたドミニカも、かつてはニカラグアと同様に激しい内戦が繰り広げられたが、1960年から1996年まで断続的に3度大統領を務めたホアキン・バラゲール(1906~2002年)が「ドミニカの奇跡」と呼ばれた経済成長を実現。汚職が蔓延し、貧富の格差は大きかったが、中南米の中では比較的治安も良かった。
カープ・アカデミーは首都サントドミンゴから東へ約80キロのサンペドロ・デ・マコリスに8万坪(約26万4000平方メートル)の用地を確保し、約6億円を投じて建設された。運営費は年約1億円。
開校からの約30年間は決して順風満帆ではなかったが、2017年にサビエル・バティスタ外野手が、2018年にヘロニモ・フランスア投手がいずれも彗星のように登場してセ・リーグ連覇に貢献。アカデミーの成果がようやく脚光を浴びるようになった。
新スタジアムの戦略は大当たりした
こうしたカープの「育てて勝つ」戦略を後押しした要素として欠かせなかったのが2009年に完成したマツダスタジアムである。

観客の飛躍的な増加が選手のモチベーションを上げ、それが勝利にこだわる姿勢に結びついてきた。
1957年に完成した旧広島市民球場は市中心部に近い一等地にあったが、築50年を迎えようとしていた頃には老朽化が進み、集客にも支障をきたすようになっていた。
若い頃から何度も渡米してMLBの球場を数多く見て回った元は、広島の経済界や自治体が検討を重ねていた「ドーム球場」ではなく、屋根がなく開放感のある天然芝のグラウンドの試合を老若男女が楽しめる「ボールパーク」の実現を望んでいた。
観客の視線がグラウンドレベルになるように掘り下げた「砂かぶり席」や寝転んで観戦できる「寝ソベリア」など客席に工夫を凝らしたほか、チケットの席の種類にかかわらず、スタジアム内を一周できるコンコース(通路)を設置。
コンコースは大アーケードで知られる広島本通商店街の道路と同じ幅広サイズとし、試合の行方を見ながら歩けるのが特徴だ。
これらの仕掛けが話題を呼び、新たなファンを掘り起こし、旧市民球場時代にはそっぽを向いていた女性客を引きつけるようになった。
年間100万人前後で推移していた主催試合の観客動員はマツダスタジアム開設初年度の2009年には187万人に急増し、1度はFAで出て行った黒田と新井が戻ってきた2015年には200万人を突破。リーグ3連覇を果たした2018年は223万人に達している。
さらに、従来は広島県民や出身者が中心だったファン層が全国規模に広がっていった。2013年頃から、赤いレプリカユニホームを着て球場へ観戦に訪れる「カープ女子」が増え、とりわけ、神宮球場や東京ドーム、甲子園球場などで行われるビジター・ゲームではスタンドの半分近くが赤く染まっていることが珍しくなくなった。
2014年には「新語・流行語大賞」(「現代用語の基礎知識」選)で「カープ女子」がトップテンに入り、話題になった。
マツダの創業・松田家が作ったもう一つのブランド
かつてはオープン戦や交流戦、日本シリーズの相手としてさほど人気のなかったカープ戦のチケットの売れ行きが活発になり、それに伴ってパ・リーグ各球団のカープを見る目が変わった。
また、横浜スタジアムを買収したDeNAや北海道北広島市に新球場を建設する日本ハムの関係者がカープ詣でを繰り返し、「ボールパーク」の先進事例を学んだとされる。

元は慶応義塾大学商学部を卒業後、米国留学を経て1977年に東洋工業に入社したが、折悪しく父・耕平が同年末に社長退任を余儀なくされ、1982年に退社する。翌1983年に広島東洋カープに入社したが、当時は球団の会計処理なども杜撰で「会社の体を成していなかった」。
そんな職場で問題を1つ1つ取り除き、組織の整備を進めたのは、まだ30代そこそこの元だった。辞めてもらった職員もいる。「『あんな若造……』と思われただろうけど、仕方がなかった」と苦しんだ当時を振り返る。
2004年の「球界再編騒動」からコロナ禍に見舞われる直前の2019年まで、米大リーグに倣った経営の近代化が進んだ日本球界で「最も成功したオーナー」を選ぶとすれば「地方の貧乏球団」を「全国区の常勝球団」に変えた松田以外にない。
松田家は自動車の「マツダ」に加えて、野球の「カープ」という新しいブランドを確立したのである。
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安西 巧(あんざい・たくみ)
日本経済新聞編集委員
1959年福岡県北九州市生まれ。早稲田大学政治経済学部を卒業後、日経に入社し、主に企業取材の第一線で活躍。広島支局長などを経て現職。著書に『経団連 落日の財界総本山』『広島はすごい』『歴史に学ぶ プロ野球16球団拡大構想』など。
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(日本経済新聞編集委員 安西 巧)
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