- 2022年02月22日 13:48 (配信日時 02月21日 17:15)
「人生の最短距離をカーナビのように子へ指示する」養老孟司が教育熱心な親に抱く違和感
2/2目的達成を重視する子育ては必ず失敗する
【養老】現代は人生がカーナビに従う車のようになってしまった時代であると、しみじみ痛感しますね。ナビの案内に従えば、目的地までは効率よくたどり着けるでしょう。しかし、道中にこんな山があるとか、綺麗な花が咲いているといった道草を食う行為が忘れ去られてしまった。目的に向かって最短距離で走り続ける人生は、まさしくカーナビそのものです。
よそ見をしたり、道草を食ったりしながら、カーナビには絶対に出てこないルートを進むなかで、さまざまな実体験を積み上げていくのが人生だと思うのですが。
※写真はイメージです - iStock.com/kohei_hara
【高橋】そうですね。子育てというのは、「将来どの大学に進み、どういう仕事に就くか」というように、目的達成を重視してやっていくと、いずれ裏切られることになる。「ああやってあげれば、こうなる」ということがないのが育児ですから。
教育や子育ての本質は、効率主義や成果主義の先にはないはずです。むしろ、無駄なことや遠回りした先に待っているように思います。
早期教育に意味はない
——高橋先生は「早期教育」について、どうお考えですか?
【高橋】昨今の社会的な要請の典型例ですね。子どもの意思にかかわらず年齢を繰り上げて学ばせるという。私の考えを申し上げれば、早期教育には大した意味はないけれど、やってみても構わないとの立場です。
大前提として、何かを早くできるようになることと、そうして習得したことが将来もっとできるようになること、は無関係です。早く自転車を買い与えたからといって、運動神経が良くなるかと言えばそうではないでしょう。
たしかに、幼少期の日常に日本語が欠如していれば、その習熟が疎かになるように、ある時期に経験しておかないとその後の発達に影響することはあります。それは遺伝的に仕込まれた能力とはいえ、その力を発揮するためには適切な刺激が適時に加わることが必要だからです。しかし早く始めたほうがさらに良いかというと、そのようなことはないのです。
とはいえ、「無駄なこと」を経験させるのも教育だとすれば、早期教育を全面的に否定するべきではない。努力が報われるとは限らないといった世の摂理に向き合わせることも、ある意味では立派な教育です。親は「せっかく高い学費を払ったのに……」と悔しがるかもしれませんが。
子どもの自立性を認めよう
【養老】早期教育は是か非か。このテーマは、大人が子どもといかに本気で向き合うかに尽きるのではないでしょうか。
学校という教育現場の実情を考えると、生徒一人ひとりの「個性」などというものに合った教育をしようものなら、教師の身体がもちませんよ。そうではなくて、子どもが自立して動く姿をつぶさに観察しながら、教師は必要なタイミングで「手入れ」をする。日本人が自然に対して抱く感覚に近いのですが、相手の自立性を認めたうえで、上手に扱うのです。
大事なのは、相手は自分とは違うルールで動いていると認めること。そのためには相手と本気で向き合わないといけないし、一日も手を抜けない。生きているものに接するとは、そういうことではないですか。
肥料のあげすぎは良くない
【高橋】教育とは生き物と接することだと捉えるならば、「早期教育」という言葉には違和感が出てきますね。そんなに焦って触れ合って、何がしたいのかということになる。
養老孟司『子どもが心配』(PHP研究所)
【養老】そういう意味でも、一次産業や自然に接することが重要なのです。農業に勤しむ人であれば、適切な時期に適量の肥料を与えれば、ちゃんと米が収穫できることを実感しています。言い換えれば、「早い時期に肥料をたくさんやっても、米がたくさん穫れるというものではない」ということが、経験的にわかっています。
また以前、オリーヴを輸入している業者の方に聞いた話ですが、ヨーロッパには400年も昔のオリーヴ畑があるそうです。いまでもちゃんと実がなり、油が採れる。ところが最近できたオリーヴ畑は、せいぜい100年くらいしかもたないといいます。
何が違うかというと、肥料なんです。昔は肥料がないから、やせた土地に木を植えるしかなかった。でも木は、だからこそ一生懸命、根を張って育ち、長い寿命を生きることができるのでしょう。
動物にも似たようなことが言えるようです。最近読んだある医学の本によれば、若いときに十分な食料を与えられなかった動物のほうが、実は長生きするという。この説が本当であれば、非常に興味深い。
早期教育に関しても同じで、そんなに早く肥料をあげる必要があるのでしょうか。人間も、むしろ幼いころに一定の欠乏感を抱くほうが、将来のためになるのかもしれません。
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養老 孟司(ようろう・たけし)
解剖学者、東京大学名誉教授
1937年、神奈川県鎌倉市生まれ。東京大学名誉教授。医学博士。解剖学者。東京大学医学部卒業後、解剖学教室に入る。95年、東京大学医学部教授を退官後は、北里大学教授、大正大学客員教授を歴任。京都国際マンガミュージアム名誉館長。89年、『からだの見方』(筑摩書房)でサントリー学芸賞を受賞。著書に、毎日出版文化賞特別賞を受賞し、447万部のベストセラーとなった『バカの壁』(新潮新書)のほか、『唯脳論』(青土社・ちくま学芸文庫)、『超バカの壁』『「自分」の壁』『遺言。』(以上、新潮新書)、伊集院光との共著『世間とズレちゃうのはしょうがない』(PHP研究所)、『子どもが心配』(PHP研究所)など多数。
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高橋 孝雄(たかはし・たかお)
慶應義塾大学 医学部 小児科主任教授
医学博士。1957年生まれ。専門は小児科一般と小児神経。82年、慶應義塾大学医学部卒業。88年から米国マサチューセッツ総合病院小児神経科に勤務、ハーバード大学医学部の神経学講師も務める。94年に帰国し、慶應義塾大学小児科で医師・教授として活動。大脳皮質発生、高次脳機能発達、エピジェネティクスなどの研究を行っている。日本小児科学会前会長、小児神経学会前理事長。著書に『小児科医のぼくが伝えたい 最高の子育て』『子どものチカラを信じましょう』(いずれもマガジンハウス)。
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(解剖学者、東京大学名誉教授 養老 孟司、慶應義塾大学 医学部 小児科主任教授 高橋 孝雄)
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