- 2022年02月21日 15:46
「保護する責任(R2P)」とは何か?――国家主権を問いなおす新たな国際規範 - 政所大輔/国際関係論・国際機構論
3/4外国からの介入を阻止したい途上国
R2Pは各国の主権の強化を意図した規範と捉えることができる一方で、ある国の内政問題への干渉に発展しかねないため、介入の対象となる国の主権を侵害するという観点から批判的に論じられることが多い。しかし実際には、介入する側の国も同様に、R2Pによって主権を制限される可能性がある。ここからは、被介入国と介入国がR2Pと国家主権の関係をどのように理解しているかについてそれぞれ論じよう。
まず確認しておきたいのは、R2Pに懐疑的な途上国の主張にはニュアンスの微妙な変化が見て取れるということだ。当初、途上国の多くは、植民地支配の対象とされた過去の経験から、R2Pが国際社会、特に大国による軍事介入を誘発しうると主張し強く反対していた。この主張は、国家主権を侵害する概念としてR2Pを否定し、議論の土俵に乗ることすら拒否するものである。しかしその後、特に2009年に公表された国連事務総長報告書の中でR2Pが三つの柱により整理されて以降は、当初は懐疑的であった諸国もR2Pの言説を用いてそれぞれの立場を説明するようになった。深刻な人道危機からの人々の保護を議論する際の枠組みの一つとして、R2Pが国連加盟国間で広く認識されたことを意味する。
他方、一部の懐疑派諸国は、各国の政府自らが人々を保護する責任を果たすので、国際社会による介入は制限されるべきという主張を展開した。ある国が市民を保護する責任を果たすことができていない状況があるとすれば、それはその責任を果たすための能力が十分でないからであり、したがって国際社会はその国の能力を開発するために経済支援を提供しなければならない。こうした立場からすれば、国際社会による強制的な介入は認められないが、市民を保護するために必要な能力開発支援はむしろ積極的に推奨される。
このような観点からR2Pを理解する国の一つが、中国である(21)。中国はR2Pを否定はしないが、国家が果たす責任の範囲を最大限に主張する。例えば中国は、宗教的な過激派やテロリストを掃討するという名目のもと、新疆ウイグル自治区のウイグル族に対して弾圧を行っているとされている。欧米諸国やNGOなどがジェノサイドや人道に対する罪の観点から中国政府を非難しているが、同政府は内政干渉であり主権侵害だとして反論している(22)。つまり中国からすれば、むしろテロリストから一般市民を保護する責任を果たしているという理屈になるのだ。
中国に限らず、現在のミャンマーなど自国内の特定の人々に対して暴力行為を行う政府は、テロリストへの対処や治安維持といった、警察活動の一環として正当性を主張する場合が多い。これら諸国にとって必要なものがあるとすれば、それはせいぜい受入国政府の同意を前提とした治安維持に資する支援であって、国外からの一方的な干渉ではない。近年の国連では、中国やロシア、イラン、キューバ、ベラルーシ、北朝鮮などの諸国が団結して自己主張を強めるようになっており、内政不干渉を核とする国家主権の伝統的な理解が国際社会において再び優勢になることを目指している(23)。
このように解説すると、横暴な欧米先進国に怒る途上国といったよくある主張が想起されるかもしれない。しかし、ここで注意が必要なのは、途上国のすべてがR2Pに反対しているわけではないということだ。前述したように、R2Pに関する国連総会決議の採択には、グアテマラやボツワナ、ガーナ、ブラジルといった諸国が主導的な役割を果たした。また、R2Pフレンズ・グループの議長国にはルワンダが名を連ねていた。コスタリカやカタールは、R2P担当官のネットワーク活動の推進に熱心である。このように、過去20年の間にR2Pを支持する途上国が増加してきたことも事実であり、その意味でR2Pは途上国と先進国を分断する、いわゆる南北対立を象徴する規範とはもはやいえないだろう。
自国の裁量を守りたい大国
他国への介入を可能にするほど強大な軍事力を持つ国は基本的に、自国の軍事力がいつ、どこで、どのように展開するかについて多国間の場で決められることを快く思っていない(24)。これら諸国は、自らの裁量で自由に外交政策を決定するという観点から国家主権を理解する。なかでも米国は、R2Pが国際社会で広く共有されることによって、深刻な人道危機に対して常に行動することを求められるような状況は避けたいと考えている。事実、米国政府は共和党、民主党を問わず、人道的な軍事介入の必要性は認めつつも、実際の人道危機に際しては個別に判断する可能性をこれまで示してきた。前述したように、国際社会がR2Pを根拠に強制措置に訴えるのは「個々の状況に応じて」というのが、2005年に国連加盟国間で達成された合意なのだ。
このような制約がありながらも、2011年のリビア危機のように、R2Pを根拠の一つとして、武力行使を含む強制措置が安保理によって発動される場合もある。しかし、深刻な人道危機から人々を保護するために、安保理が一貫して積極的な対応をとっているわけではない。リビア危機で棄権票を投じたロシアと中国は、同時期に発生し現在まで厳しい状況が続いているシリア危機に対してはたびたび拒否権を行使し、安保理による実効的な措置の決定を阻んでいる。一方、リビア危機で賛成票を投じた米国は、戦争犯罪や人道に対する罪の可能性が指摘されているパレスチナの問題に対して、イスラエルとの緊密な関係を背景にこれまでほぼ常に拒否権を行使してきた。今日のミャンマーの事態でも、中国とロシアに加えて、非常任理事国のインドとベトナムが制裁など具体的な措置の発動に消極的とされ、安保理は危機に瀕した人々を保護することができていない。
常任理事国は拒否権の行使を通じて、安保理での決定に自国の国益を反映させることができるため、危機的状況から市民が保護される事例とされない事例が生じてしまう。こうした現状に対して、いくつかの国連加盟国が、大規模な残虐行為が発生している場合には常任理事国が拒否権の行使を一時停止することを提案している。2015年7月、「説明責任・一貫性・透明性グループ」は、安保理のすべての理事国が深刻な人道危機を予防したり対処したりする際に決議の採択に反対しないことを約束する、「行動規範」を提案した(25)。同年8月にはフランスとメキシコが、大規模な残虐行為に対処する際に常任理事国が拒否権の行使を自発的に棄権するという「政治宣言」を発表した(26)。いずれの提案もこれまでに国連加盟国の120カ国以上が賛同しており、安保理が深刻な人道危機に対して積極的に対処することを求める国際世論は大きくなっているといえよう。
こうした提案に対して常任理事国は、英国とフランスが支持を表明しているが、米国とロシア、中国は消極的な姿勢を崩していない。米ロ中には、自国の裁量が制限されたり、自国と関係の深い国への介入がなされたりすることを防ぎたい思惑があると考えられる。結局のところ、上記の行動規範や政治宣言に合意するかどうかは常任理事国次第であり、また合意したとしても実際にどのように運用するかも常任理事国次第なのだ。大国はR2Pの理念が普及することによって自らの主権が制約されることを望んでおらず、主権国家から構成される現代国際社会の限界をここに見て取ることができる。しかしながら、そうであればこそ、2005年に主権国家がR2Pについて一応の合意に達したという事実は重要であり、この合意をどのように実現していくかを明らかにする責任が大国にはあるだろう。



